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「進路への道もこの頸動脈も無事だよ」

「ァんだよ近頃のメスガキは……こんなところで立ちんぼか……? ったく、ジャパンシティも末だな……」


 路地裏で計画の失敗を嘆息していた安斎を見つけて、真柴はうわごとのように吐き捨てながら迫ってきた。

 自分が彼と接触するなど、あってはいけない。致命的な失敗だ。やはり偶然など利用するべきではなかった。

  安斎が急いで踵を返す前に、真柴が踏み込んでくる。ここで逃げるとかえって厄介か――。

 賭けに出る。上手くいけば、真柴が再び激情に駆られて、石橋を殺そうと走って追いかけてくれるかもしれない。


「……良いんですか、彼、行っちゃいますよ? あなたのフィアンセを寝とったらしい、下衆な、オスガキが」


 焚きつけてみたが、真柴は皮肉っぽく笑い声を立てるだけだった。


「はは、大人しそうな顔して随分口が悪いなお嬢ちゃん。知ってるよ、君も淫売だろ。最近の子はよくやってる。……ああ、ピュアな唯恋は別だが……。……そういやお嬢ちゃんも同じ制服なんだな。じゃあ知ってるんだ、己斐西唯恋と、一緒にいたプレイボーイの包茎君のこと」

「さあ、なんのことだか。さようなら、酔っ払いのおじさ――」

「うちの上の階のガリオヤジに売ってたんだろ? 名前……あー、北崎さんだっけか。ほら、オタクっぽいキモ親父。最近見ねえけどな、あの人……」


 踵を返そうとしていたが、その言葉で振り向いた。

 ――見られていた? 自分と北崎がいるところを?


「人違い……」


 言いかけて腕を捕まれる。逆の方の手にスマートフォンが握られていた。通話アプリの無情な数字盤が液晶で照らされている。自分が通っている高校の番号だ。


「同じ学校から二人も不良娘が出るとはね、校長先生も頭が痛かろう。君らお先真っ暗だ。はは、だけど自業自得だぜお嬢ちゃんたち。大人の男をからかうから、その天罰が下るんだ」


 執着気質な男だとは知っていたが、何て面倒な男だろう。

 とにかく学校に通報されてはまずい。己斐西の“パパ活”はともかく、自分の北崎への関与がバレては非常にまずい。


「それを言うならあなただって、ご家族にこんなことがバレたらまずいのでは」

「誰も相手が俺だとは思わんよ。俺はただ、見ただけだ。通りすがりに、制服姿の君らとどっかのオヤジを見かけただけの、名もない通行人――」

「お願いですからやめてください」

「お願いっていうならさ」


 スマホをスリープにしてポケットに入れ、その手で首に触れられた。


「お願いの、作法があるだろ。君らが良く使ってる、薄汚いあの作法が。――ああ、もちろん唯恋は清らかでピュアだからこんなことはしないが――」


 壁に身体を押し付けられた。

 背筋をひやりと寒気が走った。

 頭がすっきりと冴えわたって、自分がどうすべきかを考えてしまう。

 まず男の首が目に飛び込んできた。左側を走る頸動脈が。柔らかそうな眼球が。無防備な舌が。脳へと続く耳のトンネルが。


 ――非常に良くない、このままでは確実にやらかす。


 男は内ポケットからナイフを出して言った。もう何も言わないでほしいのに口を開いて、 

「大人しくしてりゃ何も起きないし、君が切られるのは下着の紐だけ」

「本当にやめてください……」

「進路への道もこの頸動脈も無事だよ」

「だめです、お願いだから離れて……」

「今さらカマトトぶんなよな。どうせお前もあのクソガキも――」


 真柴の手を握り、


「ちゃんとお願いしたのに、な……」


 呟いてその手をくるりと曲げて、腹を刺した。みぞおち、ちょうど臓器を目指して。

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