手紙。
家に着くと、私はカトレアからぴょんと飛び降り、そのまま駆け出した。
「エディちゃん!」
と呼ばれていたような気がしたけど……全然気づかなかった。
猫だから許してほしい……。
ブラオベーレの部屋の前に着くと、扉をカリカリして「開けてくれ」と合図を送る。
少しすると、ガチャリと扉が開いた。
私は開いた瞬間、そのまま部屋に潜り込んだ。
「姉上。どうしたんだい?そんなに慌てて」
「ここでは誰が聞いているかわからないのにゃ。エディと呼ぶにゃ……」
ロベリアのことを考えると、他にもカトレアの祖父の手の者が入り込んでいる可能性が高い。
それこそ、この部屋の会話も聞かれているかもしれない。
私の声は普通なら通じないはずだが……そんな都合よくはいかないだろう。
「わかったよ、エディ。それでどうしたんだい?」
「今から吾輩の話したことを手紙に残してほしいにゃ。ブラオベーレは、私が話している間、うまく相槌を打ってほしい。決して口には出すにゃよ」
そう伝えると、意味を理解したのか「はいはい」と言いながら、手紙を書く姿勢をとった。
「まずはこの手紙を明日までにパキラに届けてほしいのにゃ。できるにゃ?」
「うん」
頷いたのを確認して、私は先ほどの出来事を一つずつ話していく。
カトレアの祖父。
大帝国トライフルの公爵家が黒幕である可能性が高いこと。
カトレアの母親が捕らえられており、カトレアは仕方なく従っている可能性が高いこと。
そして――明日、何かしら動きがある可能性が高いこと。
ブラオベーレは「うん」とか「へぇー」とかしか言わないが、その顔はどんどん険しくなっていく。
「ブラオベーレ。最後に忠告にゃ。カトレアの近くにいるメイド……あれには気をつけるにゃ。恐らくカトレアが悪いんじゃないにゃ。あのメイドが圧をかけているにゃ」
「わかったよ、エディ」
これでいい。
手紙さえ届けば、動ける。
そう判断した私は、ブラオベーレの部屋を出て、フランチェスカの元へ戻った。
――はずだった。
***
意識が浮かび上がる。
重い。
体が、思うように動かない。
(……ここは……?)
目を開けると、見慣れた天井ではなかった。
「にゃぁ~?」
声を出してみるが、返ってくるのは自分の鳴き声だけ。
次の瞬間――
「目を覚ましたんですね。エーデルワイス」
その声で、全てを思い出す。
ロベリアだ。
さっき、気をつけろと言ったばかりなのに。
よく見ると、私は箱の中に入れられていた。
身動きが取りづらい。狭い。
(……いつの間に……?)
記憶が途切れている。
「あなたのことは調べましたよ」
「にゃにゃにゃ~」
「にゃあにゃあうるさい猫ですね。あなたがいると、カトレアが計画を実行してくれなくて困るんですよ」
……通じていない。
だが、それでいい。
今は情報を拾うことが優先だ。
まずは状況を確認する。
箱の中。
そして――揺れている。
微かだが、一定のリズム。
床を通して伝わる振動。
(……馬車……?)
「やっとこの国に復讐できるというのに、それでは困るんです」
ロベリアの声には、はっきりとした怒気が含まれていた。
この女、本気だ。
(どこに向かってる……?)
時間の感覚が曖昧だ。
どれくらい経ったのかも分からない。
その時――
視界が一瞬、明るくなった。
次の瞬間、体が宙に浮く。
「にゃぁぁぁ!」
衝撃。
箱ごと外へ投げ捨てられた。
地面に叩きつけられ、体に鈍い痛みが走る。
「さようなら、エーデルワイス。きっとあなたなら生きていけますよ」
軽い声だった。
まるで、本当にどうでもいいものを捨てるみたいに。
そのまま馬車は減速することなく走り去っていく。
遠ざかる音。
静寂。
――完全に、切り離された。
***
「パキラ様。手紙が届いております」
気配もなく現れたのは従者だった。
音がない。
影としては優秀だ。
「そうか……誰からだ?」
「ブラオベーレ様という方です。初めての方でしたので警戒しましたが……ただならぬ様子でしたので。それに、名前を言えば分かると」
ブラオベーレ。
フランチェスカの弟。
嫌な予感がする。
「知っている。そこに置いておいてくれ」
「承知しました」
それだけ言い残し、従者は音もなく消えた。




