不安は直ぐに無くなりました。
パキラが来る少し前、誰かが近づいてくる音は聞こえていた。
音といっても人の足音ではなく、動物の足跡のようなカサカサとした音だ。
お父様たちが、少し緊張した顔で誰が来るのかとソワソワしていた。
そんな時――ギィィと扉が開く。
「いらっしゃいにゃ。パキラ」
声をかけると、パキラは目をぱちぱちさせながら固まっていた。
どうやら猫は驚くと固まるらしい……。
「あ、あぁ……これは一体……」
「この三人は吾輩の家族にゃ。右からサパンお父様、プープリエお兄様、そして弟のブラオベーレにゃ。この黒猫はパキラと言うにゃ」
簡単に紹介をしてから話し始める。
「エディが連れてくるのが、まさか猫だとは思わなかったよ」
そう言って笑うお兄様。
きっと何か分かっているのだろうが、私から話すのを待っているようだ。
「パキラは、私が王宮に忍び込む時とか手助けしてくれたのにゃ。それに何度も助けられてるにゃ……そ、それでパキラもフランチェスカを助けたいと思っているんだにゃ。だから話を聞いてもらうために来たのにゃ」
途中で遮られないよう、一気に話すと、お兄様は吹き出した。
「ぷっ……くくく。大丈夫だ、分かっているよ。俺たちだって、お前が処刑された直後にここへ来たわけじゃないんだ。パキラ・クラフティ殿ですよね。お会いしたいと思っていました」
お父様やブラオベーレも知っていたのか、同じような反応を見せる。
「俺のことを知っている? なんでだ?」
逆にパキラは警戒を強める。
当然だろう。会ったこともない相手に知られているのだから。
「そこから話さなければなりませんね」
今まで静かにしていたお父様が口を開いた。
「私たちは未来から来たのです。パキラ殿は、エディが十八歳のフランチェスカだったというのはご存知ですか?」
「あ……あぁ……」
「なら話が早い。我々の家系魔法です。私たちは過去に戻ることができる。そして未来で、パキラ殿にお会いしているのです」
お父様の言葉に、私まで驚いてしまった。
話によると、私が処刑されたあと、平穏だったのは最初の三ヶ月ほど。
そこから国全体が荒れていったという。
「国全体が荒れ始めた時、この国に留学していたエリオント第二王子殿下と、パキラ殿が奮闘してくださっていたのです」
各地が他国に侵略され始めてからは、生き残るだけで精一杯だったらしい。
それでも、この国の王、王妃、王太子、そしてカルミアは変わらなかった。
むしろ、言えば言うほど状況は悪化していったという。
そして見かねたエリオント第二王子とパキラが、前に出て陣頭指揮を取っていたそうだ。
「にゃるほど……」
「それでも、この国はやがて衰亡しました。しかし最後の最後まで――フランチェスカが大帝国トライフルの人間を引き入れたと、言われ続けたのです。亡くなったあとも……」
お父様は何かを思い出したのか、涙を浮かべながら話す。
お兄様がそっと背中をさすっていた。
「すみません……お恥ずかしいところを……」
「いや、構わない。本当は他にも話すことがあるんじゃないか?」
「さすがですね、パキラ殿。……はい。エリオント第二王子殿下とパキラ殿に、伝言を預かっています」
「――『カトレアに気をつけろ』、とのことです」
その言葉を聞き、なぜカトレアとお兄様が結婚したのかが分かった気がした。
恐らく、野放しに出来なかったのだろう。
「パキラ……」
「あぁ……俺たちの心配は無用だったようだな」
「そうみたいだにゃ」
二人で少しだけ笑う。
だが、時間はあまりない。
すぐに本題へと移った。
「じゃあ、俺から話そうか。宰相は残念ながら見つかっていないんだが、その息子――ダリアの婚約者は見つけたよ。心ここにあらずって感じで街を歩いていた。『カルミア……カルミア』って繰り返していた」
フランチェスカの話では、ダリアは夢から覚めたような感覚だったという。
だが、その婚約者はまだ目覚めていないらしい。
「ダリアは卒業パーティー直後に正気に戻ったようにゃ。それまでは心と体が離れ離れになっている感覚だったらしいにゃ」
「やっぱり個人差があるみたいだな。俺たちも一度魅了魔法にかかった時、処刑直後に夢から覚めたような感覚だった」
思い出せる。
だが――思い出すタイミング次第では、証拠にはならない。
難しい問題だ。
「宰相なら俺も探している。見つけたら知らせる。出来れば魔法にかかっていないといいんだがな……」
確かに、息子の状態を考えると可能性はある。
「次は僕かな。ついに動き出したよ」
そう言って、ブラオベーレが書類を差し出す。
恐らくカトレアについてだろう。
私は小声でパキラに「読んだら燃やすにゃ」と伝えると、パキラは無言で頷いた。
真剣な表情で書類に目を通している。
そこには――
カトレアがボランティアと称して昼間外出していること。
各地で魔法が使われている形跡があり、小規模な暴動が起きていること。
そして――
大帝国トライフルが動き始めていることが記されていた。
パキラは読み終えたのか、その場で書類を燃やした。
その間に、お父様が口を開く。
「私は現状維持です。まだ婚約破棄は成立していません。もう少し粘ってみますが……何かあればすぐ伝えましょう」
それだけ話すと、この日の会合は静かに幕を閉じた。




