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「ふふ、かわいい……」

「わたしが手繰り寄せた、わたしだけが一緒に過ごせる、誰かの死の瞬間が好きなんです。それをくれる人はどんな人だろうと素晴らしい、尊敬できる人物です。大好きですよ桜庭さん。あなたがどんな人生を歩んできたかは関係ない。今この瞬間にわたしだけに大切なものを譲ってくれるあなただから、わたしはあなたを崇拝する。ありがとう、とっても嬉しい」


 桜庭の呼吸が荒くなる。そろそろだろう。

 震えるその手を握る。

 体温は低く、力は弱弱しい。

 親指で手首の脈を探る。その感覚が緩くなっていく。


「なぜ自分だったのかともあなたは質問していましたね。それはあなたが死んでも誰も気に留めなさそうだからです。アパートの周りに人はいないし、ご家族やご友人、恋人もいない。あなたのお家にお邪魔したときにもしも誰かとの繋がりを感じたら、あなたのことは諦めようと思っていたんです。でも結果はSNSの呟きから想像した通りでした。さびしいひとだった……」


 げほ、と桜庭がむせる。垂れた唾に血が混じっている。

 その身体から力が抜けていくのが分かった。


「そうだ、安心してください。あなたの書きかけの退職届はわたしが代わりに日付を書いておきました。明日にでもあなたの会社に届くでしょう。親切な人にはできる限り親切で返すというのが、わたしのポリシーなんです」


 桜庭が動かなくなるその瞬間を、安斎は食い入るようにして見つめた。

 たった数分の出来事が何年にも、一瞬にも感じられた。

 心底素晴らしいと思える瞬間だった。


 痩せた首を触り、脈がないのを確かめる。

 頬が紅潮する。喉が渇く。肩が震える。

 手首にかけたヘアゴムをできるだけ強く引っ張って肌を弾いた。バチン、と派手な音が響く。四、五発弾いて再び深呼吸をする。

 光の消えた目玉を見つめて、まだ興奮冷めやらぬ様子で安斎はうっそりと微笑む。


「ふふ、かわいい……」


 どのくらい長く、その顔を眺めていただろうか。


 二度寝の欲望に抗って体を起こすように、安斎はもう一度手首のヘアゴムを強く弾いて、その痛みを合図に立ち上がった。


 用意してあったビニール手袋をつけ、レインコートを着込む。

 まずは大ぶりなハサミで桜庭の舌を丁寧に切り取った。

 まだ血の滴るそれをジップロックで密閉してクーラーボックスに入れ、次に注射器でできるだけ瀉血してポリバケツへ血液を移し、青白くなった体をのこぎりでばらばらに解体する。

 簡単にしか血を抜けていないので、出血の多い部位は一つずつ、用意していたバケツの中へ入れていく。


 力と時間と慎重さを要求される作業だったが、あの一瞬のためなら安いコストだと安斎は思っていた。


 関節ごとにばらした遺体をまとめて、いくつも用意してきたポリバケツの中に、各部位ごとに入れていった。

 着ていたレインコートを脱いで荷台に置き、またシートでそれらを覆い隠してゴムバンドで固定した。


 運転席に戻り、再び車を走らせる。

 時刻は午前三時を回ろうとしていた。

 暗い道路をひたすら走ってトンネルから山を抜け、崖のすぐそばにある小さな農園へと安斎はたどり着いた。


 崖っぷちにひっそりと存在する、小規模な農場――“安斎農園”は、安斎小蓮の生まれ育った場所だった。


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