ダリア・パンドーレ侯爵令嬢
「何が……『フランなら仲良くなれるにゃ!』よ……今まで友人ひとりいなかったのに……」
正直、お父様から婚約破棄はすぐには難しそうだと言われた時は、ショックが大きかった。
あんなに大勢の前で話していたし、なんならオルテンシア王太子殿下は次の婚約者を皆の前で発表していたくらいだ……。
だから婚約破棄なんて、すぐできるものだと信じ込んでいた。
「婚約破棄するのって難しいのね……」
「本当ですよね。婚約破棄って、私たちだけの話ではないですし」
お互い返事が返ってきたことに驚き、顔を見合わせて「すみません」と謝罪した。
「この間の卒業パーティー、私見てました。フランチェスカ様は凄いですね。王太子殿下に啖呵を切っていた姿、とてもかっこよかったです」
顔を俯かせながら話す姿は、まるで昔の自分を見ているようだった。
「顔を上げてくださいませ。同じクラスにいたのに、なかなか話す機会がありませんでしたよね。私、フランチェスカ・アマレッティと申します。よろしくお願いいたします、ダリア様」
ダリア様の名前を呼ぶと、俯いていた顔がパッと上がる。
綺麗な赤色の瞳と、視線が合った。
「わ、わ、私のこと知っていたのですか……?」
「勿論ですわ。あ、あの……もし良かったら、お友達になってくださいませんか?」
こんなに都合よくダリア様に会えることなんてそうそうない。
そう思った私は、思い切って声をかけた。
手を前に出し、ぎゅっと目を閉じる。
今まで友達のいなかった私にとっては、大きな一歩だ。
反応がないので、そろりと目を開けると――
ダリア様はぽかんとした顔でこちらを見た後、くすくすと笑い出した。
「くすくす……ごめんなさい。そんなに力強く『友達になろう』って言われたの、初めてで……」
その笑顔を見ていると、なんだか私まで笑ってしまう。
「フランチェスカ様。嬉しいです! ぜひお友達になってくださいませ。改めまして、ダリア・パンドーレと申します。よかったらダリアと呼んでくださいませ」
「ありがとう。堅苦しいのはなしでいきましょう! 私のこともフランでもフランチェスカでも、好きなように呼んでくれると嬉しいわ!」
握手を交わし、そのまま昼休憩の残りの時間を二人でゆっくり過ごした。
ダリアは昔から内気な部分が多かったらしい。
そのせいか、貴族院に入ってすぐ一人の女性に声をかけられたのだという。
「もしかして、その女性って……」
「そう! この間のパーティーでやたらと目立っていた人よ。カルミア……」
一人でいるか、幼なじみのフィオーレ様と一緒にいることが多かったため、一人の時を狙われたのだろう。
最初はただの仲のいい友達だったらしいが、次第にダリアの婚約者の話ばかり聞かれるようになったという。
「ダリアの婚約者って……」
「宰相の息子、マウル・グラニータよ。今思えば、公爵家の息子だから狙われたのね。今も何かに取りつかれているみたいに、カルミアの名前ばかり出しているわ……」
やはり――魔法の影響なのだろうか。
カルミアに会ってから、マウルは明らかにおかしくなっていったらしい。
それまでは他の女性に目移りするような人ではなかったという。
「私もね……今思うと、ずっと“カルミアから離れちゃダメ”“カルミアしか信じちゃダメ”って思わされていた気がするの」
何度もフィオーレ様に注意されていたらしいが、その言葉が頭に入ってこなかったらしい。
「もしかして……頭にモヤがかかったような……?」
「そう! そんな感じ! 頭と心が一致していないような……思っていたことと違うことを口にしてしまうの。気づいた時には、もう遅かったわ……」
フィオーレ様は一つ年上で、この間の卒業パーティー後すぐに隣国へ嫁いでいったのだという。
ダリアの魔法が解けたのは、その直後だったらしい。
最後は、何も言えないまま別れてしまったのだと。
「そうだったのね……。でも、手紙のやり取りもできるし、隣国なら会えないわけじゃないと思うわ。だから大丈夫よ……それで、ひとつ聞きたいのだけど。モヤが晴れたきっかけって、何かあったの?」
「はっきりとは覚えていないんだけど……切れる直前に“パチン”って音がしたの。手を叩いたような……」
パチン――という音。
もしかしたら、その音に意識を引き戻されることで、魔法が解けるのかもしれない。
「パチン、ね……私は聞いたことがないから……もしかしたら、その音はモヤがかかっている人にしか聞こえないのかもしれないわね」
まだ“魔法”と断定するのは早い。
そう思い、この話は一度エディに伝えるべきだと判断した。
ちなみに、魔法が解けたのはダリアだけで、マウルは未だにカルミアを追い続けているらしい。
宰相も見つからず、婚約破棄の話も進んでいないという。
話しながら昼食を取っていると、あっという間に休憩時間が終わった。
私たちは急いで教室へと戻った。




