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「富士山? バイオレンス?」

「いし、石橋君おちつい――」

「――だめだッ!」


 突然叫んで石橋が立ち上がり、その震えに乗るようにしてテーブルから離れ、かかとを激しく床に打ち付け始めた。

 上半身ではひじを振りながらリズムを取って、指を弾いて音を鳴らしながら――。


 リズム――そう、タップダンスだ。


 石橋はあろうことか、その場でタップダンスを踊り始めたのだ。


 玖珠は呆気にとられた。


「い、石橋君、何をしてるの……?」

「タップダンスだよッ! これは僕なりのルーチンなんだ! パニック発作を落ち着けるためのリズム取り! 悪いけど深呼吸じゃだめなんだよッ!」

「えっ、ええ? そうなの、あの、ごめん、あたしどうしたら」

「適当な動画サイト開いて! そんで、――Yeah♪ ――Oh……♪ そんで検索して! タイトルは“Love Sunshine for violence -FUZISAN remix-”!」

「富士山? バイオレンス? ……うわマジで出てきた。これだな、オリジナル版もあるけど、この“FUZISAN”の方を流せばいいんだな!? マジで流すぞ!」


 言われるがままにPCの音量を上げ、玖珠は動画サイトから未知の曲を再生した。

 激しいベースラインに乗る下水道のようなデスボイスの後、爽やかなバイオリンが間奏を転調させる奇々怪々な曲だった。知らない共和国出身の知らないアーティストの曲だが、なんと再生回数の桁は億に達している。


 玖珠は暫く茫然としていた。


 青ざめた顔で冷や汗を垂らしながら、必死に合いの手を入れつつ見事なタップダンスを見せる石橋を眺め、その光景のミスマッチさに圧倒されていた。

 戦慄と言っても良いかもしれない。

 おそらくこんな機会でもなければ玖珠が一生耳にすることはなかっただろう“Love Sunshine for violence”のremix版が終わるまで、六分二十八秒の間。

 彼女は石橋のパニックを引き起こしておきながら、自分ではどうにもできなかったという無力感に苛まれる中、神妙な顔で手拍子を挟むくらいしかできなかった。


「…………ふう…………ああ、落ち着いてきた……」


 念のためにリピート再生の準備もしていたが、どうやらその必要はなかったらしい。


 一曲分を踊り終えたとき、石橋はわずかに血色を取り戻していた。

 呼吸の乱れも過呼吸気味ではなく、運動によるものだ。冷や汗ではない健康的な額の汗を手で拭いながら、何事もなかったような顔で玖珠の友人は言い放った。


「ごめんね取り乱して。ありがとう玖珠さん、僕の心の弱みに気づかせてくれて」

「あっ、もういいのねタップダンス。あたしもごめんね、なんかその……パニックの対処って人に寄りけりなんだね。あたし何も役に立てなかったよ」


 はは、と何とも言えない笑い方をして玖珠の隣にもう一度腰を下ろし、露骨に視線を逸らしながら石橋は遮るように手を上げる。


「……ごめん、それ、もうとじて。大体ぜんぶ分かったから……」

「あ、ああ……オーケー。パソコンもスマホも閉じたよ、大丈夫。もうどこにもいない」


 河合についての情報がテーブルから消え去ったのを確認して、石橋は細い息を吐きながら肩を震わせ始めた。

 最初、玖珠は彼が泣いているのかと思ったが、それが次第に笑い声に変わっていくのに気づいた。

 自嘲めいた声だ。


「ああ……はは……マジで情けないったらない……」


 ――いや、泣き笑いのしゃくり上げか。


 片手で目元を多い、俯いて石橋は独白のように語り出す。


「克服した、つもりだったんだ……。二度とあんな経験しないためにって、人のプライバシーまで侵して、ケチなゆすりで自分の安全を担保して、束の間ホッとしてた。腫瘍にメスを入れる勇気がないまま痛み止めだけ塗りたくってきたのさ。それがこのざま。高校に入って一年と数か月、完全に切り離して逃げてきたと思い込んでたのに、奴は僕の死角に引っ付いてずっと僕を笑ってたんだ。いくら観察眼を磨いたところで、僕自身が奴を直視できてなけりゃ何も意味なんかないってのにさ……」

「……誰にだって、無意識に目をそらしちゃうようなキモい記憶はあるもんだよ。それに少なくともあたしはさ、石橋君が君なりの独自なライフハックを試そうとしてくれなきゃ、こんな痛快な高校生活は送れてないわけだし」

「あはは、そりゃそうか。玖珠さんに貢献できたんなら、本望……」


 また僅かに震えだす指を目元から剥がし、石橋は顔を上げて玖珠を見た。

 明らかにその瞳にはまだ恐怖を宿していたものの、その恐怖の元凶と向き合った者ゆえの、奇妙な前向きさを感じる顔つきだった。


「恥ずかしいところ見せちゃったね、ごめん……それとありがとう。おかげで向き合う覚悟ができた」

「どう向き合うの? 当然だけどあたしは最後まで付き合うからね」

「危ないからやめとけ……って言いたいけど、僕ってば臆病だからぜひそうしてくれると心強い。それに喜屋武さんのときので、玖珠さんは僕の言うこと聞いてくれる人じゃないって知ってるしね」


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