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「土曜に待ちあわせなんて、まるでデートみたい――」

『ほんと馬鹿だった。結局ウチが稼いだと思ってたのは、人の家庭を壊しながら搾取してきた汚いお金。お母さんと同じ。そのことにずっと見て見ぬふりして……ううん、見て見ぬふりができてると思い込んでた。でも結局無理だった。一度でも自覚しちゃうとダメだね。自分が、クズ過ぎて。見ないフリしてた自己嫌悪が波のように襲ってくんの。なんで……ほんと、なんでこうなっちゃったかな……』


 全てが狂ってしまったのはいつだったか――トリガーはきっと最近ではなかったはずだ。

 自分の母親が、分不相応な中学校に自分を入学させたときから。

 いや、もっと昔……母が真っ当な手段で生活費を稼がなかったときから。

 それよりも、前……子どもを育てるのに不向きな女が、自分を産み落としたときから……。


『ごめんいきなり、こんな長電話して自分語り聞かせてさ。なんかあんたしか思いつかなくって。この前ウチに言ってくれたでしょ、“お前のせいじゃない”ってさ。あんたがどう思ってそんなこと言ったのかは知んないけど、あれ結構刺さったんだ。救われたし、絶望もした。そう言ってくれてものすごく嬉しかったんだけど、今になって、やっぱりウチのせいだったんだって気づいて、ちょっと個人的に落ち込んでるっていうか、むしろいっそ吹っ切れそうっていうか……』




 六月十七日、金曜日。もう日が沈んだ頃のことだった。


 ――いつもよりも低いトーンで語られる彼女の半生に耳を傾けながら、慎重に言葉を選んで、石橋磐眞はスマホをワイヤレスイヤホンに繋いで、PCを立ち上げる。


「もしかしてだけど、僕にこの電話するのって結構勇気要ったんじゃない? もしそうならありがとう、話してくれて。……己斐西さんがそんな大変なサバイバルをしてきたっていうのに、不謹慎に聞こえるかもだけど、こうやって人から信頼されることって滅多にないからさ……実は今ちょっと嬉しくなってる。己斐西さんさえ良かったら、ぜひもっと詳しく聞かせてくれないかな。できれば顔を見て、直接話して。君がこれまでどんな努力をしてきたか、これまでくぐった修羅場の数とか……そういうの、僕と友だちになってくれた君の口から聞きたいんだ。だから――」


 スマホにそう語りかけながら、PCから地図ツールを立ち上げた。


「――だから、明日、二人で会おうよ。待ち合わせの約束をしよう。そんでもっとしっかりお喋りしようよ」

『……いや……明日、は……』

「今は夜九時十七分。もう晩ご飯も、早けりゃお風呂も済ませてる頃だよね。夜更かしは美容の大敵ってやつなんじゃない? だから今日はもうさっさと寝て、明日の僕との長話に備えて――」

『ご飯もお風呂もまだだよ。それより聞いてよ石橋君。今聞いて。こんなん話せるの、考えたらあんたしかいなかったんだ。ウチに真剣に弱みを見せてくれたあんただけ』


 数日前、石橋の話を聞いて涙ながらに友だちになると言ってくれた、己斐西唯恋の声のその裏側。

 かすかだが水音が聞こえた。サーッと流れるような音は川だろうか? 加えて、車や人の音は聞こえなかった。

 少なくとも彼女は今、車道の傍にはいないようだ。


 周辺に川の近い場所と、人通りの少ない場所を地図で探しながら語りかける。


「うん。信用して話してくれてありがとう。大切なことを打ち明けてくれてるって分かるから、僕もできれば顔を見て話したいんだ。ほら、この前ファミレスで僕が自分語りを聞いてもらったときみたいにさ。明日じゃだめかな。できれば昼にでも。はは、土曜に待ちあわせなんて、まるでデートみたい――」

『……だめ、今聞いてほしいの。明日じゃ……』

「明日は用事がある? そっか己斐西さん忙しいもんな。ご飯もお風呂もまだって言ってたっけ。ならいっそ今から会う? 僕はすぐ家出られるよ。場所を教えてくれたら……」


 己斐西は強気でプライドが高く、現実を見ることのできる人だ。

 だから現実に打ちのめされやすい。

 そんな人間が絶望した果てに、知り合ったばかりの自分のような第三者に走馬灯をぶちまけるなんて、理由は一つしか思い当たらない。


『…………ああ、そういうことね……あはは……なんで、バレたんだろ……。ウチがやろうとしてること……』


 まずい、と思った。諦めの声だ。


 今すぐに引き止めないとこいつは自殺する。

 数年前、自分が中学校のトイレで首を吊ろうとしたように。


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