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「わかるかお前にッ! わかってたまるかッ!」

「どこまでも邪魔な女どもだな……」


 よろめいた河合が廊下に手をつき唸る。どうやら投石のおかげで、軸足が言うことを聞かないらしかった。

 奴が取り落したナイフを蹴とばし、すぐ近くにあった消火器をむしり取ると、石橋はそれを振りかぶって河合の頭を思い切り殴りつけた。

 

「がァっ……!」


 妙な声を出して倒れ伏した河合が、震える手でリノリウムをひっかく。

 腹ばいのそいつをひっくり返して馬乗りになり、石橋はその顔を力の限り殴りつけた。


「よっしゃッッ!!」


 それを見た玖珠が歓喜の声を上げる。

 

 拳を振り上げる石橋の下で、青い顔をした河合がこちらを見上げていた。唇が切れているのは、自分がたった今殴りつけたからだ。


 だがこんな流血じゃすまない。もっと殴るべきだ。もっと血を流すべきクソ野郎だ。

 ところで、さっき自分はこいつの頭を殴った。もし打ち所が悪ければ後遺症が残るかもしれない。いや、下手をすれば死んでしまうかもしれない。


 自分は人殺しになるのか?


 ――あなたの人生を台無しにする腫瘍を切除して、クリーンな生活を送りたかったのでは?


 そこで頭に響いたのは、あろうことか安斎の声だった。

 確かにそうだと思う。こいつがこの世に存在し続ける限り、自分は前に進めない。

 青春を切り捨てて友情や人付き合いを避けて、孤立を選んで人の弱みを握るだけのクソのような生き方を選んだのは、すべてこいつのせいだ。

 こいつが自分の人生を台無しにした。こいつを消さないと自分の生き様は死んだも同然だ。


 振り上げた拳を下ろし、ポケットに手を這わせる。

 ライターがある。顔や目や舌を焼いてこいつの断末魔を聞いたらスッキリするだろう。

 ピアノ線がある。首を絞め上げてもがき苦しむ様を堪能するのも悪くないだろう。

 十徳ナイフがある。刺したり切ったり抉ったりできる。実に多様な殺し方が叶うに違いない――。

 あらゆる、全ての可能性を考えた。

 あらゆる殺し方を備えて来た過去の自分を振り返り、この男の所業を思い返し、石橋は血がにじむほど歯を食いしばって、結局自分の腰のベルトへと手を伸ばした。


「…………この、クソ野郎ッ!」


 外したベルトを拳に巻き付け、未だニヤニヤと笑っていた河合の青い顔をめがけて、ちょうど金具の部分が当たるように、上から叩きつけた。

 ぐお、と獣の咆哮にも似た、カエルが歌うのにも似た声が上がる。

 頬の骨やその内側の歯を金具が打つ衝撃が、拳を伝って響いてきた。

 もう一度振りかぶって、次は腹を殴りながら石橋は怒鳴った。


「くだらないッ、ビチグソシャワーのッ、鼻くそどんぶりッ! 後悔しろッ! 恥を知れッ!」


 ありったけの罵声を一つぶつけるごとに、拳を振りかざしては、またそいつの顔や腹、肩を殴りつける。


「僕の青春を返せ! 人を信じる力も、友だちをつくる勇気も、むやみに人を疑わないという礼儀も、全部お前に奪われたッ! わかるかお前にッ! わかってたまるかッ! 僕にやったことを決して許すなッッ!!」


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