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「この世に“ごめん”で済む問題がいくつあると思う?」

 次第に青ざめていく喜屋武の顔を見ながら別のプランを考えるべきかと思い始めた頃、彼女はそっと声を発した。


「……なんて、ことだ……。そうとはつゆ知らず、私は君に、いや、玖珠さんにも、ものすごく酷いことをたくさん……」


 しばらく俯いていた喜屋武が、唐突に落ちていた矢を手に取った。それを振りかざそうとした腕を玖珠が慌てて掴む。


「何やってんだあんた!」

「離して玖珠さんッ! 私は償わなければいけない! 勝手な思い込みで二人に暴力を振るって、酷いことをたくさん言った! 何の解決にもならないけど、せめて二人に負わせた痛みと同じものを負う義務がある!」

「そうだよ何の解決にもなんねえよ! 分かってんならもっと有意義な詫び方を選べよ! 喜屋武さんあんた、そういうとこが問題なんだぞ!」

「……なら……」


 矢を取り落とし、喜屋武はスカートのポケットからスマホを取り出した。手帳型のケースから一枚のカードを抜き取り、名刺でも渡すように恭しい手つきでそれをこちらに差し出してくる。


「……私のキャッシュカードだ。お年玉貯金が入ってる。慰謝料にして欲しい。暗証番号は……」

「そういうのをやめろって言ってんだよこのバカ女ッ!」


 玖珠が思い切りその手を叩き落とした

 乱暴な手つきで再び喜屋武の胸倉を掴むので、即席で作った設定通りに石橋は女々しくそれを止めようとする。


「ちょっと玖珠さんっ、乱暴は――」

「黙ってろ石橋! ……なあ喜屋武さん、この世に“ごめん”で済む問題がいくつあると思う? あたしらが欲しいのはな、もう二度と喜屋武さんがあたしらに危害を加えないという約束だ。勝手に思い込むのもやめろ。アタシはあんたが思うような聖人君主じゃない。あんたのことも性的に好きにはなれない。そんで石橋、くんは……」


 玖珠が石橋を見ると、わざとらしいウインクを返された。うんざりした声で玖珠は続けた。


「石橋君は……あー……ちょっと間が悪いだけのオネエで、人の秘密に遭遇しはするが悪用はしない。理解したかい?」

「し、した。理解した……! 石橋君はちゃんと己斐西さんと話し合って、私にも秘密を打ち明けてくれたし、玖珠さんは……」


 じわ、と涙をにじませて、喜屋武は痛みに悲鳴を上げるように復唱した。


「玖珠さんは……私のこと、そういう意味で好きには、ならない……」


 それは彼女にとって、何よりも理解したくないことだったに違いない。


 もしかしたら喜屋武のこれまでの暴挙は、それを知っていて認めたくなったことが原因の、彼女なりの悪あがきだったのかもしれない。

 玖珠が自分を好きにならないのは、突如現れたどこの馬の骨ともしれないこの男のせいなのだと、喜屋武はそう思いたかったのではないかと石橋は感じた。


「オーケー、お利口さん。んじゃパーティーはお開きだ」


 良くも悪くもデリカシーのない玖珠が、素早くテンションを切り替えて喜屋武に手を伸ばした。

 クラスメイトを立ち上がらせようとする一人の学生としての心遣いだったが、今しがた失恋させた相手に対する振る舞いとしては少々残酷だ。


 それでも喜屋武がおずおずとその手を握り返したのは、やはり彼女がまだ、そんな玖珠の性格に惹かれているからなのだろう。


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