中編
たしかにソレは奇妙な絵だった。
まず特徴的な目だ。大きな眼球がこちらを凝視している。血走った血管に、瞳の色は金色。
つぎに歯。あえて言うならば「い」を発音するかのような形で開いた大きな口。少し黄ばんだ歯がむき出しになっている。
それらの絵の部分的なところから、全体を見るように意識すると、それは異形の肉塊だというのが分かった。
不規則に何本も手足が生えた褐色肌の球体の生物。その目は一つしかない。一つ目の化け物だ。
「何ですかこれ・・・ 妖怪? 悪魔?」
森ノ村の質問に、島塚さんは首を振る。
「わかりません。ただ、分かっているのは、これが鬼沙羅木 柳次郎最後の作品なのは確かです。 彼は今まで地元の自然の風景を愛して、それを描き続けていたのに、人生最後にこの奇妙な絵を描いて死んだのです。 火事の原因も謎で、事故とも放火とも噂されています・・・」
「ところで、この絵は展示されることは無いんですか?」
俺の質問に、彼はまた首を振った。
「それはありません。この絵が寄贈されて間もない頃に、一度だけ展示されたそうですが、お客さんから“気持ち悪い”って評判が悪くて・・・ しかもこれを見た小さなお子さんが、てんかんの発作のような症状で倒れたらしいです。色々といわくつきなんですよ」
倉庫の蛍光灯に照らされた、絵の中の化け物が、こちらをまた見つめているような気がした。
取材を終えて、俺たちは帰路につき、高速道路のサービスエリアで飯を食っていた。
「でさぁ森ノ村、一応話の中心は絵なんだけど、絵の画像は公開しずらいよな。島塚さんは良いとしても、他の美術館の関係者が許さないかもしれないじゃん? でもせっかく取材したんだから、動画はトークだけでどうだろ? 絵はAI生成とかで再現とかして誤魔化したりとか・・・」
森ノ村はいつの間にやらラーメン定食を食べ終わり、お土産として買った『〇〇市立美術館 所蔵品図録』を読んでいた。
「う~ん、図録にあの絵は載ってないか・・・ まぁ当然か。 同じ作者の絵は載ってるけど・・・」
「おい、人の話を聞けって・・・」
俺は図録の中の絵を見て、言葉が止まってしまった。
写真越しでも、たとえ美術を見る目が無い素人でも、その風景画の美しさは理解できた。
本当にあの不気味な絵と同じ作者なのだろうか?
鬼沙羅木 柳次郎 という作者が、こうも別ベクトルに絵筆を走らせたのは、何だったのか? あたらめて疑問が大きくなった。
「まぁ確かに、あの絵は動画のネタにするには、正式に美術館の許可取ってるわけじゃないし、募集で集まった話は他にもあるから、これはいったん打ち切るか?」
森ノ村の提案も分かるが、自分の中で消化不良な何かがあった。
「ちょっとその図録見せてくれる?」
なんとなく、俺はそれを手に取って、とある風景画の説明文に、なんとなく目を向けた。
作品名:鎮守の森の木
作者の別荘があった××県××町(旧火戸摘村)の風景と思われる。
その地名に俺は見覚えがあった。
「おい、タブレットどこだっけ?」
SNSにログインし、DMを確認する。
「どうした急に?」
「いや、ちょっと思い出した投稿があってさ・・・」
DJ砂嵐さん、DM失礼します。
私は地図アプリの航空写真を眺めるのが趣味なのですが、地図に無い村を発見しました!
地図アプリでは何も表示されませんが、航空写真で見ると、たしかに民家が何軒かあります。ぜひ突撃取材してください! 場所は××県××市の火戸摘山の山中です。
こんばんは、DJ砂嵐さん。 サクラチルと申します。
私の祖母が田舎に住んでた頃の話ですが、誰も入ってはいけないお社がそこにあり、子供の頃そこを覗いたら、一つ目のお化けがいたそうです。祖母はもう亡くなってしまいましたが、それが何だったのか?
ぜひ調査お願いします。
生前祖母から聞いた場所は、××県にあるヒトツメ村?にある、お社だそうです。
こんにちは、GTR1300と言います。
私の妻が幼少期にカルト宗教の村に住んでいたそうです。その村では基本食べ物に関しては自給自足を目指しており、村人の所有物はあらゆるものが共有の財産として扱っていたそうです。
子供のオモチャはもちろん、絵本も布団も食器も衣服、水着にいたるまで共有して使っていたそうです。他にも、今となっては児童虐待になるような厳しいルールがはびこる環境だったそうです。
妻の両親が、この村を管理している宗教にハマっていたそうですが、何らかの理由で離婚。別れ際に父親が村から連れ出したそうです。 結婚して30年以上経ちますが、最近になって初めて聞きました。
まだ小さい頃だったので記憶が曖昧なところもあるそうなのですが、しらべてもその村が今どうなっているのか、よくわかりません。 たぶん××県のひとつ村?みたいな地名だったそうです。山深い所だったそうですが、妻の父も亡くなっており、詳細は不明です。 もしよければ、調査お願いします。
××県、火戸摘村。3つの怪談が生まれるきっかけとなった絵の作者の別荘があった土地に、これまた都市伝説が集結している。 この村に何かあるのは確かだ。
「森ノ村・・・、ここにも取材に行こう!」
「あぁ、動画にするかはまだ決めるのは、ここを調査してからの方が良い気がする」
俺たちは、次の休暇に取材に行く計画を立てた。
後日。俺たちは××県××市の山中にある、廃村の入り口にいた。
「森ノ村? ここで合ってるんだろうな?」
「間違いない。雑草でほとんど道が隠れているが、この先だ」
「はぁ・・・ 登山スタイルフル装備で来て良かったぜ・・・」
「しかし過疎った地域だなぁ。聞き込み調査もままならんな」
「だがネットの情報だけでも、かなりの収穫はあったぞ。あとGTR1300さんからの情報も」
あのあと俺は投稿者GTR1300さんへのDMに返信し、詳しい話を教えてもらい、ネット情報と、日本のカルト宗教を取材した書籍なども調べて、それらを照らし合わせて、この村のデータは大体そろった。
まず、戦前までここは『一つ目村』という集落があり、村の奥には『一つ目神社』があった。
戦後、理由は分からないが、ここの名称は『火戸摘村』に変わる。
さらに時代は高度経済成長期からバブルの時代あたりまで、この村はカルト宗教団体『輝く瞳の会』に乗っ取られる。
光 真奈子 を教祖とし、人間社会が崩壊する終末にそなえ、仲間と自給自足で生きていく村を作っていたそうだ。
その教義などは情報があまり残っていないが、財産・所有物の共有や、虐待そのものの教育、児童の強制労働など、闇が深い村だったようだ。
しかし教祖の真奈子氏が亡くなると、後継者問題が発生。派閥ができて村が分断状態になる。
その後は村の方針に従わない村人が現れては出ていくことが増え、ついには廃村となったという。
・・・俺たちは鉈で雑草を切り分けながら道を進み、なんとか火戸摘村にたどり着いた。
「もう誰も住んでないっぽいな。民家が10件ぐらいと・・・あれは集会所か? 栄えてたんだろうな、昔は・・・」
森ノ村もキョロキョロと村の中を見渡しながら進む。そしてある方を指さした。
「おい、あの建物!」
集落の中で、その洋館はあまりに異質だった。こじんまりとしているが豪華で、存在感があった。
美術館の図録のなかにある、鬼沙羅木 柳次郎の作品の中に、これとそっくりな建物の絵があった。 タイトルは『別荘と花壇』
彼の別荘で間違いないだろう。
俺たちはさらに村の奥に進み、これまた異質な建造物に突き当たった。
タージ・マハルを真似たような曲線的な屋根で、寺院や神殿のようだ。
「古地図だと神社だったようだけど・・・」
「例のカルト団体が改築したんだろう。いわゆるサティアンってヤツか」
俺たちはその中に潜入した。
段落を修正しました。