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妃選び






「陛下、そろそろ妃をお娶りください」




 謁見の間、玉座の前で膝をついた宰相、ゲルハルト・ノルディエンが進言する。


 それに皇帝陛下が「ふむ」と返事をする。




「このような発言は大変無礼だと存じております。しかし、これまでの陛下の改革により、国内では混乱も生じております。いずれ周辺国の姫を娶るのだとしても、まずは王家と貴族との関係を盤石なものとするために国内より皇后をお迎えいただくべきかと」


「確かに、ノルディエンの言葉は一理ある」




 皇帝陛下が頷くと、微かだが貴族達が騒めいた。




「つきましては『妃選びの場』を設けるのはいかがでしょうか?」


「国内の貴族令嬢を集め、選べと?」


「はい、後継者問題もございます。陛下はまだお若いですが、後継者の教育に時間がかかるのもまた事実」


「そうだな。次代がいないまま、俺に何かあっては皇族の血が絶えてしまう」




 肘置きに頬杖をつき、皇帝陛下が小さく笑った。




「よかろう。妃選びの夜会を開く。ノルディエン、手筈を整えよ」


「かしこまりました」




 そうして、皇帝陛下の妃選びの夜会が開かれることが決まった。


 ……この方の横に並び立つのは一体、どのような人物なのか。


 謁見の間から政務室に戻る中、前を行く皇帝陛下の背を眺める。


 噂の通り気まぐれな部分もあるし、強引さもあるが、狂帝と呼ばれるほどの暴君とは思えない。


 恐らく改革で損害を被った貴族達が悔し紛れにそのように呼んでいるのだろう。


 政務室に戻り、椅子に座った皇帝陛下が小さく息を吐いた。




「妃か」




 あまり気乗りしていない様子を横目に、わたしは黙って控える。


 皇帝陛下がどのような女性を選ぶのか少しばかり興味が湧いた。


 ……身分を気にしない方だと良いが。


 わたしは孤児院の出で、それを理由に追い出されるのは困るなと思う。


 近衛騎士達からもどことなく遠巻きにされているのは、その辺りが原因かもしれない。






* * * * *






 皇帝陛下の守護騎士に就任して二ヶ月。今夜は『妃選定の夜会』が行われる。


 普段よりも華やかな装いの皇帝陛下に付き従い、舞踏の間に向かう。


 わたしはいつも通りの騎士の制服と鎧姿である。




「レーヴは夜会に出るのは初めてか?」




 歩きながら皇帝陛下に問われて、頷いた。




「はい、わたしは身分的にも夜会の場を警備するには問題がありましたので」


「そうか。……まあ、俺のそばに控えているだけだ。あまり気を張る必要はない」


「お気遣い痛み入ります」




 皇帝陛下が不意に立ち止まり、わたしを振り返る。


 見下ろされ、わたしが首を傾げると「何でもない」とまた歩き出した。


 その背中を追いかけ、歩き、ややあって、今の返しは皮肉に聞こえたのかもしれないと気付く。




「陛下、先ほどの言葉は皮肉ではありません」




 皇帝陛下が微かに笑い交じりの声で言う。




「分かっている。お前はそういった遠回しな表現は使わない」




 それに少しホッとして「はい」と返事をする。


 舞踏の間に続く扉の前で皇帝陛下が立ち止まった。


 警備の騎士達に皇帝陛下が視線を向け、騎士達が扉を両側に開ける。


 皇族専用の出入り口だが、守護騎士のわたしも通っていいようだ。




「皇帝ヴォルフラム・ライナー=グライフェルド陛下のご入場!!」




 その張り上げた声が舞踏の間に響き渡る。


 何故か皇帝陛下が振り返った。




「お前は俺だけを見ていろ」


「御意」




 それがどういう意味なのかは分からなかったが、主君の言葉は絶対だ。


 恐らく『警護に集中しろ』ということだと解釈し、即答する。


 皇帝陛下が目を丸くし、小さく笑う。




「では、華やかな戦場に行くとしよう」




 皇帝陛下が前を向き、歩き出したのでそれに付き従う。


 一階分ほど高い位置から、皇帝陛下が舞踏の間の中を見下ろす。


 その後ろに控えて長身を見守った。


 階下はある程度見えているが、多くの貴族と令嬢達が皇帝陛下を見つめている。


 慣れない者なら気圧されてしまいそうな視線の矢を皇帝陛下は平然と受け止める。




「皆よ、今宵は集まってくれたこと、感謝する。既に聞き及んでいるであろうが、この夜会は俺の妃となる者を探す目的である。俺は身分にこだわらない。能力・性格・功績、様々な点を総合的に見て判断するつもりだ──……」




 皇帝陛下の言葉を聞きながら、貴族達の様子に目を配る。


 大半は『自分の娘が、または自分が皇后になれるかもしれない』という期待と希望を胸に抱き、目の色を変えて皇帝陛下に挨拶をする機会を待っている。


 しかし、中にはあまり乗り気ではない者もいるようだ。


 ちなみに婚約者がいる令嬢は今回、選考から外された。


 皇帝が臣下の婚約者を横取りするなどあってはならぬ。それが皇帝陛下の御言葉だった。


 下はデビュタントを迎えた十六歳から、上は二十半ばほどまで、意外にも年齢に開きがあった。




「──……それでは、皆の挨拶を楽しみにしている」




 挨拶を終えた皇帝陛下が歩き出し、中二階にある王族の席に腰掛けた。


 わたしは皇帝陛下の席の左側に控える。


 夜会で帯剣を許されているのは騎士のみで、皇帝陛下も武器は持っていない。


 貴族達からの視線を強く感じるが、気付かないふりをした。


 そこからは爵位の高い家から、親と令嬢とで挨拶をしに上がってくる。


 妃選定の夜会は通常と異なり、挨拶の後に当主が娘がいかに優秀であるか皇帝陛下に説明し、それを聞いて皇帝陛下はいくつか令嬢に問いかけ、判断するようだ。


 だが、全員と話してから決めるということなので即座に判断を伝えるわけではない。


 かなりの数がいるけれど、皇帝陛下は微かに口角を引き上げたまま表情を変えず、貴族達の娘自慢のような話に耳を傾けている。


 ここ二ヶ月ほど、ほぼ毎日共に過ごしていたので何となく分かった。


 ……とても退屈そうだ。


 口元に笑みを浮かべているものの、目があまり笑っていない。


 いくつかの家が過ぎ、宰相が娘と夫人と三人で上がってくる。




「ノルディエン侯爵家当主、ゲルハルト・ノルディエンが皇帝陛下にご挨拶申し上げます」


「ゲルハルト・ノルディエンの妻、ティエレが皇帝陛下にご挨拶申し上げます」




 侯爵がチラリと娘を見る。


 二十代前半ほどの娘が礼を執る。




「ノルディエン侯爵家の長女、マティルダ・ノルディエンが皇帝陛下にご挨拶申し上げます」




 美しく、色香のある令嬢だった。


 宰相は銀髪だが、夫人は赤髪で、どうやら令嬢は母親似らしい。


 口元のほくろと猫のようなややつり気味の緑の瞳が色っぽく、体つきも豊満な胸に細い腰で、言葉を発さずとも存在感がある。皇帝陛下に向けられる視線は熱をはらんでいた。




「娘自慢となってしまいますが、この通り娘は美しく、健康で、高位貴族の教育も礼儀作法も申し分のないと家庭教師ガヴァネスからも言われております。娘の教育は皇帝陛下の教育係を務めた、ユグナー・ディクス殿が担当してくださいました」


「ユグナーか。姿を見ないと思ったら、ノルディエン侯爵家にいたのか」


「お恥ずかしながら、子供達にはできる限り良い教育をさせたいと思いまして……」




 宰相と皇帝陛下が話す。その間もジッと令嬢が皇帝陛下に熱視線を向けている。


 それに気付いた宰相が「マティルダ」と声をかければ、恥じたように頬を染めて令嬢が視線を外す。




「申し訳ございません。娘は以前より陛下をお慕いしておりまして、それ故にこれまで誰とも添わず……私も娘可愛さについ、甘やかしてしまいました」


「ノルディエンにしては珍しいな」


「ははは、私も人の子だったということでございましょう」




 皇帝陛下は令嬢に、これまでの令嬢と同じ質問を投げかけた。


 質問は全部で三つ。


 一つ目は、現在の身分制度についてどう考えているか。


 二つ目は、皇后となった際に何を成したいか。


 そして三つ目は──……。




「ここにいる守護騎士は孤児院出身だが、何故、俺がこの者を選んだのか考えてみよ」




 これについては事前に皇帝陛下より「話題に出しても良いか」と訊かれた。


 わたしについてなどいくらでも出してもらって構わない。


 孤児院の出なのも事実で、平民で、騎士にしては小柄で、外見からして強そうには見えない。


 だが、噂を聞いたり剣武祭を観戦したりしていた者達は私を知っている。


 これまでの令嬢達は「剣武祭で優秀な成績を収めたから」と答えた。


 ノルディエン侯爵令嬢がわたしを見てニコリと微笑んだ。


 男であれば見惚れただろう、美しい笑みだ。




「剣武祭で優秀な成績を収められたから……と言う理由もございますでしょう。しかしながら、皇帝陛下は最初に『能力や性格、功績などを総合的に見る』とおっしゃいました。そちらの守護騎士様は陛下のお眼鏡に適う、能力的にも性格的にも騎士として優秀な方なのだと思います」


「ほう?」


「陛下は騎士の入団試験でも、身分によって振り落とすことはなさりません。身分に固執することで、優秀な人材を失うことこそ、国の損失とお考えなのではとわたくしは感じました。…守護騎士様を重用することで、そのお考えを皆に広く示そうとなされたのではありませんか?」




 皇帝陛下が笑みを深める。




「その通りだ」




 皇帝陛下が初めて、頬杖をやめた。




「さすが宰相の娘、よく考察している」


「勿体なき御言葉でございます。恐れ多いこととは存じておりますが、わたくしはずっと陛下を、そして陛下の行われる政策についてを考えて続けておりました。……だからこそ、なのかもしれません」




 また気恥ずかしそうにはにかみ、侯爵令嬢が目を伏せる。


 色香を感じる女性だが、照れる姿はどこか少女のような純粋さもあり、その差に惹かれる者もいるだろう。野心よりも皇帝陛下を心から慕っているというふうに見える。


 皇帝陛下は「そうか」と返す。




「ノルディエン、残念だがそろそろ次の番だ。……素晴らしい令嬢を持ったな」


「過分な御言葉、ありがたき幸せでございます。父親の戯言と流していただければ幸いですが、私も、娘も、陛下をお支えする一助を担うことができましたら、これ以上ない誉れとなるでしょう」


「ああ、考えておこう」




 そうして、宰相達は下がっていった。


 その後も様々な貴族達が挨拶と娘の紹介を行ったが、皇帝陛下は頬杖を戻していた。


 ……やはり退屈そうだ。


 挨拶を終えた貴族も、まだの貴族も、階下で夜会を楽しんでいる。


 ダンスを踊る者、談笑する者、こちらを気にする者、目立たないようにか壁の花になっている者。


 子爵令嬢レヴィニアだった頃に『貴族の名前と爵位、特徴』について学んでおり、かなり忘れている部分も多いけれど、何となく覚えているところもある。


 その記憶と挨拶を聴き、新しく覚えていく。


 一度で全員を覚えるのは難しいが、高位貴族はそれなりに覚えられたと思う。


 最後の一人まで挨拶が終わり、下がっていく。


 皇帝陛下がわたしを指で呼ぶ。


 頭を下げて、皇帝陛下に顔を寄せる。




「どうだ? 気に入る者はいたか?」




 その問いにわたしは無表情で呆れてしまった。




「それはわたしから陛下にするべき問いだと思うのですが……」




 チラリと皇帝陛下を見て、その表情だけで全てを悟った。


 ……陛下が気に入るほどの者はいないらしい。


 受け答えで考えれば、ノルディエン侯爵家の令嬢が最も優秀そうだった。


 だが、その程度のことを皇帝陛下が分からないはずがない。


 そうと分かった上でわたしに問いかけたのは、宰相の娘を皇后にするつもりはないのだろう。


 政治的な側面で考えれば宰相の娘は適任に感じられるが、外したのには理由があるはずだ。




「特に気になるご令嬢はおりません」


「ふむ、お前もか」


「わたしの意見を申し上げますと、臣下の具申に耳を傾けることは重要と思います。けれど、皇后が政に口を挟むのであれば、力ある家の者を娶るのはむしろ国政をいたずらにかき乱してしまうのではと愚考します」




 これまで、皇帝陛下はやや強引に改革を進めてきた。


 しかし、力のある家の令嬢を皇后として迎え入れ、その皇后が皇帝陛下の方針に異を唱えたら、他の貴族達は同調するのではないか。現在の『皇帝陛下こそが頂点』という図が崩れ、皇帝陛下の権威だけでなく、情勢も変わるかもしれない。


 皇帝陛下にとって望ましいのは『力のない、政に関わらない皇后』だろう。


 わたしの囁いた言葉に皇帝陛下がこの夜会で初めて、愉快そうに笑った。




「お前のほうがまだ賢い」




 そうして皇帝陛下が背もたれに軽く背を預ける。




「無駄な時間を過ごしたな」




 わたしは周囲に皇帝陛下の言葉が悟られないよう、いつも通りの無表情で流す。




「皇帝陛下の婚約者選定パーティーは無駄ではなかったかと」


「ほう?」




 皇帝陛下が興味深げに背を起こした。




「少なくとも『陛下のお眼鏡に適う者はいなかった』ということが判明したのですから」




 わたしの言葉に皇帝陛下が「確かにな」と笑みを深めた。


 肘掛けに頬杖をつき、わたしを見る。




「俺はつまらない貴族の令嬢など要らん。……お前が女であればすぐにでも娶るんだがな」


「ご冗談が過ぎます、陛下」




 皇帝陛下の美しい紅い瞳が、こちらに流し目を向ける。


 ドキリと、別の意味で心臓が嫌な鼓動を鳴らした。




「わたしはあくまで、陛下の騎士でしかありません」




 わたしが女であることは気付かれていない。


 もし知っていれば、冗談でもこのようなことは言わないだろう。


 これまでも、これからも、わたしは皇帝陛下の忠実な騎士でなければいけない。


 皇帝陛下は小さく笑い声を漏らす。




「その表情も悪くない」




 きっと今、わたしは苦虫を噛んだような顔をしている。


 ……心臓に悪い……。




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― 新着の感想 ―
 レーヴが為政者の視点を持っているとは! ちょっと驚いてしまいました。  騎士になってからかもしれませんし、むしろ守護騎士になってからかもしれませんね。勉強熱心、たとえ必要だからという動機でも、な方み…
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