「ウチも毒されたもんだわ」
<ほんっとにごめん! まさか寝ちゃうなんて思ってなくて……。久しぶりに人がいたから何か気が緩んじゃったのかな。ひとまず置いて行ってくれた朝ごはんの分もかねて、今度埋め合わせさせてくれないかな?>
昼休みになってSNS越しに届いたメッセージ。通知だけを見て、一度スマートフォンの手帳カバーを閉じた。
教室では生徒がそれぞれ複数人のグループに分かれて昼食をとっていた。
己斐西はベランダで派手な女子グループに囲まれながら購買のパンの袋を握っていた。
教室に不在の玖珠はおそらく図書室か図書準備室。
同じく不在の喜屋武は部室に使っている武道場だろう。
ただ一人、クラスメイトの石橋は誰ともつるまずに一人で自席で昼食をとっている。
片耳にイヤホンをぶら下げて一人で食事をする石橋の近くでは、河合の男子グループが談笑していた。
「――でねでね、小蓮ちゃん。部活で飼育してるデイヴとメリルが最近すっごい仲いいんだー。もしかしたら赤ちゃんできるかも!」
安斎と一緒に食事をとっていたのは、飼育部の女子と美術部の女子だ。飼育部の方はしきりにウサギの話をしたがるが、それが本当に心からウサギを愛しているからなのか、ウサギを可愛がる自分が好きだからなのか、安斎には分からなかった。
だから、ただ少し笑ってこう返すだけだ。
「素敵ですね。子ウサギって実物見たことないんです。きっと可愛いんでしょうね……」
その後も一緒に食事をとる二人の女子と適当に話を合わせながら、昼食が終わったところで席を立った。
そのとき、ベランダの己斐西がこちらをちらりと見たのが分かった。
「それじゃ、私も部活行ってきますね」
二人にそう残して真っすぐに中庭の花壇へ向かう。
ほとんど安斎が私物化してしまっている花壇には、もうすぐ開花を迎える鈴蘭が等間隔に植えられていた。屈み込んでそれを見ながらスマートフォンを取りだし、先ほど届いた桜庭からのメッセージに返信を打つ。
<おはよー……って、もうこんにちは、かな! こっちこそ疲れてたところを、強引にお家にお邪魔してしまってごめんなさい……。朝ごはんはせめてものお詫びだったんですけど、また会ってくれるなら嬉しいです! わたしはいつでもオッケー!>
打ち込んだメッセージに適度な絵文字や顔文字を挿入し、送信する。
中庭の花壇――ここからならとてもよく見えた。図書準備室でPCとにらめっこをする窓越しの玖珠と、その様子を下からうっとり見上げる、武道場の前の喜屋武が。
その喜屋武がこちらを向いて、視線に気づく。安斎がにっこり笑って手を振ると、はにかんで手を振り返し、赤い顔で部室へ戻っていった。喜屋武は分かりやすい。
全員が全員、こんな風に分かりやすければ良いのに、と思う。
「もうすぐ梅雨じゃん、雨降ってもやっぱ様子見に来るわけ?」
喜屋武が去り、人払いを済ませたところに、教室から降りてきたらしい己斐西が背後に現れた。握っていたスマホをスカートのポケットに入れ、鈴蘭の茎をつんとつついて答える。
「ええ、むしろその梅雨がこの子達の開花時期なんですよ。一斉に咲いてくれる鈴蘭は絶景。唯恋さんにも見てもらいたいなぁ」
「絶景、か……なら写真撮ってアップしたらフォロワーにウケるかも。――そうだ、あのさ。この前教えてくれた花あったじゃん。クレマチスと、もう一個……ええと……」
「ネモフィラ?」
「違う違う、なんかこう、ぶわっていっぱい小さいのが付いてる感じの……」
「ルピナスですか?」
「そうそれ。あんたがあんまり草花にうるさいもんだからさ、この前街で見たときにパッと名前が浮かんじゃったよ。ウチも毒されたもんだわ」
「毒……」
「あー別に、悪い意味じゃないから。むしろそれのおかげで少し役立ったっていうかさ……だから、ええとさ……」
もごもご言い淀む己斐西をじっと見つめて、反応を見る。少し言いにくそうに鼻を赤くして、己斐西は絞りだした。
「……今まであんたみたいなのとつるんだことなかったけどさ、案外、良いのかもって思って。一緒に服見てケーキ食べる友だちは賑やかだけど、あんたみたいにふわっとしたぼんやり気味な奴の方が、一緒にいて気楽だし。花のこととか今まで知ろうともしなかったのに、名前まで覚えてさ……多分ウチ、良い影響貰ってるんだと思うよ。ありがと……」
語尾にいくにつれて己斐西は小声になっていった。
どうやら気まずそうにしていたので、茶化すように安斎は返す。
「あらまぁ、唯恋さんがそんなことを言うだなんて。ちょっと不気味」
「んだと!?」
「冗談ですよ、嬉しいです。わたしはてっきり唯恋さんには嫌われているものと思っていたから、どちらかと言えばびっくりの方が勝ってますけど」
言いながら、安斎は己斐西との初対面を思い出した。