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【呪術師は今日も忙しい】2

「すごく好きなひとがいるんです。振り向いてもらうには、どうしたらいいですか?」


 呪術部の仕事ぶりを見るまでは納得しない! と言い出したフィリスのために、ヘレンはフィリスを呪術部エリアの一室に案内する。


 暗幕で覆われ、台に置かれた蝋燭一本の燭台の灯り以外は光もなく、闇に閉ざされた部屋。「もうすぐ相談者が来るから、闇に紛れて息も殺して」とヘレンはフィリスに厳命し、助言者として台に向かって座る呪術師の後ろにしゃがみこむ。

 なお、ヘレンの手首は呪いの鎖で王弟であるカイルの奴隷紋と結ばれており、今日も今日とてにこにこと幸せそうな顔をしたカイルも同行していた。

 三人とも、漆黒の呪術部ローブを着込んで助言者の足元に隠れたところで、相談者が現れた。

 男性である相談者は、聞き耳を立てている観客がいることには気付いた様子もなく、助言者へと切々と訴え始めたのである。


 好きなひとと結ばれたい、呪術でどうにかしてほしい! と。


《これってコイバナ? 恋愛相談? 呪術部ってかわいい仕事してるのねっ》


 ヘレンの手の甲にフィリスが触れると、思念が流れ込んできた。ヘレンは「ん?」とわずかにぴくっと反応する。


(「触れた相手に思念を直接叩き込む」というのは、聖女の聖魔法の一種? 面白いことができるんだな。こういう状況の意思疎通以外に、どういう使いようが……というかこれ、逆流はできてないっぽい。私の考えが伝えられない時点で、かなり使い道が限定されそう……)


 フィリスに「かわいい仕事」と言われたので、ヘレンは「そうでもないよ」と説明責任を果たすべく解説しようとしたが、言いたいことは何も届いた気配はない。現状、フィリスの垂れ流しを受け止めるだけであると理解した。

 その間に、助言者の席に座った呪術師の青年が、相談者相手に回答していた。


「わかりました。あなたの想い相手のこと、呪います。呪いの強さによって料金が変わります」


《えーっ。なんで呪うのよ! 恋愛成就が……呪い?》


 全力でつっこむフィリスの横で、ヘレンは声に出さずに「だってここ呪術部だし」と心の中だけで呟く。

 相談者もまた、特に疑問を持った様子もなく喜々として言う。


「ありがとうございます! お金で解決できるなんて、すばらしい。もう、彼女が『私のことしか考えられなくなるように』しっかり呪ってください!」


 助言者は「わかりました」と冷静な声音で告げて、手順説明に移った。


「呪術に必要な手続きとして、まずは相手をイメージした人形が必要になります。汎用型の人形も、用意はありますが」

「持ってきています! 彼女を思って私が作りました。最近毎晩、一緒に寝ていますので思いもしっかりこもっています」

「話が早くて助かります」


《……この相談者やばー……。というかこの声、聞き覚えあるんだけど》


 フィリスのぼやきめいた思念を受け取りながら、ヘレンも「たしかに」と思いを巡らす。呪術部の承る相談は告解室での出来事のようなものなので、相手の追求はしないという暗黙の了解があるが、声には聞き覚えがある。

 もしかして……と思う間に、助言者は淡々と話を進めていた。


「『愛しい彼女が、自分のことしか考えられなくなってほしい』とあなたは言いましたね。そのための呪いの手順ですが、まずはこの相手を模した人形の頭に、しっかりと杭を打ち込みます。こういうふうに」


 道具は手元に揃えてあったのだろう、助言者は杭を取り出したらしく、思い切りよく人形の頭に打ち込んだ。

 ガツン、と。


「……っ!」


 息を呑んで、ヘレンは額を押さえる。

 ガンガンと、信じられないような痛みに襲われていた。

 ヘレンの反応に気付いたカイルが、大丈夫? とでも言わんばかりにヘレンの顔をのぞきこむ仕草をする。もちろん、光は届いていないので何も見えていない。声も息も殺しているヘレンの異変に気づいたのは、主従の絆ゆえだろうか。

 フードの影で、ヘレンは歯を食いしばって痛みに耐えていた。


「それと、彼女にはドキドキして欲しいんです。私の姿を見るだけで胸の高鳴りが抑えられなくなるように」

「はいはい、なるほど。その場合は、こうして心臓にも杭を打ち込みます」


 躊躇なく、助言者はオーダーに沿ってガツンと左胸の位置に杭を打ち込む。


「……っっ!」


 ヘレンは、今度はローブの上から左胸を握りしめるように手で押さえた。呼吸が乱れ、脂汗が滲んでいる。「え?」ときょとんとしているフィリスをよそに、カイルは耐えられないとばかりに表情を歪め、ヘレンの体を抱きしめた。


「今、なにか音がしましたか?」


 ここでようやく、相談者が助言者以外の気配に気づいた様子があったが、助言者はまったく動揺もみせずに「何も」とそっけなく答える。


「これで相手にかなり効果的にダメージ入ったはずですけど、他に望みはありますか?」


《なんでダメージ入れるのよ? というかこの呪術、もしかしなくてもヘレンに効いてない?》


 はぁ、はぁ、と苦しい息を吐くヘレンの様子を横目で見ながら、フィリスが心の中で呟いた。

 相談者は、そこで打ち明け話のように声をひそめて助言者に対して囁く。


「料金が跳ね上がっても大丈夫です。お金ならありますので。もう一箇所、ぜひお願いしたく……」


 若干もったいぶった様子の相談者に対し、助言者は感情のゆらぎも見せずに尋ねた。


「なんですか?」

「……彼女を、発情させてほしいんです。あの美しい顔を歪め、身を火照らせて、即物的に、私を求めて欲しい……!」

「あ~。その場合は、足の付根あたりですね。この辺に杭を打てば」


 前の二箇所と同じように、助言者は躊躇いなく杭を取り出し、金槌を手にして振り下ろそうとする。

 痛みに悶え苦しんでいたヘレンであったが、堪えきれず、カイルの手を振りほどいて闇の中ですくっと立ち上がった。

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✼2024.9.13発売✼
i879191
✼2025.2.13配信開始✼
i924809
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