「へえ、白木さん。まあ今日はよろしく」
「あんた、名前は? ハンドルネームじゃなくて、本名の方ね」
SNSのアイコン画像に使われていた後ろ姿。それと違わない痛んだ茶髪と、オンラインでは隠されていたリアルの表情がこちらを向く。
彼女は自分が思っていた通りの顔をしていた。
地味な奥二重と似合わないブルーのアイシャドウ、マットなリップ。
流行りを雑に取り入れただけの、見た目に気を遣う余裕もない、疲れた大人の女。
「白木って言いまーす! 下の名前は……何だと思います? 勘でいいから当ててみてくださいよ!」
「へえ、白木さん。まあ今日はよろしく。私は桜庭だよ」
「桜庭さんかー。ねえねえ下の名前は?」
「当ててみな。私は興味ないからあんたのは当てないけど」
「えーマジ? ひどっ!」
おざなりな口調のわりに返答が早いのは、きっと彼女が今日を楽しみにしていたからだろう。
何にもない退屈な日々の中で起こした彼女なりの気まぐれ。
職場とアパートを往復する日常を断片的に切り取って流した桜庭のタイムライン。
ハンドルネームは“さくら”。
「ま、いっか。今日はよろしくです、桜庭さんっ!」
にっこり微笑んで見上げると、桜庭は気まずそうに視線をそらした。
――桜庭と出会ったのはSNS上だ。
彼女がタイムラインでアップロードしていた写真にコメントを残したことから始まった。
<やっと買えた>
短いコメントと共に載せられた画像には、期間限定発売のコンビニスイーツと、それを手にする剥がれかかったベージュのネイル。手元だけにクローズアップされた写真だったが、端に移りこんでいたレジ前のレイアウトと店員の特徴から、そこが駅前の店舗だと察するのは難しくなかった。
――ここから近い。
<突然のコメントすみませんっ 私もそれ探してるんですが、どこの店舗でゲットできました? どうしても一度食べておきたいのに期間終わりそうで焦ってます……!>
打った文章を見返して、ところどころに絵文字を付け足してから送信。“さくら”の返信は早かった。
<近所かな? ××駅前のコンビニで売ってたよ。今朝はまだ在庫あったと思うから、ほしいなら急いだ方が良いかも>
有名ブランド店やチェーン店、オンラインサービスに有名映画シリーズ……。公式アカウントばかりの“さくら”のフォロワー欄に“rulia”の名前が加わった。
<ありがとうございます!>
“rulia”のアカウントで“さくら”の返信に絵文字を飛ばし、その二十三分後――七時五十四分に
<無事に買えました~! 嬉しい!>
と再び絵文字付きのメッセージを送った。
“rulia”は“さくら”の自宅付近に通学する専門学校生だと語った。“さくら”が出勤のために電車へ乗り込む駅で、“rulia”は通学のためにそこで電車を降りる。
<ひょっとしたらわたしたち、もう何回もすれ違ってるかも~!>
無意味にポジティブで明るい言葉を使う“rulia”は、SNS上で何度も“さくら”とメッセージをやり取りした。
好きな映画の話、スイーツの話、仕事や学校の話……。
文字だけのやり取りで親しさを増してくる“さくら”の態度を不思議に思いながら、“rulia”はオンライン通話を提案した。
最初は渋っていた“さくら”も最初の交渉から三日後には折れ、覇気のない声で中身のない会話を週に三、四回、一日に二十分ほど繰り返す日を三週間ほど続けた。
「今度さ……試しに一度、会ってみない?」
思ったよりも早くそう提案されたことを嬉しい誤算に思いながら、「嬉しいです、ぜひぜひっ!」と高い声をつくって答えた。