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「ウチさ、実はパパ活してんだよね」

 高校一年、九月二十三日のことだった。


「ウチさ、実はパパ活してんだよね」


 なんて都合が良いのだろう、と思った。

 ラッキーな偶然は油断を生むからあまり利用しないように自制していたが、こればかりは乗らない手はないと安斎は強く思った。


 同じクラスの己斐西唯恋が打ち明けたのは、社会人男性との金銭関係だった。マッチングアプリを使ってデートをし、金を受け取っているとのことだ。

 道徳や倫理に反する事に対して、己斐西は石橋ほど吹っ切れてはおらず、むしろ自責の念に駆られながらやっているようだった。


 金などもっとシンプルに稼げように、どうしてストレスをためると分かっていて安直な近道を選ぼうとするのか安斎には分からなかったが――そもそも人の気持ちを分かろうとすること自体がナンセンスだ――、とにかく安斎の“パパ活”相手を探らない手はないと思った。


 本当に、本当にこの偶然は都合が良かった。

 放課後に己斐西を尾ければすぐに相手は判明した。

 真柴という銀行員だ。

 安斎は真柴のことを知っていた。正確には彼と彼が入っていく建物を、見たことがあった。


「――うん、うん。今日はほんと楽しかったよ唯恋。それじゃあまた来週……」


 愛おしそうにスマートフォンにそう語りかけてエントランスへ入っていったのは、以前殺した北崎の自宅マンションの、ちょうど下の部屋に住む男だった。

 北崎の部屋には出入りしたことがあり、そのとき彼の合鍵をくすねてコピーを作ったので持っている。管理費の節約のため、あのマンションのエントランスに付けられた防犯カメラがダミーであることも――もちろん安斎は心得ていた。


 さすがにこのときばかりは、女神の嘲笑か、運命の脱輪か――オカルトじみたものを思わずにはいられなかった。


 ***


 安斎は二年生に進級し、石橋・玖珠・己斐西・喜屋武・河合の四人と同じクラスになった。ついに計画を実行に移すときだ。


 己斐西は二年生に進級しても、まだ真柴との付き合いを続けているようだった。

 己斐西にとっては「長い付き合いのクライアント」とのことだが、おそらく真柴にとっては「食べ頃の獲物」だろう。


 ひとまず安斎は状況を整理し、自分の切望を果たすための――石橋に殺人を犯させるためのプランをいくつか用意することにした。

 大まかな筋書きはどのプランも同じだが、イレギュラーな事故はいつだって0%ではないから、予備電源は常に必要だ。


 まずはプランA――。

 これまでに自分が犯した殺人について処理する必要があった。北崎も桜庭もその他の人間も、死体は消せても戸籍は消せない。いずれ誰かが騒ぎ出す。

 安斎はスケープゴートに真柴を利用すると決めた。

 彼が己斐西の他にも制服姿の女子高生(もちろん本命は己斐西なのだろうけれど)と出歩いていることは、何度か真柴のマンションを下見に行ったときに見かけたから知っていた。


 優秀な社会人の裏の顔が、少女を買春しながら殺人で鬱憤を晴らす、鬱屈した狂人――。マスコミは湧くだろうか。それとも“いかにも”過ぎて怪しむだろうか。

 まあいい。

 その狂人が一層ご執心だった少女が、同級生の少年と仲良く出歩いているところなど見かけたら、きっと激昂するだろう。我を忘れて少年を殺しても、何ら不思議ではない。


 そのときその少年が持ち前の勘の良さと判断力で、男を正当防衛で殺したとしても、何も不思議ではない。


 だから安斎は、少しずつ時間をかけて己斐西のスマホカバーにヒビを入れ続けた。やがてむき出しのスマホを彼女が教室に置き、自分の端末と勘違いした石橋がそれを覗いてしまうように。

 そして石橋の口封じを画策して、己斐西が自分に執着する真柴を利用するため、石橋を連れ出すように。


 つまり真柴には石橋を殺そうとして欲しかったのだ。石橋にはそれを返り討ちにして欲しかった。これが安斎の希望を満たすプランAだった。

 ところが結果としてプランAは失敗に終わった。

 それはそうだ、と安斎は思う。人の気持ちが分からない自分に、人の気持ちを利用した計画なんて立てられるわけがないのだ。


 真柴は石橋を殴ったが彼はやり返さなかった。安斎はあくまで石橋の犯す殺人が見たかっただけなので、うっかり真柴が石橋を殺してしまわないかと彼らのデートを尾行していた。

 どうせ石橋が死んでしまうなら、殺すのは自分でなければ意味がないからだ……。

 プランAはもともと成功率の低いもので、人の気持ちに疎い自分のための実験的なものだったので、この成果には不満はなかった。


 ただ、イレギュラーはいつも必ず起こるものだ。

 特に、都合の良い偶然を利用した計画などでは、なおさら。


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