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「あ゛ああああッ!?」

 この男には何を言ってもやっても無駄だったのだ。

 小手先の小細工は通用しない。正面突破、ストレートな暴力による拒絶でしか、このおぞましい男を倒す術はないのだと石橋はあらためて自覚する。

 それに、そうだ、こんな方法はまるで昔と変わらない。

 中学校の校舎の狭いトイレの個室の中で、首を吊って河合から、河合の存在する世界そのものから逃げようとしたあの時と何も変わっていない。


 今は逃げずに、やるしか、ないのだ。


 石橋はそろりとポケットに手を入れ、


「離れろ――!」


 最大出力のスタンガンを至近距離から腹へと叩きつけた。

 バチン! と何かをはじくような激しい音が響く。

 カヒュ、と声もなく河合が息を詰まらせる。

 本能的に身を引く河合から飛びのいて、石橋は呼吸を整えた。


 興奮で指先が震える。初めて、河合への反撃が成功した。


 腹を抑えてうずくまる河合の姿を見下ろして、石橋は徐々に脳が冷静になっていくのを感じた。

 ――こいつは今、一人だ。

 中学時代のように手下を引き連れていない。一対一なら、自分にも勝算が期待できるかもしれない。


「……ああっ……そっか……俺が……」


 息も切れ切れに、うつ伏せだった河合が手をついて立ち上がろうとする。

 持ち上げられたその顔を見て、石橋は心底ぞっとした。


 恍惚と後悔の狭間の表情を浮かべて、河合は石橋の足を弱弱しく掴んで言うのだ。


「悪かったよ……お前がそんなに可愛くなくなっちまったの、全部俺がふがいないせいだよなぁ……? 俺がこんなに弱くてだらしないから、お前、そんなに可愛くなくなっちまったんだよなぁ……。少し時間はかかるかもしれねえけど、待っててくれよ。大丈夫、必ず努力して成長して、またお前を可愛くしてやるからぁ……」

「何言ってんだお前……」

「お前のためならなんだってやれる! 両親を離婚させることも、受検勉強も一人暮らしも、名前を変えることもッ、全部できたんだから……!」


 口調こそ健気なものだったが、河合の右手がスラックスのポケットに伸びているのを石橋は見た。


 そこから出てくる――嘘だろ、ジャックナイフ。武装していたのは自分だけじゃない!


 息をのんで石橋はその手を足蹴にし、携帯していた催涙スプレーを顔に噴射して走り出した。


「頭の病院行けッ!」

「あ゛ああああッ!?」


 本能が訴えていた。今すぐ逃げなければならない。


 背後で悶絶する河合の声が聞こえる。

 石橋が逃げ出した途端に、後ろから飛んできたナイフが頬を掠めて扉の木枠に突き刺さった。スプレーに焼かれる顔を押さえながらも、河合はナイフを投げつけてきたらしい。

 喜屋武と言い河合と言い、何というコントロールだ。

 すぐ横に刺さっている凶器をもぎ取って、石橋は走って教室から逃げ出した。


 ───クソ、逃げてしまった。

 奴をボコると息まいておきながらこれだ。

 情けない、こういうところだぞ石橋磐眞……。


 現地調達したばかりのジャックナイフを折りたたんでいると、突如、隣の教室で扉が開かれた。そこから一本の腕がにゅっと飛び出て、石橋は中へと引きずり込まれる。


「しっ、落ち着いて石橋君。わたしです、安斎」


 口を押えられ、耳元でそう囁かれた。

 暗闇に目が慣れてきて、ようやくそこが美術室であることを悟った。

 休み時間の美術室は画材や描きかけのキャンバスが無造作に鎮座しており、紫外線で作品が傷むのを防ぐためにカーテンで閉ざされている。


 非常に不気味な空間だった。


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