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「わたしは彼のこの瞬間を――」

 その四日後――つまり九月十日。


「――――――っ、……? あれぇ……? 何これどういう状況? るりあちゃんまさかそういう趣味? おじさんこういうの初めてだなぁ……あははぁ……?」


 脂汗をにじませ苦笑いでこちらを見上げる、痩躯の中年男性。

 名前は北崎だったか。唯一の肉親である母親と一昨年死別したと語った、独身の、孤独な大人。

 食費を趣味のプラモデルに回していたから、彼の体は骨ばっていて余計な脂肪がなく、またインドア派なので体力もない。突き飛ばしてトラックで運搬するのが楽だった。


「これからあなたを殺すんです。だけど死んじゃう前に聞いて、おじさま! わたしね、こんなに興奮するのは初めてなんです。ああ、何から話すか迷っちゃうな、とにかくそう、そうなの。彼って異質です。だから惹かれるんです。あなたのこの瞬間もすっごく素敵だけれど、これさえ前座になってしまうくらいに!」

「うゲぇ、ぁ……っ! ッ……」


 いつも殺人に使っている、農園に続く国道から山奥に逸れた場所。

 鬱蒼とした山の中、はしゃいで語る安斎は、リズムを刻むように彼の心臓にアイスピックを突き立てた。

 彼の胴に馬乗りになって、ぎゅっと両手で上から体重をかけて抑えながら、男のもがく様をキラキラした瞳で見つめる。


「わたし、人を殺すのが好き。だって希少だもの。わたしだけが見られる超、超、最上級のレアイベント。たくさん計画を練って頑張らないと手に入れられないから、すごく達成感があるんです。だけどあなたの死を三回、いいえそれ以上見てもまだ、彼のこの瞬間を見ることの方がよほどレアだと思うんです…………え? あれ、違うな……」


 北崎がもがいて何か言おうとしていたが、眼中にない。

 一人で語りながら安斎は百面相をする。


「この瞬間……そう、そうですね。確かに彼を見ていると殺したくなる。だけどこれって彼を殺したいわけじゃない。いえもちろん石橋君を殺して良いと言われたらとっても嬉しいけれど……彼を見ていて殺したい気持ちがこんなに高まったのは、そう。そうですよおじさま。わたしは彼のこの瞬間を――彼のような人が誰かの命を終わらせる瞬間を見たいんです! だって彼ったらあと一突き、ほんのちょっと背中に触れるだけで、きっとわたしと同じことをしてくれそうなんですもの!」


 興奮して語り終えたとき、北崎はすでに息絶えていた。

 脈はない。

 心臓に耳を当てても何も聞こえない。

 瞳孔を確認し、改めて男が死んだことを知った。


「ああ、やだわたしったら。自分ばかりおしゃべりしていて、大切な場面をしっかり見ていられなかったかも……。だけどお話を聞いてくれて嬉しいですよ、おじさま。大丈夫、あなたはもう孤独ではありませんからね。寂しいのが悩みの種だと言っていたけど、あなたはこれからたくさんの人たちの血となり肉となるために流通されるんです。うちの実家の、豚さんたちと一緒にね」


 ビニールシートの敷かれた軽トラックの荷台の上で、言いながら安斎は立ち上がった。

 レインコートを着て刃物一式を取り出し、まずは男の舌を切り取る。


「ああ、でもあなたはとても痩せているから……あの仔たち、ちゃんと食べてくれるかなぁ」

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