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「おはようございます、玖珠さん」

『安斎さんが怪しい? はは、何を言ってるのさ僕じゃあるまいし。……そんな、喜屋武さんに殺人を焚きつけたって、随分大げさな言い方だな。女の武器だろ? 正当防衛なんてドラマや映画を見てりゃ誰でも思いつくさ。……え、彼女が河合と阿多丘について君にヒントをくれた? 多分偶然だろ。アインシュタインだって日常にヒントを見出してたんだぜ、多分トイレのときとかもさ。安斎さんのは単なるきっかけで、気づいたのは君、名探偵玖珠璃瑠葉その人さ……』


 電話向こうで、石橋は妙に安斎の話をはぐらかしたがった。

 まともな会話を交わせるようになったのはここ数日だが、彼には一年以上も辛抱強く声をかけ続けてきたのだ。

 明らかに調子がおかしい。

 彼が玖珠を安斎の話題から遠ざけようとしているのだと、分からないわけがない。


「いいや! それに今日なんか、何のつもりか喜屋武さんのことたらしこもうとしてやがったぜ。このタイミングで、だ! いい? 彼女の場合、偶然が重なりすぎてる。最近の事件にはどこにでも奴の気配がある。感じるんだよ、安斎小蓮から、隠しきれないスリルのスメルってやつを!」

『そりゃ何とも君に都合の良い妄想だな。穏やかな園芸部がカルマを抱えてたらギャップ萌えでくたばるってやつ。だけど良いか、一連のコトはもう終わったんだよ。河合は倒した。喜屋武さんとも己斐西さんとも和解した。今までが異常過ぎるくらいにスリルに満ち過ぎてたってだけで、元来日常なんてこんなもんだ。平和で、事件性のかけらもない。散々お世話になっておいてこういうこと言うのは気が咎めるけどさ、君も一度小休止を入れなよ。僕が学校に復帰するまで暇だろうけど、喜屋武さんでも翻弄してプチスリルで小腹を満たしててくれ。なんなら新しいお友だちでもつくった方が良い。それじゃあ僕はもう寝るよ。何時だと思ってんだ全く……』


 日付が六月十七日に変わって二時間後。一方的に通話を切られた。


 やはり石橋は自分を安斎から遠ざけようとしているようだ。これまで己斐西や喜屋武に襲われたときも、河合に報復を働くときにも自分を頼ってきた石橋が、だ。


 友人として信頼を失ったわけでないと思うが、どうにも腑に落ちない。




 翌朝、七時を回ったばかりの校門をくぐる。

 すでに運動部が練習をしていた。

 いつもなら玖珠も図書準備室へ直行して、静かな空間でノートPCに執筆作業を行うところだが、今日は違う。


 まっすぐ教室へ向かい、鞄を置いて早々に校舎を出て花壇へ向かう。

 中庭へ向かう道中、飼育小屋が目についた。


 そういえば以前、ここのウサギが一羽死んだとクラスメイトが嘆いていたな――。


 その記憶から、嘆いていた女子が安斎と一緒に昼食をとっていたことを思い出し、玖珠は迷いなく飼育小屋に足を踏み入れた。

 残ったウサギの世話をしていたクラスメイトの女子が、意外そうな顔をして振り返る。


「あれ、玖珠さんじゃん、おはよー。こんな早くにどうしたの?」

「おはよー。今さ、文芸部の部誌のために書き物してたんだけど、なーんか筆が乗らなくってね。普段行かないとこを散歩してるんだ」

「インスピレーションを求めて、ってやつ? あはは、文豪みたい」

「みたい、じゃなくて文豪なんですよお嬢さん。……あれ? それ綺麗だね」


 玖珠が指差したのは、小屋の中に吊るされたか細い花瓶だった。

 ああこれ? と、クラスメイトは花瓶に触れ、無邪気な声で言う。


「小蓮が部活で育てたお花、定期的におすそわけしてくれるんだ。えへへ、かわいいでしょ。白くてちっちゃくて、この仔たちみたい!」


 花瓶の中に活けられているのは鈴蘭だった。確かに小さくて可愛らしい花だ。

 だが玖珠はぞっとするものを感じざるを得なかった。


「…………あのさ、はしゃいでるとこ申し訳ないんだけど、気を付けてね。鈴蘭って毒性が強いんだよ。花瓶の水を飲んで子どもが死んだ事例もあるから……」

「え、マジで? こわ……。いやでも私、いくら喉が渇いても花瓶の水なんて飲まないし!」

「あはは、確かにそりゃそうだ」


 適当に笑って、小屋を後にする。

 誰も飼育部の小屋にいたウサギが一羽死んだことなど、事件性すら感じていない。

 ただでさえ数日前に、近所で人間の遺体が見つかったばかりだ。

 動物の死など、相手にすらならないだろう。

 だが――。

 毒性を持った花を育てる不気味な少女と、ここ数日の一連の出来事が、完全に無関係だとも思えなかった。


 ――僕は決定的な彼女の弱みを握っているわけじゃないが……。


 石橋が安斎に告白されたと聞かされたとき、彼が言っていたセリフを思い出す。少なくともあの時点ですでに、石橋は安斎の秘密について何か思うところがあったのではないか?


 確かにウサギの死を無理に結びつけるには確証がなさすぎる。

 だが、鈴蘭だ。人だって死ぬのだ。

 ウサギなんてひとたまりもない……。


 思いを巡らせながら歩き、玖珠はついに中庭の花壇に立った。安斎はそこにいなかったので、不躾にその様子を観察できた。

 美しいまでの等間隔で並んで植えられた鈴蘭畑は、絶景と言えるだろう。だが花壇の端に、不自然にそれがむしられた跡があった。

 飼育部員の友人におすそ分けするにしては、随分と多い量をむしっているようだが――。


「――コンバラトキシン、って言うんですよね、確か」


 唐突に背後から声をかけられ、背中に冷や水を浴びせられたような心地がした。

 ぞっとして玖珠が振り返ると、いつの間にか音もなく、安斎がそこまで忍び寄ってきていた。


「安斎、さん……」

「おはようございます、玖珠さん」


 にっこり笑って挨拶し、安斎は後ろ手にカーディガンの袖を引っ張っている。


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