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02 ロボット

静かな室内に、時計の針の音だけが響いていた。


無機質な机。硬い椅子。

机を挟んで正面には、怜悧な顔立ちをしたスーツ姿の女性が座っている。

年齢は20代半ばほどだろうか。眼鏡の奥から向けられる視線は冷たく、心の奥まで見透かされているような気分になる。


聖剣が抜けた瞬間、博物館は騒然となった。係員が非常アラームを鳴らし、観覧客は避難誘導で押し出されていく。友人と共に外へ逃げ出そうとした俺は、呆気なく数人の職員に取り囲まれた。


「同行お願いします」


逆らう暇もなく、控室に通され、身元確認や聞き取りが始まった。

しばらくして、黒服の集団がぞろぞろとやってきた。彼らは俺を取り囲み、「監視下でもう一度聖剣を床から抜いてみろ」などと言う。

封印の石から抜けた後でも、聖剣は我儘に使い手を選んでいるらしかった。


もう泣きそうだった。俺が何をしたというんだ。聖剣を抜きましたね、そうでした。

頼むから何も起こるなと神に祈り、俺は聖剣に再び触れた。

果たして、空気よりも軽く、聖剣は床から抜けたのだった。


流れるように事は進み、気付けばこの部屋で一人の女性と向き合っている。

彼女は書類をぱらりとめくり、手元の録音機の電源を入れる。

そして、おもむろに唇を開いた。


「カイト・ライさん。カームシティハイスクールに所属している高校2年生。間違いありませんね?」


質問というより、断定するような口調だった。彼女の声は、冷房の効いた部屋の温度よりもさらに冷ややかに感じられる。


「ハイ……間違いありません」


声が裏返った。情けない。

ぶんぶんと首を縦に振る。

女性は上目遣いにちらりと俺の反応を確認すると、すぐに資料に視線を落とした。


「結構。私は攻魔省のユキ・アクランドです。聖剣が反応した理由を把握するため、いくつか質問を行います。この聴取への応答は義務とされます。よろしいですね?」

「はい……よろしくお願いします」


俺は思わず顎を引く。

「義務」という言葉の圧力に、思わず身構えた。


「では確認します。聖剣を引き抜いたとき、どのような感触がありましたか?」

「感触というか、その、軽く引っ張ったらそのまま抜けてしまって」


なるべく正確に答えたつもりだ。

正確に答えるほど、鼻で笑いたくなるような滑稽さを含んでしまうのは何故なのか。

俺、悔しい。


「直前に何か変わった気分であったり、体調の変化などを感じましたか?」

「特には……そういったことは無かったと思います」


淡々と質問が続いていく。

まるで重大事件の容疑者になったかのような気分だ。いっそ本当に泣き出してやろうかなとすら思う。


「では、あなたの過去の記録について伺います。聖剣は、あなたの特異な運動能力に反応した可能性が高い」

「運動能力?」


俺が聞き返すと、ユキさんはその細い顎をこくりと傾ける。


「1000年前の勇者は、類稀なる運動能力を誇ったといいます。あなたは、尋常ではない筋力、耐久性、あるいは直感力などを自覚した経験はありますか?」

「えーと、高校の体力テストはだいたい平均くらいです。あ、長座体前屈は自信ありますけど、ボール投げは平均以下ですし……」

「運動能力は平均的、ですか」

「小学生の頃、マラソン大会でアキレス腱切ったことならありますけど、多分こういうのじゃないですよね」

「──アキレス腱の断裂は、聖剣とは関連性が薄いと判断します」


ユキさんは一瞬も俺を見ず、淡々と手元のクリップボードに何かを書き込んでいく。

何て書いたんだろう。「マヌケ」とか「雑魚」とでも書かれたんじゃないだろうか。

そんな被害妄想が膨らんでは消える。


「次に、精神的な側面に移ります。聖剣に手を添えた瞬間に抱いていた感情が、聖剣の封印を解除した可能性があります。聖剣を抜く時に抱いていた感情について、できるだけ詳しく説明してください。」

「……ええと、あの時はちょっとムカついてて、あと恥ずかしかったのを覚えてます」

「なぜあなたは苛立ち、恥ずかしいという思いを抱いたのですか?」


間髪入れず、刺すような質問が飛んでくる。

やっぱりこれ尋問なんじゃなかろうか。

俺もう苦しい。

はやく家に帰りたいよぉ。


思わず背もたれに寄りかかれば、ユキさんの凍えるような視線に射抜かれた。

思わずびくりと姿勢を正す。


「あ、スミマセン!……ムカついてたのは友人に対してです。俺ジャンケンで負けて、罰ゲームで聖剣の列に並ぶことになったんで」

「罰ゲーム、ですか」


ユキさんがわずかに眉をひそめる。


「恥ずかしいという感情の方はどうでしょうか」

「子供に囲まれて、注目されるのが恥ずかしい、というものでした」


ユキさんはペンを止め、じっと俺の目を見つめる。相変わらずの無表情だが、呆れが滲んでいるようにも見える。耳にかけられた金色の髪が一房、頬に落ちたのが見えた。


「つまり、多くの視線に晒されたあなたは、羞恥と焦燥から聖剣を取った。聖剣に対して特別な感情や、強い意志は向けていない。この認識で間違いありませんね?」

「はい……」


改めて理路整然と文字に起こされると、なんともまぁ酷い男が聖剣を抜いたものだ。


「わかりました。物理的にも精神的にも、再現性のある要素は確認できなさそうですね」


まるで、故障した機械の調査結果を報告するかのような口調だった。

こちらとしても、AIと喋っているような気分になる。

ひょっとして本当にロボットじゃ無いよね?

まじまじと観察してみるが、お美しいこと以外は何も分からない。今のところロボットである確率は60%くらいだと言えよう。

俺の不躾な視線に気がついたのか、ユキさんはとん、とクリップボードを机に置いて、口を開いた。


「過程はどうあれ、あなたは聖剣を抜いた。……あなたは『勇者』と呼ばれる存在となった」


その言葉に、横っ面を張られたような気分になった。

頭では分かっている。聖剣を抜いたものが勇者となるのだと。

だが、あまりに呆気なかった。

聖剣を抜いたという実感が、まったく無い。


「カイトさん。あなたは、『勇者』という存在の意味を、どのように捉えていますか?」


勇者の意味。

──何か、特別なものがあるだろうか?

魔物に対する切り札のイメージも、国を護る象徴としても、現代には『対魔砲』がある。

子供たちの憧れ以上の、意味なんて。


「……特に、無いんじゃないかな、と思います」


今の俺の、率直な答えだった。

自分が曲がりなりにも勇者と呼ばれるようになったところで、きっと出来ることは無い。

魔物は強い。

腕一本分ほどのリーチの聖剣で、勇んで斬り掛かっていく気にはなれない。


そんなことを考えた、その瞬間だった。

風を切り裂く音がして、耳の横を何かが掠めた。

油を差し忘れたロボットのような挙動で、俺は背後を振り返る。

見れば、俺の頭があった位置の数センチ横に、聖剣が深く突き刺さっていた。


「……はえ?」


思わず間抜けな声が出る。

俺と向かい側の壁には、大きな穴が空いているのが見えた。

聖剣がここまで、壁を突き破ってやって来たのだと理解する。


──誰かが投げたとか?

ありえない。

人払いがされていたし、この場に俺以外で聖剣を持ち上げられる人間はいなかったと言っていたじゃないか。


だとすれば、こいつはひとりでに飛んできたのか?

まるで、俺の発言に腹を立てたような挙動だ。



「両手を上げて聖剣から離れなさい!」


怒声に、はっと我に帰る。

ユキさんが、黒い杖をこちらに向けていた。


──魔法の杖。

人類が魔力を操るための道具であり、人を簡単に殺しうる強力な武器。

初めて、見た。


両手を上げて、聖剣から背を向けるように一歩離れる。

ユキさんは険しい顔で、俺に杖を向け続けている。


「聖剣の自律的な移動を確認。カイト・ライ。あなたが聖剣に対して何らかの意図的な魔力操作を行った可能性を排除できません」


ユキの声は、先ほどの冷ややかさを通り越し、明確な警戒を含んでいる。


「ち、ちが……俺は何も! 聖剣が……そう、聖剣が勝手に!」


俺の言葉を聞いてか聞かずか、ユキさんは空中に文字を書くように、素早く杖を動かした。瞬間、杖の先端に埋め込まれた黒い結晶が、青白い光を放ちはじめる。


「安全を優先します。“鎮静(セデイル)”」


杖から放たれた青い光は、風を切る音もなく俺の胸元に吸い込まれた。途端襲うのは、全身の力が溶け出すような、急激な脱力感。


「……あえ?」


視界が白く霞み、頭が急速に冷えていく。手足の感覚が薄れ、自分が立っていられないことを悟った。


「た……す……」


意識が途切れる寸前、壁に刺さったままの聖剣が目に入った。


──どうせ動くんだったら助けてくれよ。


その言葉が口から漏れることはなかった。

俺の意識は、暗闇に溶けるように消えていった。

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