二杯目のコーヒー
旧い友人である君が訪ねてきた。
「随分と久しぶりだね」
私の言葉に君は言った。
「おかげさまでな」
私はコーヒーを用意する。
君が酒を好きなのは知っているけれど、老齢となった私には酒はちょっと辛い。
「元気そうじゃないか」
「おかげさまでな」
よろよろとした動きの私を君はじっと見つめた。
何度か口を開いたけれど、結局何も言うことはなかった。
「悪いね。もう酒は辛いんだ。だけど、コーヒーを飲むのも久しぶりだろう?」
「おかげさまでな」
どうにかコーヒーカップを手渡した私は自分の席につく。
よっこらしょ、と小さな声で言いながら。
「随分と世界は変わっただろう? 君からしたら驚きの連続のはずだ」
「おかげさまでな」
君はコーヒーを一気に飲み干した。
粗野に。
何も考えていないかのように。
「君が何故、私を訪ねてきてくれたか何となく想像がつくよ」
私の言葉に君は答えなかった。
おかげで私は自分の考えを言うことが出来た。
「私もね。君のことは嫌いじゃないよ。いや。正直に言えば君を友達だと思っているくらいだ」
君の眉が微かに動いた。
とは言え、私の目も耳も随分と衰えている。
望んだものを勝手に見せてしまうくらいには。
「君もそうだろう?」
「違う」
「おや。違ったか」
冷たい否定の言葉に私は笑う。
年をとって良かったと思える唯一の事は心が穏やかになったことだ。
自分の過ちをあっさりと認めることが出来る大らかさがいつの間にか身についている。
「では、何をしにきたのだい?」
「お前を殺しに来たんだ」
「へえ」
私が微笑むと君はため息をついた。
「だが。殺さずともお前はもう直に死ぬようだな」
「そうだね。今年か来年か。仮に思ったより長生きをしたとしても君を止める力はないよ」
「惨めなものだな。かつての勇者とあろうものが」
その称号で呼ばれるのは随分と久しぶりだった。
かつて、君と戦い勝利した私は勇者と呼ばれた。
もてはやされた。
だけど、もうそれを信じる人はいない。
二十年もすれば勇者の活躍も魔王の恐ろしさも人はすっかり忘れ去ってしまう。
『魔王は封印されただけだ。必ず戻ってくる』
そう、何度も訴えていたのに。
人々は平和の夢から覚めようとしなかった。
むしろ、夢を見るのを邪魔する私を迫害した。
だから、私は今も一人きり。
「変わったものだな。美しかったお前ももう老婆だ」
「おや。口説いてくれるのかい?」
「どこにその要素があった?」
「婆さんの独り言だ。忘れてくれ」
くすくすと笑う私とため息をつく君。
傍から見ればお婆さんと孫にしか見えないだろう。
懐かしいな。
本当に。
君とは世界を巡り戦った宿敵だったけれど、同時に最も素で居られる相手でもあった。
何せ、取り繕う余裕もなかったんだから。
君との殺し合いは。
「君はこれからどうするんだい?」
「かつてと同じだ。世界征服をする」
「もう知り合いも友達もいないだろう?」
「分かっていないな。魔王は世界征服をするものなのだ」
「そうかい。なら、頑張りたまえ。応援するよ」
「応援だと? 正気か?」
調子が狂うと言わんばかり君は問う。
未だ残るコーヒーに一口だけ飲んで答える。
「舞台を降りた者はもう観客でしかないのさ」
「気楽でいいな」
「君も舞台を降りたらどうだい? 穏やかな時間が待っているよ」
君は大きくため息をついた。
そして、好きでもないコーヒーの二杯目を自分で入れる。
意外なほど手慣れた動作で。
そして。
「もう少し喋れるか?」
「喜んで」
私と君の思惑は一致した。
ありがたいことに。
二杯目のコーヒーは中々減りはしなかった。




