プロローグ:死出の言葉
急に思い至って文章を作ってみました。
ありふれた駄文でしかないかもしれません。
後、思いつきですので、一部辻褄合わせ、最終校正のために今後変更を加えるかもしれません。
それでも、お気に召しましたら、是非に計らいください。
僕の目の前には、仏壇があった。その手には、マッチが握られている。僕は、ふぅとひと呼吸をつき、気合を入れる。畳の和室の前で、ただ一人正座している。既に、日は頂点を過ぎて、1日の中で最も暑い時間へ差し迫ろうとしていた。僕は、マッチの火をつける。ジュッいう音と共に、熱を感じる。僕は、ゆっくりと仏壇の蝋燭の元まで近づけて、火を灯した。蝋燭に、ふわりと火が灯ると、同時に、辺りが暗くなった。あたりを見回すと、和室から見える庭の池に真っ白な三日月が波打って、映っては消えている。煌々と灯る蝋燭の灯りは、真っ白な輝きを放つが、温かみが失われて、ただその場所で、時限式の灯りと化している。
「やるしかない」
と僕が呟き、仏壇の燭台に手を伸ばした。僕は、自らの手に灯る命綱を片手に彷徨い歩き始めたのだった。
僕がこの稼業をやり始めたのは、大学に入学した時だった。特に、やりたいこともなかった僕は地元の大学の経営学部に入学した。そのとき、たまたま祖母が亡くなった。亡くなった祖母が営んでいたのが、この探し物稼業だった。僕としては、ただアルバイトをするのは、興に乗らなかったから、趣味の範疇として始めた。ただそれだけだった。それだけだったんだ……。
和室から一旦廊下へ出て、客間へ入った。1990年台のバブル期にリフォームされたというこの洋間は、すでに年月が経って、出迎えた人々の歴史が染み付いていた。かつては、この部屋で多くの人間をもてなしていたことがわかる。椅子、机、主人が安らかに息を引き取っていたという電気あんま。そして、この部屋に置かれた調度がそれを主張している。それと同時に、主人を失ったこの部屋が辿る未来を僕はさっき通り過ぎて来たのだ。金を求め、金に群がる蛆虫のような人々。浅ましさが服をきてきた出立ち。だが、今、それはここにはない。ここあるのは、静寂そのものだった。僕は、その静寂を突っ切っていく。手に灯った時限装置は、一刻一刻と、時間がないことを告げている。
今回の依頼者は、この家の孫だった。年は40位。ショートの髪、育ちの良さを感じさせる話振りだった。
「急にお呼びして申し訳ありません」
と、いの一番に言ってきた。
「いえ、うちのばあちゃんに依頼していたって言われたので」
と僕が返すと
「すみません」
と依頼者は言った。おそらく、僕が無理やり継がされてるとでも考えているのだろう。
「早速ですが、依頼の内容を聞かせてくれませんか」
「あっ、はい。先日、私の祖父が亡くなりまして」
と、言った。僕が
「それは、御愁傷様です」
と言うと、沈黙が降りてきた。僕は一旦、出されたお茶と共に飲み込んだ。
「以前から聞かされていたんです」
何を?誰に?
「あなたのおばあさまにこの2つを探し出すように」
そう言って、手紙を差し出してきた。
「拝見します」
僕は、手紙を手にとって読み始めた。
ーーー
奈緒子へ
この前は、美味しいお土産を持って着てくれてありがとう。この足では、伊勢には、行けないけれど、写真を見せてくれて嬉しかった。
この手紙は、いずれ必要になるから大事にとっておいてほしい。隆人が死んでから、あいつらの面倒を見るだけで精一杯だった。私の子供ながら、奈緒子に迷惑をかけてしまっているのは、申し訳ないと思う。
この世には、いろんな仕事があって探し屋と呼ばれるもの探しを専門に行う人がいる。この手紙にその人の連絡先を入れておくから、その人に探してもらって私のカメラとアルバムを持って行ってほしい。宜しく頼む。
夏雄より
ーーー
僕は、読んだ後、封筒にしまった。そして、女性に向き直り、
「内容は理解しました。ご依頼は、この夏雄さんのカメラとアルバムでよろしいですか」
と言うと、
「はい。でも、もう叔父さんと叔母さんが家に行って、引っ掻き回していると聞いていますから、あればでいいです。なかったなかったで。ご依頼料はお支払いしますから」
と不安そうに返した。おそらく、この人は探し屋に頼むということがどういうことがわかっていないのだろう。遺品整理ではない。
「承りました。依頼料は、成功報酬で構いません」
と僕が言った。
「え?でも」
と返す。
「大丈夫です。その叔父様と叔母様には、見つけることができないでしょうね」
と力強く言った。
「あの……」
と依頼者の不安を他所に、カバンの中から用意してきたファイルを取り出して、必要事項を記載して、
「こちらが契約書になります。記載内容にご納得されましたら、サインをお願いいたします。私は、少し席を外させていただきます」
と言って、席を立った。
戻ってきた後、契約書には署名が加えられていた。
客間を抜けると居間兼台所についた。あちら側のこの部屋は、見るに無惨な部屋だった。まるで、家探しをされた後のような姿。いや、実際に、家探しされたのだ、実の息子と娘によって。この息子と娘は、この家の主人の子供、それぞれ、次男と長女に当たる。真っ当に育った長男と違い、この2人は素行が悪かった。当然金遣いも荒く、常に金に困っている状態。そこに自身の親の死となれば、我先にと乗り出して、家にあるものを掘り出して金に変えてしまった。本当に、この2人が見つけ出したかったものがあった。それは、金庫であった。遺産は生前から、金庫に入っており、それを見つけ出したものが持って行っていいと言っていたようだ。だからこそ、2人は目の色を変えて探しているが、依然として見つからないというのが現状のようだ。
こちらの部屋は客間と同じく静寂に包まれている。僕の仕事はここからだった。と言っても、今回については、当たりがついている。僕は、テーブルの上を確認する。ない。では、電話の下の引き出しと順番に探してく。ない。ここにはないのか。次を探そう。この蝋燭は持ちがが悪いようだ。もう3分の2に達している。
探し屋稼業は普通の仕事ではない。一度だけ祖母は僕を自分の仕事に連れ出してくれた。
僕は、祖母の運転する車で、山の中まで連れ出されていた。車で2時間、歩いて1時間今となっては、どこにつれていかれたのかさえわからない。道すらない山の中を歩いていたが、突然祖母は止まり、
「ここまでだよ」
と言って強く、手を引かれた。祖母は、すでに老齢に達していて、枯れ木のような姿だった。僕は、小さいとはいえ、小学校の高学年になっていた。でも、その引かれた力は、尋常ではないものだった。僕は、その力によって転んでしまった。祖母は優しかったが、この時だけは、そんな祖母も様相が違っていた。
「泣くんじゃないよ」
と、言った。その声は、枯れ木のような姿から発せられたとは、思えないほど、強く厳しい声音だった。そんな祖母は、ただただ森の先を見つめていた。僕が立ち上がると、全身に寒気が走った。何か、音がしたわけでも、声が聞こえたわけでも、お告げがあったわけでもない。ただ僕は直感で動いてはいけないことだけは理解させられた。でも、何に? 静寂が続いて、僕たちが進もうとしていた先で、ただ1柱の鹿が姿を現した。何も思わなかった、思えなかった。
「お辞儀」
と祖母が言うと、僕はすぐにその声に従って、お辞儀をした。僕の首元や耳から、汗が頬を伝って、鼻先に流れて落ちていく。僕は拭うことすらしない、してはならない。顔もあげてはならない、あげることは認められてない。
「もういいよ」
と祖母が言った。僕が顔をあげると、すでにそこに鹿はなかった。さっきの寒気も、静寂もない。ただ汗が顔をつたって、顎から滴り落ちた。服は、いつの間にかベタベタになって濡れている。少し寒い。祖母は再び歩き出した。よく見ると、目の前には、獣道があった。僕が歩いていた時はなかったのに。ところどころの木々に、赤いリボンが結びつけてあった。
僕が今を抜けて玄関にたどり着くと、目的の物の一つがあった。玄関の棚の上、カメラ。安心をしたが、ここで困ったことになった。依頼されたものは、カメラとアルバムだが、アルバムが予定の場所に見つからない。この家の主人は、一体そのアルバムをどこにおいたのだろうか。僕は、考える。僕は一旦居間へ戻ることを決めた。徹底的に探さざるを得ないかもしれない。だが、あまり気が乗らなかった。この家の息子と娘がもたらした惨状を再現したくないと感じていた。ここだけは安らかに、穏やかに。
森の中で、汗だくになった僕に祖母が言った。
「見な。皆、見たいものだけを見て、見たくないものは見ない。それと一緒に、見せたいものだけを見せたくないものは見せない。ここは道じゃないんだよ、本当はね。でも、道を切り開いてしまう。それはいいところもある。でも、自分のものように、入られたものはどう思うのか。それの答えがあれさ」
そう言って、祖母は赤いリボンを外していく。僕はその言葉に応えを導き出せなかった。でも今でもはっきり覚えている。祖母はその後、その人道を丁寧に消していった。だが、それとは、裏腹に、祖母のその言葉が、僕が安寧を得ていたところに、入ってきたことを。正しいのかは、今でも導き出せていないのに。
僕は居間に戻っていた。怪しいものは、何もない。机の上には、鍋敷き、台拭き、薬、燭台、新聞……。何がある?電話帳?いや、違う。何かあるはず、どこかにあるはず、焦りが募りつつあった。
僕が祖母の仕事について、山に行った帰りは、いつもはあまり喋らない祖母がいつになく饒舌だったことを覚えている。
「探し屋のこの仕事はね、見えなくなってしまったものや見ようとしないものを探し出すんだよ。他には、見えるものを見えなくしてしまうこともある。でも、気をつけないといけないよ。見えなくなったものや見ようとしないものには、理由がある。その理由と対面させることになる。逆に、見えなくしてしまうことで、本当に向き合わないといけないものから目を背けることになる。そう言うものを、正したり、隠すんだよ」
と祖母は言った。
「隠すことも?」
と僕が聞いた。
「そうさ。隠しておくことでなんとか生きていくことができる人もいる。正しいことが必ずしも、良い行いではないのさ」
と祖母が返した。
「わからない」
と僕は言った。
「いずれわかるだろうさ」
僕は居間で引き出しを全て確認した時には、すでに蝋燭の長さは始めの半分になろうとしていた。どうする、どうして見つからない。そもそも、この薄暗さだと見つけるのも大変だ。灯りが欲しいと思ったが、案の定、電灯は付かない。何か灯りを……。燭台?待てよ。おかしい、燭台は、仏壇の上にあった。それを持ってきている。じゃあ、この居間にあった燭台はなんだ。僕は燭台を確認する。僕がここに入った方法は、蝋燭に灯りを灯したこと。だったら、これに火をつければ……。
祖母との帰り道、祖母から探し物の見つけ方を教えられた。
「探し物をするためには、色々な層に行かないといけない」
と祖母が言った。僕は、
「どうやって」
「見え方を変える、通り道を変える、色々さ」
「見え方?」
「じゃあ、虫眼から覗いた先は、いつもと同じに見えるか?」
「大きく見える」
「そうだ。見え方が違ってくるだろう。例えば、さっきは山に道があったのに、わざと道から外れて入ったね」
「うん」
「そうやって、いつもと違う、前とは違うことをして見るのさ」
「わかった。やってみる」
僕がそう返すと、祖母は満足そうに笑った。祖母は優しかったが、あまり笑わなかったから、なんだかうれしくなった。
燭台に火を付けると、さっきまでは、モノクロの世界に彩りが入ったように見えた。月明かりに黄色が帯びたように見えた。さっきまでは、世界が死んでいたように見えたのに、今は生気を帯びているように見えた。僕がその変化を確認していると、隣の客間から機械の音がして、驚いて燭台を落としそうになった。
「遅かったな。こっちだ」
柔らかい老人の声がした。僕は、その声に誘われて、客間へ足を伸ばした。
祖母と直接話をしたのは、それが最後になった。僕の父は祖母の息子だったが、祖母のことを心底嫌っていた。おそらく自分の祖母が変な宗教にでも手を出していると思っていたのだろう。僕は、それでも、その時の祖母とのことは、鮮明に覚えていた。だからだろうか、祖母が亡くなった後、僕が親元から離れて、祖母の家の近くの大学に入り、祖母の家で過ごすようになったのは。あるいは、ことあるごとに祖母を毛嫌いする両親が嫌になったのかも知れない。見たいものしか見ない者たちに。
僕が客間に入ると、電気あんまに寄りかかって座る老人がいた。
「君は?」
と老人が問いかけた。
「探し屋です」
と一瞬悲しそうな顔をして言った。
「あの人は?」
「なくなりました。私は、孫です」
と僕が言うと、老人は残念そうに嗤った。
「全く、お互い、子供達には恵まれなかったようだな」
とそう言った。僕は、その膝下に、アルバムが置かれているのが見えた。
「でも、孫には恵まれた」
と僕が言うと、その老人は驚いた顔をして、
「そうだな」
と老人は微笑った。
「探し物はこれだろう」
そう言って、老人はアルバムを差し出した。僕は受け取ろうとしたが、
「まだ、時間はありますよ」
と言って、蝋燭を指し示した。半分ぐらい残っている。後10分くらいは大丈夫だろう。だから、
「アルバムを見ながら話をしませんか」
と僕が言った。
その後10分弱であるが、老人はアルバムを見ながら、自分の家族について、語った。最期の語り、最期の愛情、最期の言葉。僕は、老人の言葉に相槌を打つだけだ。最期の記録を逃さないように。
思い出して楽しそうに、別れに悲しそうに、再会を信じて嬉しそうに、残していく者たちの未来を信じて。
蝋燭の残りが少なくなって
「おっと、すまない。一方的に喋ってしまったな」
と老人が言った。
「いえ、構いませんよ」
僕が微笑んだ。
「じゃあ、よろしく頼むよ」
と、老人は、僕に1冊のアルバムを渡してきた。僕は受け取ると、老人の膝には、もう2冊あることの気がついた。
「それは?」
と僕が問いかけると、老人は苦笑いで
「あの子たちは、入らんだろう」
と言った。声には、悲しみが乗っていた。
「そうかも知れません。でも、最期の想いを伝えられますよ」
「何年もあっとらんぞ」
「私に賭けてみませんか」
「破り捨てられるかもしれん」
「その時はその時です。でも、信じているから、子供達一人一人にあるんでしょう?」
「そうかもしれん。最期に頼まれてくれるか」
と言って、僕は残りのアルバムを受け取った。
老人は僕の方から視線を外して、客間から庭先を見た。僕も庭先を見ると満月が穏やかに揺らめいている。
「いい夜ですね」
と僕が言った。
「ああ、そうか」
と老人は返した。僕は、ゆっくりと目を閉じていく。蝋燭の灯りは今、最期の輝きを放っていた。
ゆっくりと目を覚ますと、日差しが眩く差し込んできていた。男性と女性の罵り合いの声がした。僕はその声のする方へ行くと、
「約束通り、こちらのカメラとアルバムはいただきますね」
と大声で言った。
男性は、
「ああ、いいよ。持ってけ、持ってけ」
と面倒臭がるように言い、女性は、
「もう好きにすれば」
とぶっきらぼうに言った。
僕が、
「ありがとうございます。あっ、そうだ。忘れてました」
と言うと、女性が
「何?まだ何か持っていくつもり?」
と言う。僕は、ポケットからレコーダーを取り出した。
「あんた、それうちのもんじゃないでしょうね?」
と女性は言った。
「僕のものですよ」
と、僕は返して、再生ボタンを押した。
女性は、何か言おうとしたが、レコーダーから流れてきた音声に声を失った。そこからは、老人がさっき語った最期の想いが溢れ出していた。さっきまで、罵りあいの声は鳴りをひそめ、ただ父親の独唱が聞こえている。息子は腕を組み、ただ目を閉じていた。娘は、レコーダーから目を逸らし、俯いていた。僕は再生を一旦止めて、
「これは置いておきます」
と言って、アルバムを置いて、再生ボタンをもう一度押して、部屋を出ていった。僕が家を出る時には、怒号は聞こえなくなっていた。
僕が依頼者の家に、ついた時には、すでに日は、山際にかかり始めていて、辺りを黄昏に色付けていた。僕は客間に通され、依頼者と向き合っていた。
「こちらが依頼のものになります」
そう言って、僕は、カメラとアルバムを依頼者に引き渡した。依頼者は、カメラを確認した。
「普通のカメラですね。私には、重くて使いにくいかも」
と依頼者はいった。僕はカメラについて、何も言わなかった。
「アルバムを確認してください」
と僕が促すと依頼者はアルバムを開いた。
「あれ?」
と依頼者が言った。
「どうしました?」
と僕が言った。
「手紙が」
と依頼者が言った。
「どうぞ、確認してみてください」
と僕が促したので、依頼者は手紙を読み始めた。僕は何も言わず、依頼者が手紙を読み進めるのを待った。書いてある内容は、知っているが、アルバムは一度も開いていない。
「あの……。祖父の手紙には、依頼料はこのカメラって書いてあるのですが」
と不安そうに言った。だから、僕は、
「大丈夫ですよ」
と言った。そして、僕はカバンの中から、一枚の紙を取り出して依頼人に見せた。
「これは?」
「私の祖母の書き置きです」
「ご覧になってください」
と言った。依頼者は、書き置きを読み始めた。そして、読み終えたころ、
「これは、じゃあ、始めから」
と依頼者は言った。
「ええ、始めから存じておりました。あなたの事も、お祖父様のことも、ご家族のことも、報酬のことも」
と言った。
「そうだったのですね。すみません。ご迷惑をおかけして」
と依頼者は言った。
「私としてはできることをしましたが、後はご本人様方の問題としか申し上げられません」
と僕が言った。
「いえ、ありがとうございました」
と依頼者は頭を下げた。
僕が、依頼者の家を後にしようとした時、依頼者の家の電話が鳴った。
「もしもし、え?叔父さん?急にどうしたの?叔母さんもそこにいるの?」
僕の前の扉が優しく閉まっていった。
僕はすっかり暗くなった道を運転していた。思い出すのは、祖母の書き置きだった。
ーーー
もし私の後を継いだのなら、いずれ奈緒子から連絡がきます。奈緒子は、カメラ技師の千田夏雄の孫です。千田夏雄は優秀なカメラ技師で、今後、あなたの仕事に必要なカメラを作成しています。夏雄が死んだのち、私が譲り受けることになっていますが、その頃には私はいないでしょう。だから、あなたが受け取ってください。
後、もう一つ。夏雄は不器用な男です。家族との折り合いが中々つかず、色々と拗れているでしょう。友達としては、忍びないと思い、できる限りで構わないので、協力をしなさい。
千鶴代
ーーー
僕は、助手席に置かれているカメラをみた。そして、あの家族の有り様を思い出してた。不器用な父親。おそらくだが、次男や長女とも、長年会話していなかったことには想像にかたくない。もちろん、あの2人の生活環境もあっての話とは思う。愛情は伝えられず、確認もできなかった。だからこそ、最期に確認した。仏壇に蝋燭を灯せば、2人で弔えば、簡単に手に入れることは出来た。なぜなら、家全体を捜索してまで、探した金庫は、あの世界の電話の下の聞き出しの中にあったのだから。
父親としては、探し屋の僕ではなく、息子と娘が来てくれることを期待したのだろう。だから、落胆した。そして、不甲斐ない父親の自分自身を嘲笑った。僕ができるのは、父親の本心を引き出して、子供達に伝える。父親には、子供達が変わると信じさせることくらい。後は、さっきも孫に言ったが、本人たち次第だ。僕は再び、カメラを見る。
「お疲れ様。終わった?」
と唐突に、後部座席から女性の声がした。バックミラーを覗くと、黒猫が1匹座っている。
「終わりましたよ」
「それはよかったね」
黒猫は笑って言った。
「それでは、帰りましょうか」
お読みいただきありがとうございます。
一応連載にしようと思います。
少しずつ書き連ねていければと、考えています。
メモ【炎はより渦巻く より抜粋1−1】