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後日談:雑談






「レーヴって、ちょっと、変わった、よな!」




 訓練場で共に素振りを行っていたレジスに言われ、訊き返す。




「そう、ですかっ?」


「ああ! 前より、雰囲気が、柔らかく、なった!」




 ふう……とレジスが小さく息を吐いて手を止めたので、わたしも何となく素振りをやめた。


 そうするとレジスが笑って「それだよ、それ」と言う。




「前のレーヴだったら、オレが話しかけても手を止めなかったと思う」


「……確かに」




 レジスの言いたいことが分かった。


 以前のわたしであれば共に訓練をしているレジスが疲れて止まっても、休んでも、一人で続けた。


 だが、今はレジスが話したいなら自分も手を止めてそれに付き合おうと思える。




「皇帝陛下の守護騎士になってから、レーヴは良い意味で変わったよなあ」


「そうだと嬉しいです」


「でも、あんまり愛想を振りまくのはやめたほうがいいぞ? 特にご令嬢達にはな」




 と、言われて考える。




「いけませんか? ご令嬢方と親しくしておいて困ることはないでしょう?」


「レーヴ、ご令嬢達と踊ってる時に皇帝陛下を見たことないだろ」


「ありません」




 思い返して、頷けば、レジスが呆れた顔をする。




「『レーヴを取られて面白くない』って顔をなさるんだ。……ほんの一瞬だけどな」


「それは知りませんでした。……言ってくださればやめたのですが」


「皇帝陛下も『令嬢と踊るな』とは言いにくいって。レーヴも皇后としての人脈や顔を広める意味も兼ねてダンスを受けてるんだろ? それを自分のわがままでやめさせるようなお方じゃないしな」


「ヴォルフラム様……」




 レジスの言う通りだとしたら、ヴォルフラム様は色々と譲歩してくれているのだろう。


 そんな話をしていると訓練場にいた近衛騎士達が騒ついた。


 振り向けば、今日の護衛を務める近衛騎士達とヴォルフラム様が訓練場に入ってくる。


 近衛騎士達が慌てて整列しようとするのを、ヴォルフラム様は手で制した。




「良い、少し見に来ただけだ。各自、訓練を続けてくれ」




 と、言って辺りを見回した紅い瞳が、わたしを見つけて止まった。


 それに軽く手を振り、ヴォルフラム様に向かって歩き出す。


 後ろでレジスがついてくる足音がした。




「ヴォルフラム様、訓練を見にいらしたのですか?」




 ヴォルフラム様のそばで立ち止まり、訊けば、苦笑される。




「会議が予定より早く終わったのでな、少しお前の顔を見たくなっただけだ」


「よくわたしがここにいると──……いえ、分かって当然ですね」




 新人騎士の頃から暇さえあれば訓練ばかりしていたのだ。


 わたしを探すなら、まずは訓練場だと思うのは当然のことである。




「すまない、邪魔をしたか?」


「いえ、休憩していたところなので問題ありません」


「レジス・エステハイムも一緒だったか」




 わたしがレジスと友人だからということもあってか、休日はいつもレジスと重なっている。


 それもあり、訓練をする時はレジスも大体一緒だ。


 ヴォルフラム様の視線を受けて、レジスが礼を執る。




「はい、レジスは目端が利くので、色々と教わることが多いです」


「ほう? たとえば?」


「ご令嬢方とダンスを踊るのはほどほどにしたほうが良い、という話をしておりました」




 それについて、ヴォルフラム様が小さく頷いた。




「そうだな」


「それで、わたしの夫はヴォルフラム様で、優先するべきはあなただと考えさせられました」




 ヴォルフラム様が目を瞬かせ、わたしとレジスの顔を交互に見た。




「……話が見えないんだが?」




 レジスが慌てて「レーヴ……!」と言い、ヴォルフラム様を見て、恐る恐るといった様子で言う。




「皇帝陛下、その、少々お耳を拝借してもよろしいでしょうか……?」


「構わん」


「失礼いたします」




 と、レジスがヴォルフラム様に近づき、そっと耳打ちする。


 内容を聞いたヴォルフラム様は何とも言えない顔を一瞬したものの、すぐに笑った。




「なるほど」




 何故か、労わるようにヴォルフラム様がレジスの肩を軽く二度叩いた。


 レジスは苦笑して下がる。




「令嬢達と踊ることについては理解している。レヴァニアの普段の生活の流れや性格からして、皇后として茶会や夜会に頻繁に出るのは難しいだろう。それを埋めるために受けているのだろう?」


「はい」




 やはりヴォルフラム様は理解してくださっていたようだ。


 ヴォルフラム様が手を伸ばし、わたしの頭を撫でる。




「それが俺のためだということも分かっている」


「はい」


「最後は必ず、俺のところに戻ってくるのだろう?」




 問われ、わたしは大きく頷いた。




「はい、ヴォルフラム様のおそばがわたしの居場所です」


「それならば良い。……人間関係というのは料理と似たようなものだ。同じ食材ばかりでは飽きがくる。そうならないために多少の刺激があったほうが長く楽しめるというものだ」




 ヴォルフラム様の言葉にレジスが「さすが皇帝陛下……」と何やら感じ入っている。


 ……以前も感じたが、この二人、やはり馬が合うのではないだろうか。


 レジスに対してヴォルフラム様は少し気安い感じがする。




「もちろん、刺激を求めすぎるのは良くないがな」




 ぽんぽん、と頭を叩かれる。




「わたしとの関係はあまり刺激はないでしょう」


「お前との関係は刺激というより、面白味おもしろみだな」


「面白味」


「言動の予測がつかなくて面白い」




 つい小首を傾げてしまった。




「わたしほどつまらない人間は他にいないと思います」


「存外、自分のことほど分からないものだ」




 と、言われて納得した。




「それもそうですね」




 自分の長所を上げろと言われてもまったく思い浮かばないが、ヴォルフラム様の素晴らしさについてならいくらでも語れる自信がある。ただし、語れる相手はレジスくらいだが。


 誰かの長所や短所はすぐに言えるのに、自分となると短所しか出てこない。




「ヴォルフラム様がわたしと共にいて『楽しい』と感じてくださっているのであれば、それが一番嬉しいです」




 たとえわたし自身が己の良いところを見つけられなくても、ヴォルフラム様が分かっていてくれれば十分だし、それ以上に望むことなどないだろう。




「そういうところが面白い」


「……ありがとうございます?」




 褒められている雰囲気だったので、とりあえず返事をしたが、理解はできなかった。


 ヴォルフラム様は笑ってわたしの頭から手を離す。




「では、また夕食の時に」


「はい、また後ほど」




 ひらりと手を振り、ヴォルフラム様は城に戻っていった。






* * * * *






「ヴォルフラム様でも嫉妬なさることがあるんですね」




 夜、ベッドの縁に座って酒を飲んでいると、レヴァニアにそう言われた。


 それにヴォルフラムは「俺も人の子だからな」と返す。


 グラスの中身を飲み干せば、レヴァニアが酒を注いでくれる。




「お前は一体、俺を何だと思っているんだ?」


「申し訳ありません。ヴォルフラム様ほど容姿も能力も優れた方が、嫉妬するということがあるとは思っていなかったので……正直、驚きました」




 酒の瓶を置き、レヴァニアがさかなをつまむ。


 レヴァニア用に甘いものも用意させてからは、酒は飲まないが付き合ってくれている。


 ヴォルフラムはあまり甘いものを口にしないけれど、レヴァニアは甘いもののほうが好みのようだ。


 ……そもそも、これまでの生活で甘いものを食べる余裕がなかったのかもしれない。


 それでも、食べすぎるということがないので自制しているらしい。




「俺だって、お前が誰かと親しくしていたら気になるものだ」


「そのわりにレジスに対しては寛容ですよね?」


「あれは別だ」




 レジス・エステハイムは、同室の時からレヴァニアの性別を知っていた。


 その上で友人として過ごし、一切、レヴァニアに友情以上の好意を持たなかった。


 そういう意味ではレジス・エステハイムは信用できるし、レヴァニア自身も彼を友人として扱っており、ヴォルフラムも自分の目が届かないところでレヴァニアを見守ってくれる者がほしかった。


 レジス・エステハイムもそれなりに昇進したいという気持ちもあった。


 良い具合にそれぞれの利害が一致したのだ。




「レジス・エステハイムはお前に色目を使わない」


「そうですね、レジスは気さくで分け隔てなく接してくれる、気持ちの良い人です」


「ああ、それは俺も感じている」




 ……きっと、これから長い付き合いになるだろう。


 そういう予感がヴォルフラムにはあった。




「しかし、少しばかり面白くないこともある」




 グラスをサイドテーブルに置き、レヴァニアの頬に触れる。




「レヴァニア。お前は俺に関して嫉妬するということがないだろう?」




 レヴァニアが記憶を辿るように小首を傾げ、視線を巡らせる。


 記憶を辿った結果、見つからなかったのか小さく頷いた。




「そうですね。ヴォルフラム様は元より女性を侍らせる方ではありませんし、側妃の話も全て断っていらっしゃるので、わたしが心配するようなこともまずないでしょう」


「もしも俺が『他の女を好きになったので迎えたい』と言ったらどうする?」


「ヴォルフラム様の利益に繋がる方でしたら迎え入れても良いですが、あなたの一番近くに置くという話でしたら相手に決闘を申し込みます。……わたしに勝てないような方ではヴォルフラム様をお守りできませんので」




 普段通りのどこか淡々とした口調だが、黒い瞳が鋭く煌めいた。


 ……実は嫉妬しているのではないか?


 レヴァニアは素直な性格の一方で、感情を表に出さないことに長けている面もある。


 ヴォルフラムが最も近くに他の女を置くと言えば、迷わず決闘を申し込むだろう。


 逆に利益に繋がるが、側妃として形だけ迎えるのであれば気にも留めないということか。


 潔いのか、そうではないのか、よく分からない。


 そういうところが余計に面白いのだが。




「まあ、今のところはそういった予定はない」


「そうですか」




 黒い瞳から鋭さが消える。


 ……やはり嫉妬していたのでは?


 そう思ったが、レヴァニア自身も理解していなさそうなので指摘はやめておいた。


 柔らかなで触り心地の良い頬を軽く揉んで、感触を楽しむ。


 レヴァニアは目を閉じてされるがままになっている。


 顔を近づけ、口付ければ素直に受け入れた。


 顔が離れると気恥ずかしそうに黒い目が伏せられる。


 何度繰り返しても、こういったことは少し慣れないようだ。




「……本当にお前は愛らしいな」




 ヴォルフラムの言葉にレヴァニアが不思議そうな顔をする。




「わたしにそのような表現を使うのはヴォルフラム様だけです」


「そうか? だとしたら、皆はお前の良さをまだ理解し切れていないのだろう」




 生真面目で、仕事に対して誠実で、少し頑固なところはあるが根は素直で。


 無表情のわりに分かりやすくて、実は恥ずかしがりで。


 ヴォルフラムを見つけると黒い瞳が嬉しそうに輝く。


 そんなレヴァニアを『可愛い』と思うのは当然のことだ。




「だが、お前の良さを知っているのは俺だけでいい。今ですら皆がお前に惹かれているというのに、これ以上周囲を魅了されては俺のほうが嫉妬でどうにかなってしまいそうだからな」




 そしてもう一度口付ければ、レヴァニアが小さく笑った。




「そんなことを言うのは、やはりヴォルフラム様だけです」




 レヴァニアはヴォルフラムに信頼も好意も寄せている。


 だからなのか、ヴォルフラムの前では常よりも表情が柔らかく、雰囲気も穏やかだ。


 ヴォルフラムを見つけた時はまるで犬が尻尾を振っているような雰囲気で近づいてくるので、毎回、口角が自然と引き上がってしまう。




「知っているか? 一部の者達からはお前は『狂帝の犬』と呼ばれているらしい」




 それについてはヴォルフラムも感じているので否定のしようがない。


 レヴァニアも自覚があるのか、また小さく笑った。




「わんわん」




 と、犬の鳴き真似をするものだから、ヴォルフラムも笑ってしまった。




「はははっ、犬にしては随分と大きくて可愛らしいがな」




 その頭を容赦なく撫で回しても、レヴァニアは嫌がらなかった。


 目を閉じて嬉しそうに撫で回されている姿は確かに、犬である。




「首輪を着けたら本当に皆から犬扱いされるかもしれないぞ?」


「わたしを犬と呼ぶのは構いませんが、犬扱いして良いのはヴォルフラム様だけです」


「そうか。だが、犬と情交を結ぶ趣味はない」


「そうおっしゃると思いました」




 レヴァニアの手が伸びて、ヴォルフラムに体を寄せてくる。




「ヴォルフラム様……」




 甘えるように肩口に額をすりつけてくるレヴァニアの腰を抱く。




「……今日は、あなたに甘えたい気分です」




 それにヴォルフラムは「好きなだけ甘えるがいい」と額に口付ける。


 レヴァニアが甘えるのも、可愛らしい表情を見せるのも、ヴォルフラムだけなのだから。






* * * * *

これにて23話完結となります(´∪︎`*)

後日談まで読んでいただき、ありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
読めて良かったです! ありがとうございます!
完結おめでとうございます! サクサクと読み進められてあっという間に2日で読了してしまいました。 もっと二人の甘々な日常が読みたいと思いました! レーヴの、思ったことを素直に口に出す所、宰相の娘に剣を向…
 本編(ソルティ)&番外(スウィート)、堪能致しました♢♢♢ ありがとうございます♬ ただカロリーオーバー気味ですので、運動量を増やさないといけませんが… 笑〜  愛の形や在り方に正解ってあるのだろう…
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