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「……じゃあ、本題に入るね」

 まだ部活生がやっと登校してくるような時間帯に、石橋は教室へは立ち寄らなかったらしく、リュックサックを背負ったまま図書準備室に現れた。

 目の下にはクマが刻まれ、手には切り傷と水膨れが見える。明らかに昨日の喜屋武から負わされたもの以外の外傷であったが、敢えて玖珠はそこへ触れないことにした。


「おはよ。どうしたの玖珠さん、わざわざ呼びつけて。喜屋武さんに夜這いでもかけられた?」

「そりゃ最高にスリリングで、ぜひとも君に電話中継したい案件だったな……残念ながら別件だよ。とりあえずあたしの隣に座って」

「隣? はは、前に不気味だって言ったの根に持って――」

「いいから座れよ」


 声を低くすると、石橋が茶化したような笑い方を止めた。


 ――ここからが正念場だ。


 玖珠は僅かに緊張しながら、リュックを下ろして大人しく隣に座って来た石橋の手を握る。この場合は、逃げないように捕まえた、という表現の方が正しいかもしれない。

 握られた手を見て石橋が明らかに戸惑う。


「え? ちょっと何、急に」

「これから石橋君にひどいことをする。だけど逃げないで最後までいてほしいんだ。必ずあたしはそばにいるし君を助けると約束する。だから今はまず、息の吸い方を一緒に確認しておきたい。馬鹿みたいに思えるだろうけど、あたしの空回りならそれでいいから付き合って。お願い」

「…………はは、何さ改まっちゃって、玖珠さんたらおかしいの。僕が気の毒な奴に見えてるって? まるで病人扱いだ」

「事実、病人だよ。全部終わったら一緒にお手て繋いで病院に付き合いたいくらいだ。ねえ、お願いだからさ。今はあたしの掛け声に合わせて息を吸ってよ」


 石橋は怪訝そうにしていたが、おそらく自分が逃げられないと悟ったらしく、ため息とともに頷いた。

 きっと、玖珠が何を言いたいのか勘付いているに違いない。


「じゃあ、まずは五秒かけて吸うよ。……一、二、三、四、五……」


 数えながら、繋いだ手の甲を優しく指でタップする。


「次は七秒かけて息を吐いて。……一、二、三、四、五、六、七……」


 気まずく思えるほど時間をかけたその深呼吸を、五回繰り返した。


 息を吐く石橋の顔色は相変わらず優れない。指先が恐ろしく冷たいままだ。

 きっとこれ以上続けても、彼がリラックスすることはないだろう。


 玖珠は日常会話を切り出すようにして、できるだけもったいぶらずに話す。


「……じゃあ、本題に入るね。――あたしらと同じクラスの河合雁也は、君の中学の同級生だった阿多丘皇帝と同一人物だ」


 握っていた手にわずかに力が込められた。

 石橋は何も言わない。ただ、みるみる青ざめていくだけだ。

 その手を握ったまま、玖珠は片手でスリープ状態だったPCを起動してモニターを見せる。

 先ほど見つけたネット掲示板の、体操服姿の中学生の画像だ。


「この子が君に意地悪し続けた最悪の下衆野郎、阿多丘皇帝で間違いない?」


 訊ねると、震える息を吐きながら石橋は頷く。


 次に玖珠は自分のスマホを取り出して、スリープ画面を解除しそれを石橋に向けて続ける。

 アプリを目の前で操作しながら説明した。


「あともう少しで終わるから頑張って。……次、こっちを見て。美容外科のシミュレーションアプリなんだけどね――阿多丘君の顔写真を、これで二重にする。ついでに金髪にして、眉の形も替えて、鼻もちょっと高くする。――――ご存じ、河合雁也の出来上がりだ」


 先ほどまでは気のせいで済ませられたレベルの貧乏ゆすりが、一気に激しくなる。

 玖珠はスマホを伏せてテーブルに置き、ついに震えだした石橋の肩を抱くようにさすって語りかけた。


「さっき練習した通りにもう一回やろう。五秒で吸って七秒で吐く。大丈夫、できるよ。一、二、三、四、五……ほらあたしの真似して。一、二、三、四、五、六、七……」


 一度はその深呼吸で落ち着いた石橋の体の震えが、次第にぶり返されてさらに激しく痙攣を始めた。

 まるで床を蹴破ろうという勢いの貧乏ゆすりだ。初夏を迎えようという季節のはずが、石橋はまるで雪山の遭難者のように震えていた。


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