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就任






「なんか、寂しくなるな」




 部屋の荷物を整理してまとめていると、レジスがそう言った。


 思わず振り返り「寂しい、ですか?」と訊き返した。




「二人部屋を一人で使えて広々すると思いますが……」


「そうかもしれないけど、友達と過ごす時間が減るだろ?」


「友達……」




 その言葉に驚いた。


 レジスが不思議そうな顔で「だってそうじゃん」と続ける。




「オレ、レーヴと訓練する時間、結構好きだったんだ」




 休日も訓練をしているわたしにレイズが付き合っていることはあったが、それを好きだったと言われて、どのような反応が正解なのか分からず戸惑った。


 確かにレジスとは訓練をしたり、食事を共に摂ったり、よく話しているので友人と言えるだろう。




「近衛騎士になったからといって会えないわけではありませんよ。……休日は今まで通り訓練を行うつもりなので、また付き合っていただけますと嬉しいです」


「そっか……そうだな!」




 レジスが明るく笑う。




「昇進おめでとう、レーヴ!」


「ありがとうございます」




 それから、荷物をまとめて近衛騎士用の寮に移動する。


 レジスが近衛騎士用の寮の出入り口まで荷物を運ぶ手伝いをしてくれて、寮の管理人に声をかけるとわたしだけ寮に入り、部屋まで案内してもらう。


 レジスと使っていた二人部屋と同じくらいの広さだが、個室で浴室がついている。


 ……水道まで繋がっているのか。


 浴槽を覗くとシャワーがついているだけの簡素なものだったが、これで十分だ。


 今までは街の湯屋まで行って入浴していたが、今後はその必要もなくなるだろう。


 荷物を置いて出入り口に戻れば、レジスが残りの荷物と共に待ってくれていた。


 玄関と部屋とを三往復して荷物を運び入れる。


 レジスは「じゃ、また今度な」とあっさり帰っていった。


 広い個室にはベッドと机、衣装箪笥、本棚がある。


 ……ここが今日からわたしの部屋か。


 レジスの言う通り、少し広くて落ち着かないと感じるのは寂しいからなのか。


 とりあえず荷解きをして少ない荷物を片付けていった。






* * * * *






 近衛騎士の寮に移動した翌日。


 わたしは新しい近衛騎士の制服に身を包み、不思議な気分を感じていた。


 見習い騎士の制服は淡い青色、一般騎士は濃い青色──……そして近衛騎士の制服は黒だ。


 それに軽装だが鎧を身にまとう。重すぎないが、軽くもない。


 鎧に関してはこれまでは行事などで着ていたが、普段から身に着けるとなると重みが違う。


 ……いつでも戦闘を行い、皇帝陛下の御身を守るため、か。


 今日は正式に近衛騎士となるための就任式が行われる。


 たった一人のためにと思うかもしれないが、近衛は数が少なく、皇帝陛下直属の部隊で、他の近衛騎士全員に新人の顔を覚えさせるという目的もあるのだろう。


 最後に腰に剣を差し、問題がないか確認をする。


 黒髪黒目に黒い制服を着るとかなり地味だ。まるでカラスのようだ。


 ……きっと近衛騎士の中でもわたしは小柄だろう。


 やはり毎日の訓練は続けなければ……と思いながら、部屋を出る。


 同じ敷地内にある王城へ向かいつつ、思う。


 父が残した借金は、皇帝陛下よりいただいた金で返済を終えた。


 まだまだ時間がかかるだろうと思っていた借金返済が一瞬でなくなり、わたしはどうすればいいのか正直戸惑っている。やはり、借金がなくなるとわたしの中にぽっかりと穴が空いた。


 生きる意味を失ったのと同義だった。


 だが、完全に全てを失ったわけではない。


 わたしはこれから、生涯をかけて皇帝陛下に仕えることが決まっている。


 借金については皇帝陛下が肩代わりしてくれているだけなので、何と言われようとも給金から少しずつ返済していくつもりだ。恩を受けたままというのは嫌だ。


 城に着き、謁見の間に向かう。


 やはり小柄なわたしが近衛騎士の制服を着ているからか、視線を感じた。


 定刻通りに謁見の間の前に到着すると、左右にいる騎士が扉を開けた。


 騎士の片方が声を張り上げ、わたしの到着を告げる。


 謁見の間に入るのは初めて──正式に騎士となった時は人数が多いこともあって広場で行われた──だが、華やかな室内には玉座まで赤い絨毯が敷かれている。普段は貴族達がいるのだろうけれど、今日は近衛騎士達が左右に並んでいた。


 強い視線を感じるが、緊張はない。


 足を踏み出し、絨毯の上を進んで玉座の前まで進み出る。


 そうして、膝をついて頭を下げる。




「面を上げよ」




 その声に顔を上げ、しかし皇帝陛下と直接目を合わせない位置に視線を留める。




「レーヴ・リンド」


「はっ」


「先の剣武祭、見事であった。その年齢で二位という成績、将来が楽しみだ」




 玉座から立ち上がった皇帝陛下が段差をゆっくりと下りてくる。




「その剣を俺に捧げよ」




 わたしは腰から剣を鞘ごと抜き、両手で掲げた。


 それを皇帝陛下が手に取り、剣を抜き、腹でわたしの肩に触れる。




「レーヴ・リンド、これよりお前は皇帝ヴォルフラム・ライナー=グライフェルドの守護騎士・・・・となることを命じる。我が剣、我が盾となり、いついかなる時も俺に仕え、その命をして『騎士の誓い』を全うせよ」




 ……ん? 守護騎士・・・・


 近衛騎士ではないのかと顔を上げれば、ザッと音がして、近衛騎士達が右手を己の胸に当てる。


 そして、騎士としての心得がそらんじられる。




「騎士は主君に忠誠を捧げ、剣を捧げ、命を捧げるものなり。弱者に救いを、悪に鉄槌を。民を保護し、戦場では勇敢であれ。己の名誉は主君のものと心得よ。信仰心を忘れず、忠誠心を胸に、主君の道を切り開く忠実な剣であれ」




 皇帝陛下と目が合う。


 口角を引き上げた皇帝陛下の、その悪巧みをしているような笑みに気付く。


 ……してやられた。


 近衛騎士と守護騎士は別物だ。


 近衛騎士は皇帝陛下直属の部隊で、皇族の警備を担う。


 守護騎士は個人直属で、常にそばに控えることが許される特別な立場だ。


 わたしを近衛騎士を飛ばして守護騎士に任命するなど、きっと前代未聞だろう。


 本来、近衛騎士の中から優秀で、長年主人に仕えた者が守護騎士となる。


 近衛騎士達からの反発も大きそうだが、それほど期待されているのだと思うと不思議な気分だった。


 これまで、誰かに期待されたことなどなかった。


 ……わたしは、本当に強くなれるのだろうか。


 目の前で兄が父を殺し、自死する様をただただ眺めることしかできなかったわたしが。


 わたしは目を閉じ、小さく深呼吸をした。


 それから、目を開けて皇帝陛下を見上げた。




「この身、この命、全てを賭けて皇帝陛下の剣となり、盾となることを誓います。弱きを救い、悪を討ち、信仰心を忘れず、忠誠を胸に──……わたしの勝利も、名誉も、全て御身に捧げます」




 わたしは、レヴァニアわたしを見限った。


 今のわたしは空虚で、何もなくて、それでも皇帝陛下はわたしをそばに置くと言う。


 だからだろうか。柄にもなく、応えたい、と思ってしまった。


 その期待に、そのまっすぐな信頼に、わたしを望む声に。




「──……生涯ただ一人の主君、皇帝ヴォルフラム・ライナー=グライフェルド陛下万歳」




 わたしの言葉に近衛騎士達が「皇帝陛下万歳」と叫ぶ。


 皇帝陛下は剣を鞘に仕舞い、わたしの手に戻す。




「立て。お前は俺の騎士レーヴ・リンドとなった」




 その言葉に立ち上がる。


 皇帝陛下と向かい合うことになったが、主君は満足そうに微笑んだ。


 ……………………。


 …………………………………………。


 ………………………………………………………………。


 就任式が終わり、皇帝陛下に付き従って私室に着く。


 皇帝陛下がソファーに腰掛け、わたしはそのそばに控える。


 侍従が紅茶を用意して、それを皇帝陛下が飲む。




「何か訊きたいことがあるんじゃないか?」




 と、言われて、わたしは『やはりわざとか』と内心で嘆息した。




「『近衛騎士』になるというお話だと思っておりましたが……」


「俺は『俺の騎士になれ』とは言ったが『近衛』とは言っていない」




 さらりと受け流されて、わたしは少しばかり呆れてしまった。


 わたしが『近衛騎士になれない』と言った時は何も否定しなかったというのに。




「皇帝陛下、一つよろしいでしょうか?」




 これだけは言っておかなければ。




「何だ?」


「そういうことを、俗に何と言うか知っておられますか?」




 皇帝陛下が愉快そうに「いや、知らんな」と返す。




屁理屈・・・と言うんですよ」




 わたしの言葉に皇帝陛下がキョトンと目を瞬かせ、そして声を上げて笑った。




「はははははっ! そうか、俺は屁理屈か!」




 皇帝陛下には不敬な言葉だと分かっているが、わたしも今回の件は少し思うところがある。


 近衛騎士ならばともかく、守護騎士という大任に突然就けられてしまったのだから。


 就任式のあの場で拒否なんてできるわけがない。




「……ああ、こんなに笑ったのは久しぶりだ」




 皇帝陛下は満足するまで笑い、楽しそうにそう言う。




「やはり、お前を守護騎士にして正解だな」


「お怒りにならないのですね」


「この程度で怒るものか。むしろ、今後も言いたいことがあるなら言え。守護騎士とは時に主君をいさめ、過ちを止めるのも忠義の一つだ。そばにいる者が何を考えているか分からないより良い」


「かしこまりました」




 狂帝などと噂されているから、てっきり気まぐれで気に入らない者を処刑してしまうような人物なのかと思っていたけれど、そのような雰囲気は感じられない。


 前皇帝を殺し、皇帝となり、政で改革を起こし、確かに強引な部分はあるのだろう。


 それでも、こうして接していると穏やかな部分も持ち合わせていると分かる。


 皇帝陛下が侍従を呼び、小箱を持って来させる。


 その箱を侍従が開けてわたしに差し出した。




「お前はこれを着けろ」




 恐らくマントの留め具だろうそれは、美しかった。


 四枚の花弁のように赤い宝石をあしらわれた台座に金色の双頭のわしが堂々と翼を広げ、その体の部分には一頭の狼が描かれている。鷲の頭には王冠がある。皇家の紋章そのもののブローチに驚いた。




「皇族の守護騎士にのみ許されるものだ」




 触れるのも躊躇ってしまいそうなほど美しいそれをわたしが着ける。


 そっと手を伸ばし、小箱から持ち上げれば見た目より重く感じた。


 手袋越しにブローチを撫でる。繊細で華やかなだが、造りはしっかりとしていた。


 赤と金のそのブローチは皇族の特徴である金髪と紅い瞳を連想させる。


 皇帝陛下が立ち上がるとわたしのそばに立った。


 ……改めて思うけれど、背が高い。


 頭一つとまではいかないが、皇帝陛下とわたしとではそれなりに身長差があった。


 皇帝陛下はわたしの手からブローチを取ると、左肩のマントの留め具部分に着けた。


 意外にも手慣れた様子で、留め具を着けて満足そうに小さく頷いた。




「ふむ、よく似合っている」




 髪も目も、制服も黒なので、赤と金のブローチは映えるだろう。




「ありがとうございます。……このブローチは陛下と同じ色彩ですね」


「ん? ああ、そうだな。皇族の特徴を表しているのだろう」




 指先でブローチの縁を優しくなぞる。


 この気持ちが何なのかは分からないが、これを壊したくない、と思う。


 何もないわたしに唯一残されていた借金すら、消えてしまった。


 けれど、代わりに授けられたこのブローチがある。


 この重みを忘れなければ、わたしにはまだ、生きる意味が残る。




「生涯、大切にいたします」




 近衛騎士どころか、守護騎士にまで一気に駆け上がることになってしまったが。


 皇帝陛下の強引さに驚きながらも、拒否感は湧かなかった。


 ぽたり、と空虚なわたしの中に一滴の波紋が広がる。


 それがたとえ、皇帝陛下のただの気まぐれだったとしても構わない。


 渇いて崩れたわたしの心に落ちた『気まぐれ』が生きる意味を与えてくれる。




「そのような顔もできるのか」




 皇帝陛下の言葉にわたしは首を傾げた。




「今、わたしはどのような顔をしておりますか?」


「嬉しそうに微笑んでいる」




 自分の頬に触れてみるが、分からない。


 父と兄が死んだあの日から、笑い方を忘れてしまっていたのに。


 思わず目を伏せ、ブローチから手を離す。


 ……喜んではいけない。


 わたしのせいで兄は父を殺し、自死することとなった。


 わたしは違法な重税を課した子爵の子で、民に苦しみを強いたのは同罪だ。


 ……喜びや幸せを感じるなんて、許されない。


 目を閉じ、感情を抑え込む。感情など、なくていい。


 目を開ければ、皇帝陛下と視線が合った。




「もう笑わないのか?」




 その問いにわたしは目を伏せた。




「……わたしには不要な感情です」




 感情などなくても騎士の職務は全うできる。


 皇帝陛下は「そうか」とだけ言い、ソファーに戻った。


 それでも、つい、気付けば右手がブローチに触れていた。


 皇帝陛下の守護騎士に就任したレーヴ・リンドが今のわたしであり、過去のわたしはもういない。




「改めまして、本日より、よろしくお願い申し上げます」




 ……これがわたしの生きる意味だ。






 

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> わたしは、レヴァニア(わたし)を見限った。  いきなり切なさが込み上げ思わず泣いてしまいました。  レヴァニアを、自分自身でいずれ認める日が来るものと信じております。往年のサファイア姫やオスカル…
騎士の矜持というか、とても神聖なものをこの節からは感じました。 空っぽだったレーヴの心に少しずつ明かりが灯っていくような、そんな気がしました。 微笑んだレーヴとそれを指摘した皇帝のくだりに、とても感動…
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