第1話 怪異
不定期に更新します
僕は青柳 湊。
夜見ヶ丘高校に入学してから、
まだ数日しか経っていない。
高校一年生だ。
転校生というわけじゃないけれど、
この町に来てからはずっと、
どこか居心地の悪さを感じていた。
それは、この学校のせいかもしれない。
「怪異が出る」だの、
「夜になると不思議なことが起こる」だの――
そんな噂話は、入学初日から耳にしていた。
信じてはいなかった。
けれど、心のどこかで
引っかかっているのも事実だった。
僕はごく普通の高校生だ。
好きなことはスポーツと漫画。
まだ友達は少ないけど、
これから増やしていきたいと思っている。
そんな僕の、普通の高校生活は――
放課後の、たった数分で壊された。
*
放課後の校舎は、
昼間の賑やかさが嘘みたいに静まり返っていた。
忘れ物を思い出した僕は、
誰もいなくなった廊下を歩いていた。
夕陽が窓から射し込み、
廊下の床を真っ赤に染めている。
コツ、コツ、コツ――
自分の足音だけが響く中、
なぜか背後に気配を感じた。
ふと立ち止まる。
けれど、振り返っても誰もいない。
気のせいか――
そう思って歩き出した瞬間だった。
――くす、くすくす。
耳元で、女の笑い声が聞こえた。
ゾクリと背筋を冷たいものが走る。
曲がり角の先、廊下の奥に、
制服姿の女子生徒がしゃがみ込んでいるのが見えた。
長い髪を垂らし、肩を震わせ、
すすり泣くような声を漏らしている。
どう考えても近づくべきじゃない。
だけど、足が勝手に動いていた。
「……大丈夫ですか?」
僕の声に、彼女はゆっくりと顔を上げた。
その顔は――真っ白だった。
皮のような何かで覆われ、
ぽっかりと空いた目の穴だけが、
黒く沈んでいる。
「みぃつけた……」
ぞっとするような声を発しながら、
そいつは音もなく立ち上がり、
まっすぐこちらに向かってくる。
逃げようとしても、体が動かない。
声も出ない。
ただ、冷たい恐怖だけが、
じわじわと全身を縛りつける。
そいつの手が、僕の顔に触れようとした瞬間――
「……まったく、放課後は怪異が活発になるって
知らなかったの?」
凛とした、けれどどこか冷ややかな声が響いた。
気づけば、すぐそばに立っていた女子生徒。
長い黒髪に鋭い眼差し、
制服の胸元には見慣れないバッジが光る。
「あなたは...?」
僕が困惑しつつ、聞く。
彼女は静かに手を掲げ、
高らかに告げた。
「除霊サークル、ゴーストバスターズ“副会長”
――遥よ!」
そして、指を鳴らす。
「消えなさい。」
その一言で、
怪異は悲鳴を上げ、霧のように掻き消えた。
静けさを取り戻した廊下で、
彼女はふっと微笑んだ。
「ここはもう安全よ。安心しなさい。」
それだけ言い残し、夕陽に染まる廊下を
彼女はゆっくりと去っていった。
僕は、その背中をただ呆然と見送るしかなかった。
――放課後の、まるで夢でも
見ていたような出来事だった。