猫はやっぱり気まぐれなようです。
「こら! すぐ下向かにゃいにゃ!!」
猫だし、元は私だと言うのだから、そこまでスパルタではないと思っていたけど――そんなことはなかった……。
「は、はい!!」
「すぐ猫背ににゃるにゃ!」
「は、はぃぃぃ!!」
気になるところがあると、可愛い肉球パンチが飛んでくる。
令嬢だから怪我をしないようにと、爪は短く切っているけど、いつか肉球の跡が付きそうだ……。
「エディ。もう少し優しくしてくれないかしら……」
下手したら妃教育より厳しい……。
「それは……無理にゃ。貴様のことは吾輩が一番知っているにゃ」
エディを見ると、少し遠くを見ながら首を横に振る。
自分がフランチェスカだった頃を思い出しているのだろうか……。
きっと十八歳の私も、まだ自信が持てなかったのだろう。
まぁ、あれだけ王太子に罵られれば……自信も何もないのだけれど。
エディのお陰か、最近少しだけ周りの言葉を気にしなくなってきた気がする。
エディは基本、私と一緒に行動するか、ふらりとどこかに行ってしまうことが多い。
貴族院に通っていても、お昼休憩の時は目の前に現れるけど、それ以外は近寄ってこない。
貴族院の中庭にあるベンチでお昼ご飯を食べていると、一人の女性が近寄ってきた。
この人は……確か、エディが近寄るなと言っていたカルミア・パンナコッタ男爵令嬢だ。
ちらりとエディの方を見ると、よっぽど会いたくないのか、エディは姿を消していた……。
「ここ……いいかしら?」
カルミアという花の名前通り、濃いピンクの髪に黄色がかった目。
リップも濃いピンクで強調されている。
派手好きな男性は、こういう女性が好きなのだろう。
学院では家格はあまり関係ないとはいえ、侯爵令嬢相手によく物怖じせず話しかけられるなぁ……。
私にはなかなかできないことだから、少し羨ましく思ってしまう。
「ど……どうぞ」
少し体を横にずらし、カルミアが座れるように場所を空ける。
エディが遠くからこちらを見ているのは分かる。
因みに副音声つきだ。
「貴様。そやつとは関わるなと言ったにゃ!」
でもそんなこと言われたって、仕方ないじゃない。
急に避けたりしたら不自然だもの……。
エディは私の考えていることが分かったのか、首を横に振って溜息をつきながらどこかへ去っていった。
そして、この後――
エディの言葉通り、すぐに離れなかったことを後悔することになる……。
「私、カルミア・パンナコッタと言うの。よろしくね」
「は、はぁ……よろしくお願いいたします。カルミア様。フランチェスカ・アマレッティと申します」
このカルミアという女性。
貴族女性にしては、あまりにもフレンドリーすぎるのではないだろうか。
もちろんその方が話しやすい部分もあるだろうけれど、もう少し貴族らしくしてもいい気がする。
言わないけれど……。
「フランチェスカはいつもここにいるわよね! 私、話したいと思っていたの」
「ケホッ、ケホッ!」
お茶を飲んでいたら急に呼び捨てにされ、思わずむせてしまった。
「だ、大丈夫?」
背中をさすりながら顔を覗き込むカルミアは、とても心配そうな顔をしている。
けれど――その目の奥が、どこか光って見えた気がした。
「え、えぇ。大丈夫です。急に申し訳ございません」
「ならよかったわ!」
この心配そうな表情も、ほっとした顔も、おそらく演技なのだろう。
……そう思うのは、ひねくれすぎだろうか。
この日は、むせたおかげで時間もなくなり、すぐにお開きとなった。
安心したのも束の間――
大変だったのは、翌日からだった。
***
「だから言ったにゃ。あやつは一回近寄ってくると、どこまでもくっついてくるにゃよ……」
やれやれという顔をしているけど、エディさん、ちょっと待ってください。
近寄るなとは言ってたけど、なぜ近寄ってはいけないのか理由は聞いていないと思いますが……。
「理由は教えてくれなかったじゃない。なんで近寄ったらいけないのか……教えてくれたら私も近寄らなかったわ!」
「そのくらい、貴様の頭にゃら考えられるにゃろう」
手をぺろぺろ舐めながら答えるエディ。
「いいか……あやつはにゃ、大人しそうで言い返さなさそうな人のところに寄っていって、上手く懐に入り込むにゃ」
私以外にも、今まで標的になってきた人がいたらしい。
あまり大事にならなかったのは、相手が強く言い返すタイプではなかったこと。
そしてカルミア本人に利益がないと判断すれば、すぐに切り捨てていたからだそうだ。
「まぁ、それはこの姿になってから知ったことだからにゃ。貴様に言ってにゃくて当然にゃ」
「『当然にゃ!』じゃないわ。今後は知った時点で教えてよね。私だって処刑されたくないんだから……私たちフランチェスカ同士じゃない。一心同体でしょ?」
「いや、もう吾輩はただの猫にゃ。貴様とは違う生き物だにゃ」
だから自分のことはできる限り自分で考えろ、とでも言うように、エディは私の膝の上で丸くなって寝始めた。
とりあえず今は、カルミアのことをどうするか考えなければいけない。
エディの毛並みを堪能しながら、今後の動きを考えることにした。




