婚約破棄ですか!?よろこんで!!
「フランソワ、フランソワって……誰ですか? そのフランソワって……それに、二番目の女? 一番目について教えてもらってもいいでしょうか。あぁ、腕を絡めているカルミア様でしょうか。オルテンシア王太子殿下」
私の名前を呼んでいるつもりなのだろうけれど、全く違う人の名前だ。
私たちの声を聞いて、近くにいた人たちが「何事だ?」と集まってくる。
ここまで目立たずに来ていたのに……全てこの男のせいだ。
「フランソワとはお前のことだろ?」
「確かにフランまでは合ってますね……この8年間、まさか名前も覚えていなかったなんて……片腹痛いにも程があるわ」
鼻で笑い、その場を去ろうと踵を返した――その瞬間。
「そんな態度をとってもいいと思っているのか! フランソワ!」
歯をギリギリと噛み締めながら、また名前を間違える姿が滑稽でしかない。
周りの人達も唖然とした状態で、オルテンシア王太子殿下を見ていた。
「だから……フランソワではありません。って何度言えばわかるのですか? それに、仕事をするために私と結婚するんですよね? 私みたいな女に興味が無いという話も聞きましたわ」
少し強気に返し過ぎたかと一瞬思ったものの――どうやら、限界を迎えていたらしい。
「王族に対してそんな言い方をしてもいいと思っているのか? 王族への反逆行為となるぞ」
え? 反逆行為? これが?
なんなら名前すら覚えていないのはこの方なのですが……。
しかも婚約者に対して二番目の女と言ったのは王太子である。
どの辺が反逆行為なのだろうか。
「はぁ……反逆行為ですか。どの辺がでしょうか。貴族院にいる間、私は執務をこなしておりませんし、学院には休まず通っておりました。ほとんど一人でいることはございません。いつ反逆行為ができるのか、私がどのような反逆行為をしたのか、ご教示いただきたいです」
強気に返すと、何も言い返せないのか、鼻息ばかり荒くなっていく。
そんな空気をぶち壊すかのように、一人の女性が口を開いた。
「落ち着いてくださいませ。オルテンシア様」
そう言って腕に絡みつくのはカルミアだ。
カルミアの目が、若干濃いピンク色に光っている。
直感で――あの目は見てはいけない。
そう思った私は――
「皆さん、急いで目をつぶってください! 出来れば耳も塞いで!! 早く!!」
大声で叫ぶと、危険を察知したのか、一斉に目をつぶって耳を塞いだ。
カルミアの目の光が収まると同時に、オルテンシア王太子殿下は大声でこう言い放った。
「フランソワ。お前との婚約は破棄させてもらおう。そして俺はカルミア・パンナコッタ嬢と婚約をすることをここに宣言する」
処刑の日までは確か婚約したままだったと思うけれど……。
これは少し未来が変わった、ということでいいのだろうか……。
……とりあえず。
フランソワって誰だ。
「フランソワとは私のことでよろしいのでしょうか?」
「お前以外に誰がいる」
真面目な顔で言うオルテンシア王太子殿下に、もう呆れて何も言えなかった。
ただ――婚約破棄という言葉の言質が取れただけでも良かったことにしよう。
「承知致しました。婚約破棄ですね。私、フランチェスカ・アマレッティは婚約破棄を喜んで承ります。この後のことについてはお父様にお任せ致しますので、お父様よりご連絡させて頂きます。それでは……」
見たところ、オルテンシア王太子殿下は正気という訳ではなさそうだったが……。
この後何を言われても、ここにいた全員が証人になってくれると信じたい。
カルミアは勝ち誇った顔をしていたが、自分が負けているようには思えないほど清々しかった。
***
「エディ。帰るわよ?」
エディを呼ぶと、ひょっこりと顔を出す。
「早かったにゃ。もう帰るのかにゃ?」
「ええ。お父様に急いで伝えなくてはならないことがあるの」
エディに先程の出来事と、過去の記憶を照らし合わせて確認する。
「エディ。私、オルテンシア王太子殿下と婚約破棄したわ! 以前のフランチェスカはここで――」
「ほ、ほんとなのにゃ!?」
私の膝の上に両手を乗せ、前のめりになって聞いてくる。
「え、えぇ……本当よ。だから早めに帰って手続きを進めてもらいたかったのだけれど……これはエディがフランチェスカの時とは変わっていると思ってもいいのかしら……」
「よくやったにゃ! フラン! 吾輩の時とは変わっているにゃ! まだ油断はできにゃぁけど、処刑への道から少し遠ざかったと思うにゃ」
遠ざかった……ということは、まだゼロではないということだろう。
でも今日の出来事で、頑張れば未来は変わるのだということがわかった。
少しだけ、自信がついた気がする。
とりあえず今は急いで帰って、お父様に婚約破棄の件を報告することが第一だろう。
そう思い、急いで屋敷へと帰った。




