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「俺がお前なんかと一緒なわけないだろ」

 玖珠のこと、安斎のこと――考えると頭がふわふわとして上手く体が動かなかった。

 結局ろくに身が入らないまま部活の練習を終え、後輩にも先輩にも気遣われながら更衣室を後にする。


 放課後の昼下がりの日差しがすっかり表情を変え、夕日の眩しさに代わるタイミングだった。


「よお、浮気者」

「あばばばば! ――河合君?」


 喜屋武の真横からふと現れた、缶ジュースと図星をつく暴言。

 はっとして隣を向くと、あきれ顔の河合が同じジュースをもう一本持って立っていた。おそらく差し出された方は喜屋武への差し入れということだろう。それを受け取って、


「ありがとう。……いやちょっと待て何だ浮気者って」

「俺が真面目に委員会に勤しんでたっていうのに、窓からクラスの馬鹿女が同級生に慰められてニヤついてんのが見えてイラついたんだよ。お前、安斎さんと話して浮かれてたろ。玖珠がだめなら安斎さんでもいいかって、ちょっと思ってたろ」

「そんなっそんなことっ」

「ない?」

「ない……いや、うん……。確かにそうだよ。ちょっと、二割ほど思った。だって安斎さん近くで見たらすごく可愛いから……」

「五分の一も揺らいでんじゃねえかよ。にしても安斎さんか……安斎さんはやめとけ。あの人可愛いけど不思議ちゃんだぞ。多分恋愛よりお花とお話しして妖精さんに歌を教えてる時の方が楽しいタイプだ」

「何だよそのメルヘンな偏見。からかいに来たの? それとも励ましに来てくれたの?」

「お前が都合良い方に思い込めば?」


 釣れない態度の異性の友人を横目に、喜屋武は苦笑を漏らして缶ジュースのタブを開けた。


「じゃあ都合よく話を聞いてもらおう。……最近確信したんだけどさ、玖珠さんに、好きな人ができたみたいなんだ」

「……へえ」

「もちろん私と違って玖珠さんは腰蓑つけた脂肪が二つ飛び出した人種を好きにはならない。私の嫌いな人種を好きになった。最低だよ。私は彼女の失恋を願ってるし、その相手のことが心底憎たらしいし、何ならそれがかなわないうちに自分勝手に思いをぶつけようかとか考えてる」

「何だその変な表現」

「お前が最初に私に言ったんだろが! 腰蓑つけた――」

「いやそっちじゃなくて。自分勝手、って方」


 思わず河合を見た。さきほどの釣れない顔をしたまま、河合は視線を喜屋武に合わせて言う。


「人を好きになるのに自分勝手も何もないだろ。お前はお前のことだけ考えて動いてみろよ。遠慮なんてやめろ、損して馬鹿を見るだけだぜ」


 お互いの秘密を打ち明け合って、少しずつ話すようになってから覚えたことがある。河合は皮肉な態度で人の神経を逆なでこそするものの、発言にはいつも筋が通るところがあった。

 喜屋武はようやく、友人として自分が勇気づけられていることに気づいた。


「多少強引にでもやってみろよ。多分玖珠はそういう偏見ないやつだろうし、お前だって玉砕覚悟でぶつかった方が後悔が少ないだろ」

「そう、かな。だけど私の気持ちって多分、いや絶対に重たいと思う」

「重くて上等。良いじゃねえの、軽くてチャラいと思われるより。――ぶつけてみろよ、お前が思ってること全部。どこをどう好きになってどう可愛いと思っていて、どんなふうに可愛がりたいと思ってるか。お前の人生でどれだけあいつが主役を張ってるのか。そういうのぶつけてみていいと思うぜ」

「……拒絶されたらって、考えるんだ」

「一度や二度拒絶されたからって諦めるんなら、お前の愛情ってその程度なんだろ」

「それは……」

「荒っぽい手段も使って良いと思うぜ。少なくとも俺ならそうするよ。お前の気持ちはどうなの」

「私は――」


 玖珠のことを思い出す。

 玖珠璃瑠葉の、あの不気味にも思えるほど澄んだ瞳のことを。

 いつだって人のために先回りして動ける、慈悲の深さと利発さを。


 そしてその素晴らしい人が、自分とクラスが別れたというだけの理由で、いつの間にか喜屋武の知らない男を追いまわしているということを。


 ――もしも自分が同じクラスなら、絶対に彼女をあんな男に近づけたりはしなかったのに。


「私は、あの人に、知ってほしい」

「何を?」

「玖珠さんが私の救世主であることを。私の人生を照らしてくれるただ一つの街灯であってほしいことを」

「他には?」

「……できれば、嫌わないでほしい。私の愛情を受け止めて愛してほしい。私のことだけ照らしていて。他のものになんて触らないでほしい」

「それだけ? もっとあるだろ全部出せよ」

「き、気づいてほしい。……玖珠さんが好きになるべきなのは、上っ面しか彼女のことを知らない馬の骨なんかじゃなくって、ずっと玖珠さんのことを見ている奴だって。私の方が絶対に玖珠さんにふさわしいって気づいてほしいっ」

「つまり今の玖珠は間違ってる?」

「間違い?」


 聞き返しながら、胸にストンと来るものがあった。


「……ああ、そうだ。そうだな間違ってる。私にしてみりゃ間違いだらけだ。目を覚ましてほしい! あんな素晴らしい人が好きになるべきなのはあんな奴じゃない。少なくとも私の方がマシだ!」


 今まで誰にも言えずに一人で秘めてきた、傲慢とハッキリ自覚できる胸の内を叫ぶように吐き出した。

 人から好かれることも嫌われることも多い河合の隣では、それが容易にできてしまったのだ。


 興奮で思わず泣きだす寸前の顔をして言い終えた喜屋武に、少し間をおいてから河合は、ずっと変わらない落ち着いた口調で答えた。


「お前は正しいよ。喜屋武は間違ってなんかない。正しいんだから実行すればいい。ずっと玖珠を見ていた喜屋武が言うんだからその通りなんだろう。お前が玖珠を守ってやれよ。抱きしめて、お前しか目に入んないくらいアピールしてやれよ」


 河合は飲み終えた缶を握りつぶすと、まるでバスケットボールの名試合のように、遠く離れたごみ箱へそれを投げ入れた。カン、と小気味いい音が響き渡る。


 きっとここに第三者がいれば、社会的な正論で自分たちの考えの間違いを指摘したことだろう。

 だが、今の喜屋武に必要なのは正論ではなかった。報われない恋をする自分を励ます、少し乱暴にも思える友人の言葉だったのだ。


「……ありがとう河合君。勇気出たよ、あなたに相談して良かった」


 差し入れられた缶ジュースを一気に飲み干し、河合の真似をしてゴミ箱に放り投げる。上手く中に入り、同じように小気味いい音が喝采のように響いた。






 喜屋武は満足気に笑って河合に手を振り、一度荷物を取りに戻ると言って教室へ戻っていった。

 その後ろ姿が見えなくなってから、振っていた手を下ろして河合は上げていた口角を戻した。

 鼻から漏れた息で嘲笑がこぼれる。


 簡単とは言え、せっかく手懐けた駒に聞かれては困る。

 手の甲で口元を隠し、口の中で呟いた。


「――――ほんっと女って単純で馬鹿だよな。感情論まみれで考えなし。俺がお前なんかと一緒なわけないだろ」


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