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「実弾に当たったのがあなた自身ではないと」

 店内も外装と同じく、少女趣味でカントリー調のインテリアが並んでいた。

 安斎は慣れた様子で、店員に店内ではなくテラス席を指定する。綺麗に整えられた花壇を一望できるテラス席は、まさに花好きの安斎が好みそうだと己斐西は思った。


「わたしはダージリン、レモンをお願いします。あとこの、季節のバタークッキーを。――唯恋さんは?」

「ウチは、ええと……この子と同じやつで」


 初めて来た店で雰囲気に慣れず、己斐西はそう口早に行った。

 アンティーク調のトレイに乗せて運ばれてきた、意匠の凝ったティーセット。クッキーの下には緻密なレースのシートが敷かれてあった。

 店員が店内に去るのを見届け、カップにレモンを入れて、それをスプーンで潰して安斎が言う。


「先に言っておきますね。あなたには関係ないのだから、このまま何も知らずに逃げ切ってくれたら良いなと、わたしは思ってるんです」


 紅葉色の小さな海の中で、果肉が潰れて汁を吐き出す。

 このレモンへの暴力的な仕打ちが、本来は自分が受けるべきものなのだと己斐西は強く思った。


「……ゆ、許されるなんて思ってない……けど、本当にあんたには悪いことしたと思ってる。逃げ出したことも、見捨てた、ことも……」 

「見捨てる? 逃げた? ふふ、何を言ってるんです唯恋さん……」


 穏やかに笑って、安斎はスプーンでレモンを取り出し、クッキーをつまむ。


「あなたはあの日、何も見なかったんでしょ? ご自分で言っていたことですよ。あなたはあの場に無関係だった」

「やっぱり怒ってるんでしょ? そりゃそうだよね、だけどウチ本当に後悔してるの。小蓮が望むなら今からでも証言する。あいつ、あの男、実はウチの客なんだ。だからあいつがあんなことしたのはウチが原因のただの八つ当たり。あんたは悪くなかったし、諸悪の根源はウチだったって警察に言う……」

「別にわたしは責めていませんよ。あなたには守るべき秘密があったから逃げた、それだけ。賢い人間ならそうするべきだとわかります」

「賢くなんかない、あんたより保身を優先するなんて馬鹿だった! だってあれからずっとろくに眠れてなくて、おかしくなりそうなの。ウチさえあんなことしなけりゃあいつはあのとき、ウチと同じ制服を着てるってだけの小蓮に目をつけることはなかったし、絡むことだってなかった。あんたは本当に運が悪かっただけだった。小蓮がやったことは正当防衛でしかない。完全に不幸な事故だったのに、ウチは自分のやってることがばれたくなくて、あんたに全部なすり付けて逃げ出した。最悪だよ。もうずっとおかしくなりそうなほど、小蓮に悪いことしたっていう罪悪感でいっぱいいっぱいなの。ほんと今度は冗談じゃないレベルで毎日死にたいって思ってる。マジ、保身なんかどうでもよかった。こんなことならあんたと一緒に警察呼んで、全部バレたほうがマシだった……」


 出された紅茶が冷める中、まるで自己満足の懺悔を吐き出した。

 安斎はつまんだままのクッキーを一かじりして呟く。


「はずれ」

「……え?」

「このクッキーね、ロシアンルーレットになってるんです。六枚のうち一枚だけに季節のジャムが入ってる。……すっかりおやつの定番になってしまったけれど、本当はロシアンルーレットって、運に殺人を依頼する方法なんですよね」

「何、言ってんの……」

「ロシアンルーレットの確率はご存じですか? 六発入りのリボルバーに一発だけ実弾を入れて、シリンダーを回して止まったところで、引き金を引くんです。一人でやるなら当たる確率は六分の一ですけれど、二人で交互に引き金を引く場合にはたくさんの未来が考えられます。例えば引き金を引く前に毎回シリンダーを回すかそうでないかでも確率は大きく変わりますし、その場合は実は先攻よりも後攻の方が外す確率は高いんです……」

「あんた何の話をしてんの」


 いきなり目の前のクッキーが恐ろしく見えてきた。

 その恐怖に、目の前の少女が追い打ちをかける。


「あなたはさっき言いましたよね、わたしは運が悪かっただけだって。でも本当にそう? 実弾に当たったのがあなた自身ではないと、どうしてそう言い切れるんです?」


 その言い方に、体の芯からぞっとするものを感じた。

 安斎は声音も顔つきも、怖いほどいつもと変わらない。


「別に話しても良いけれど、あなたはお友だちだから最後にもう一度忠告しておきます。――知らない方が、良いと思うなぁ……」


 言って、安斎はスクールバッグの中から、ジップロックに入った端末を取り出した。

 見間違えるわけがない。真柴の端末だ。

 背筋が凍る。


 ……どのくらい時間がたった頃だろう。テラス席を仕切る窓越しに、店内に人が入ってくるのが見えた。

 安斎が手にした端末をバッグに仕舞い込む前に、己斐西は声を絞り出した。


「教えて。今度はちゃんと一緒に向き合う。だからあの後何があったのか、ちゃんと教えて」

「……では、場所を変えましょうか」

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