「――まるで双子星みたいに特徴的なやつが、ね」
六月十四日、放課後、体育倉庫にて。
てっきり自分を助けに現れる人物は石橋だと思い込んでいたから、安斎が来て驚かなかったと言えば嘘になる。
「……ああ、ほんと助かったよ。ありがと安斎さん。だけどもうみんな帰ってるはずだよね? なんでまだ残ってたの?」
「どうしても花壇の様子を見てから帰りたくって残ってたんです。だけど様子を見たら元気のない子がいて、肥料もあげたくなって、つい長居しちゃって……」
「あはは、園芸部の鏡だね」
「それと河合君を探していたんです」
「河合君……?」
喜屋武に頬を強く打たれて飛んでいった眼鏡の行方も分からず、裸眼のままでぼんやりとした人影を玖珠は目で追った。
その人影が「まさに修羅場って感じ」と能天気に呟くのを聞きながら、玖珠は手首を縛っていた自分のネクタイがほどかれるのを感じ取った。
細い指だった。
安斎の指がしゅるりと衣擦れの音を立ててネクタイをほどいた後、その指先をどこかへ滑らせた。裸眼でその動きを追いかけると、なんと自分の首筋に触れられたのが分かって肩を跳ねさせた。
「ひゃっ? 何なにどうしたの安斎さん」
「この、首と耳の間のあたり……」
「うひ、ちょ、くすぐった……」
「二つ、大小と、並んでほくろがあるんですよ。河合君。――まるで双子星みたいに特徴的なやつが、ね」
***
「え? 河合君?」
二年生に進級してやっと半月が経とうとする、ゴールデンウィーク前の部活帰り。
喜屋武は自分のクラスメイトの名前を聞き返し、泣きついてきた二人組の後輩を振り返った。
涙目で俯く方の子を庇うように立ちふさがりながら、もう片方の子がふんふん怒って鼻息荒く語る。
「河合先輩ったら酷いんですよ、この子にさんざん優しくして思わせぶりな態度取っておきながら、思い切って告白したら“お前みたいなブスな馬鹿、興味ねーから”って。ありゃ絶対女泣かせのヤリチンですよ!」
まだ知り合って間もない後輩から聞かされるべきではないような、ヘビーな内容に頭が固まる。喜屋武は心底困り果てた。
「た、確かにそれは言い方キツイけど、何もあの、ヤリ……とかそこまで言うことないんじゃ……」
「だって私も散々振り回されてポイされたんですよ! 頼まれたから委員会のお手伝いいっぱいしたのに、ちょっとお買い物に付き合ってほしいって言っただけで“他を当たれクソビッチ”だなんて! 確かに下心はあったけど! ……ヤリチンには女がみんなビッチに見えるんですかね……」
河合雁也――話題の的である男子生徒を思い浮かべ、喜屋武はため息をついた。
河合は一年の頃から同じクラスだったので、その存在感についてはよく知っていた。通った鼻筋に猫を思わせるハッキリとした目元。校則の穴をつくように派手に染められた明るい髪色。
見た目の華やかさと誰にも態度を変えない社交性は多くの女子から人気を集めていたが、俗に「チャラい」と形容されるタイプである。
喜屋武は自他共に認める男嫌いだった。河合のような男は特に群を抜いて苦手だ。もはや忌まわしいといっても過言ではない。
できればああいった類の輩には自分から近づきたくないのが本音だったが――喜屋武は年下のいたいけな女子がもてあそばれ、泣かされたことに義憤を覚えた。せっかく新入部員が増えて活気を増した部の雰囲気を、あんな男一人に台無しにされたくもなかった。
何より、後輩に頼られたことが嬉しくて、その気持ちに応えたかったという理由もあった。