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「信念もクソもないただの尻軽だったのか?」

 以前、喜屋武が石橋を襲った体育館と校舎を繋ぐ渡り廊下。

 喜屋武は人のいないその隅まで引っ張ってこられ、流石に声を出した。


「……あのっ、玖珠さんちょっと」


 いつも猫背だから気づかなかったが、背筋を伸ばせば僅かに玖珠の方が喜屋武よりも背が高いことを、このとき初めて自覚した。

 まるで喜屋武の発言権を許していないとでも言いたげに、不機嫌に振り返った玖珠は低い声で見下して言う。


「おいコラ、クソビッチ。あんたは何だ、愛するよりも愛される派ってやつなのか? 手が届くんなら誰でもいいのか? 私のこと好きじゃないならもういらないって、都合の良い相手が見つかりゃ簡単にホイホイ乗り換える、信念もクソもないただの尻軽だったのか? どうなんだ、言ってみろよ」

「お……怒って……くれてるの……? 私が、安斎さんといい雰囲気だったから……?」

「うぬぼれんな!」


 強めのデコピンを食らった。


「妬いてんじゃない、幻滅して腹立たしいんだよ。あたしこれでもあんたのこと、少しは尊敬してたんだぜ。くだらんマジョリティに流されずに一途を貫いてたとこ。信念に見合うだけの実力を磨き続けてたこと。――それが何だ、ちょっと気持ちいい言葉をかけられたくらいで簡単になびきやがって。がっかりだよ喜屋武照沙。あんたはもっと骨のあるやつだと思ってた」

「そんなのっ……そんなの自分勝手だよ!」


 あんまりな言い草に喜屋武も声を上げる。


「だって玖珠さん、私のこと恋愛では好きじゃないんでしょ?」

「うん」

「そんなハッキリ言われたらつらいよ! だって私、玖珠さんのこと好きなんだよ。好き……本気で、好きなんだ。だけどその玖珠さんは私のことを好きになってくれそうにない。不毛なんだよ。いっそあなたを好きじゃなくなったら楽になるって分かってるけど、やっぱりあなた以外には心が動かない。ずっと報われないままの気持ちを抱えてる私のことなんて……きっと玖珠さんには分かんないよ。こんな状態だと、誰かに優しくしてもらえたら、それだけで……」


 自分で口に出すと余計に悲しくなって、喜屋武は俯いた。はあ、と耳だけで玖珠のため息が聞こえる。


「ああ、分からんね。喜屋武さんのいたいけでナイーブな乙女心ってやつ、あたしにゃさっぱりだ。だけどあんたにもあたしの気持ちはわからんだろう。クラスで一番――いや学年で、学校で一番と言っても図々しくない美少女から、アブノーマルな愛情をひしひしと毎日向け続けられる、この優越感ってやつを」

「優越感……?」

「しかも憧れのマドンナの中身がイカれた暴力メンヘラ女だって真実は、愛を向けられたあたし以外には誰も知らない。他の誰がどれだけ望んでも、簡単には手に入らないその地位が、あたしだけには許されてる。正直言って気分最高だね。たまらんよ。――確かにあたしはあんたをそういう意味で好きじゃない。Loveにはなり得ない。だがね……」


 一歩こちらに踏み出し、後ろ頭をひっ掴まれたかと思うと、額同士をごつんとぶつけられた。


「いたっ」

「こんな距離でも不思議と嫌じゃない。信念を持った美しい女の顔ってのは、どんだけ間近で見ても毛穴一つ目立ちゃしないのさ。だから喜屋武照沙がその信念を、あんな薄っぺらなおべっか一つで曇らせちまうのが我慢ならない」

「……玖珠さん……」

「あの女があんたの何を知ってる? この十数年のあんたの人生で何分会話したことがある? たった何回すれ違った? なあ、あの子はあたしみたいに、あんたに殴られはしたのかい? 違うだろ。上辺だけを褒められて浮ついてんなよ。あんたの困ったところを散々見せられて、それでもまだ彼女があんたを褒めそやす確信があるってんなら、今すぐ引き返してキスでもハグでもしてくりゃいい」


 そう言って玖珠は喜屋武から顔と手を離したが、喜屋武はもう動かなかった。


 ――動けなかった、といった方が正確だ。

 

 顔が熱くて胸がうるさくて、頭がどうにかなりそうだった。


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