【呪術師は今日も忙しい】3
「グレアム!!」
痛みに襲われながら、ヘレンは同僚である呪術師の名を叫ぶ。
立ち上がった弾みでカイルは跳ね飛ばしてしまっていたが、構っていられる状態ではない。
蝋燭の灯りの中、助言者の席に座った呪術師は、面倒くさそうな緩慢な仕草で振り返った。ぼそぼそとした声で、ヘレンの呼びかけに答える。
「おとなしくしているっていうから、入室を許したんです。騒いで、俺の邪魔をしないでください。呪術部が王宮内で穀潰し扱いを受けているのを問題視し、これからは積極的に依頼を請け負っていこうって、この間話し合いで決まったじゃないですか。呪術部にしては珍しく、前向きに。ついでに、活動費も稼ぐってことで。あくまでついでではありますが」
グレアムは、フィリスお気に入りの「美少年呪術師」である。いつもながらの、フードをかぶったローブ姿で、姿形が判然とせぬ状態ではある。だが、声だけ印象に残る闇の中では、だるそうに話していてもその美声ぶりが際立っていた。
きゃ……っとフィリスが可愛い声を上げる。
一方、それどころではないヘレンは、グレアムを叱り飛ばした。
「相手は選べ! 闇雲に呪うな!」
何一つ、間違えたことを口にしていない。実力では呪術部最強の名をほしいままにするヘレンだけに、才に溺れるのを戒める、実にまっとうで抑制の効いた忠告であった。
しかし、グレアムは数秒の沈黙の後、さきほどよりもさらに気乗りしていないのがありありの声音で言った。
「呪いなめてませんか? 相手が誰かで忖度なんかしていたら、技術がくもります。俺はそういうのは、認めません」
納得していない様子で、こだわりを主張する。
ヘレンもまた、ここは譲れる場面ではないと、強気に言い返す。
「ターゲットが誰かくらいは、最初に確認しよう!? うっかり王族とか有力貴族を呪ったら、お抱えの魔術師を差し向けられて呪術部あげての総力戦になる! 勝って隠蔽できるならともかく、負けたら呪術部は取り潰し、全員縛り首だ」
穀潰しよりよほど悪いよ、とヘレンは常識を説いた。
ふう、とグレアムは物憂げなため息をついて投げやりな独り言のように呟く。
「王族や有力貴族が怖いとでも? ヘレンは天才のくせに、俗っぽいことを気にするんですね。面白くない」
「グレアムの人生を面白くするために生きているわけじゃないからね!? 私に謎の奇抜さを求めないでくれるかな!!」
横で聞いていたフィリスが「ヘレンって案外まともね」と呟き、カイルが「そこがたまらなく可愛い」と、偏った個人的見解を添えて同意を示した。
なお、二人のやりとりを聞いていた人物がもうひとり。
感極まった様子で「素晴らしい!」と叫んでいた。
「呪いの効果は絶大ですね。私の神は、いくら祈ってもはかばかしい返事のひとつもくださらないというのに。神殿へのお布施なんか恒常的に闇に消えゆき、現世を生きる上層部を肥えさせるだけ。その点、呪いは確実に愛しいひとへ届く。これだけ効果的なお金の使い方があるでしょうか!」
死ぬほど冒涜的なこと言っているけど、あれレジナルド様だわ、とフィリスが相談者の名前を言い当てる。「俗っぽいどころじゃないね」とカイルも呆れを通り越して感心した態度で言った。
気だるげなグレアムに説教をしていたヘレンは、そこでレジナルドの存在を思い出し、距離を取るように半歩身を引いた。
「あなたも! 仮にも聖魔法の使い手のはず。安易に呪いに頼っている場合ですか!? 祈りとか信心が足りなさすぎるんじゃないですか!?」
またもやド正論を口にしたヘレンに対し、レジナルドは蝋燭の仄かな灯りの中で、白皙の美貌にうっすらとした笑みを浮かべた。
「祈りは何も解決しませんよ。現にあなたは、私に振り向かないではありませんか。その点、呪いは確実かつ即効性があって素晴らしい。呪術師であれば、まさかそれを否定することはありませんよね?」
「呪いの効用は否定しないけど、方向性に異議を唱えているんです! って、グレアムはひとが話している間に何しようとしているんだってば!! 静かになると、必ずろくでもないことしてる!!」
無言のグレアムは、椅子から立ち上がっていた。
すでに頭と胸に杭を打たれた人形に対し、杭を構えて金槌を大上段に振り上げているところであった。
打ち下ろされる寸前で気付いたヘレンは、体当たりで続く動作を阻止する。
勢いがついて、グレアムの胸に飛び込む体勢になりながら、ヘレンは力いっぱい訴えかけた。
「やめてってば! すっごく痛いんだから! あなたの呪いは私に届いている!」
グレアムと、ヘレンのフードがずれて外れる。
片手に杭、片手に金槌を持ったままヘレンを抱きとめたグレアムは、とても意外そうに目を瞬いてヘレンを見下ろした。
「たとえ俺の呪いをくらったところで、防衛術の用意があれば平気では? アミュレットのひとつやふたつ、持っていませんか? それこそ、部長の得意分野なのに」
う、とヘレンは顔を背け、視線をさまよわせる。