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「……石橋君、ホントにウチのスマホ何も見てない?」

 和田を置いて教室へ戻ると、そこはすでに無人だった。通学用のバックパックに教科書を詰めていると、自分の手が震えているのに気づいて石橋は唇を噛む。

 ポケットのスマホを取り出して、バックパックの奥の方に隠すように沈めてから、一度教室を出た。


 真っすぐトイレに向かい、無人の手洗い場で冷水を顔に浴びせる。薄く曇った鏡に、酷く青ざめた自分の顔が映っていた。

 ――石橋は本当に、心の底から平穏を愛していた。対人関係を築き上げたくはなかった。他人とかかわって悪意に晒されるよりも、自由で穏やかな孤立に安心を見出していた。その生活を守るために、彼は高校生活で精一杯振舞ってきたのだ。


「下僕に、するだと……同級生を……?」


 和田と、少なくとも河合が自分に悪意を向けていることが判明した。今後予想される対人トラブルに石橋はぞっとした。喧嘩は嫌いだ。いじめなどもってのほかだ。嫌がらせを受けるだなんて、考えたくもない……。


 顔を拭き、深呼吸して再び教室へ入る。その光景に、石橋は背筋に悪寒が走るのを感じた。自分のスマホ端末が、別の生徒の机の上に置かれていた。手のひらサイズのグレーの機種だ、間違いない。

 和田が証拠を消そうと勝手に移動させた? それともすでに河合が悪意を持って、石橋を貶めようと何らかの行動を開始している――?


 ゆっくりと机に近づき、動悸に震える指でおそるおそる指紋認証をしようとすると、パシャっと派手なシャッター音。


 <侵入者を確認>


 画面上にセキュリティアプリが立ち上がり、自分の顔がインカメラで映されていた。


「あー! それウチのスマホ!」


 背後に飛び込んできた声に、石橋は文字通り飛びあがった。早鐘を打つ胸を抑えながら振り返ると、派手な女子がずんずんと歩み寄ってくるところだった。

 河合の相方としてクラスの委員長を務める己斐西だ。目にまぶしいオレンジ寄りの茶髪をゆさゆさ揺らして来る姿を見て、彼女が今朝「スマホケースが割れてた」とわめいてたことを思い出した。


 ケースがないから見分けがつかなかったのだ。これは自分の端末ではない。


「うわ、ほんとごめん。僕のと機種同じだからびっくりして、なんでこんなとこに置いてんのかって――」

「え、機種同じなの?」


 自分の席に戻ってバックパックを漁ると、間違いなく石橋の端末が出てきた。カバーはなくガラスコーティングのみの、剥き出しの端末を見て己斐西が感心したようにはしゃぐ。


「うわガチで同じやつじゃん! やっぱこの会社ので防水レベル高いのってこれだけだもんねー」

「そうそう防水が決め手で……いやそんなことより、カバンに入れてたのに早とちりしてほんとごめん。中は全然見てないけど、嫌だったよね。申し訳ない……」

「あはは、石橋君のこと侵入者とかって写真撮ってる。このセキュリティアプリちゃんと仕事してんだね、ウケるわ」


 己斐西はケラケラ笑いながら写真を見せてきた。その明るさに救われる気持ちと、自分の無様さに死にたくなる気持ちで板挟みになった。なぜ先に自分の鞄の方を確認しなかったのか……動揺していたとはいえ、悔やまれる思いでいっぱいだ。


「うわだめだ本当に恥ずかしい。その写真削除しておいてね」

「それはいいけどさ。……石橋君、ホントにウチのスマホ何も見てない?」


 カラーコンタクトに彩られた紅茶色の瞳が、半ば睨むように射貫く。石橋は何事もなかったような顔で首を振った。


「見てない見てない。見る前に僕の方が写真撮られた」

「良かったー。ウチスマホで体重管理してるから、もし見られたら殺すとこだったわ。――でも石橋君、スマホカバーくらいつけた方がいーよ。これ安い機種だけどさ、やっぱ落として壊しでもしたら修理代いてえし」

「うん、そうするよ。できれば己斐西さんも早くあたらしいカバー見つけてね。もちろん勘違いした僕が一番悪いんだけどさ」

「今からちょうどスマホショップ見に行くとこ。……こっちこそ、変に疑ってごめんね。あんま気にしないでいいよ、同じ状況だったらウチも同じことすると思うし。それじゃ、バイバイ」

「うん、バイバイ」


 手を振り、己斐西が去る後ろ姿を見送る。一人になった教室で自分の端末を取り出し、石橋はフォトロールをスクロールした。

 先ほど本当は一瞬だけ、己斐西の端末が受け取った通知を見て知ったのだ。


<今夜は七時に駅前だったよね? 唯恋の好きな店を予約してあるんだ。会えるのが楽しみだよ>


 メッセージの差出人の名前は“しばいぬ”。内容的に己斐西の彼氏と言いたいところだが、わざわざ店を予約する辺り、相手は年上に思える。しかし、相手を彼氏だとは思えない。


 フォトロールの中に石橋は目当ての写真を見つけた。撮影日は去年の冬。駅前の繁華街の裏にあるショッピングモールで、男と腕を組んで歩く己斐西唯恋の写真。高そうなスーツに身を包んだ、どう見ても一回りは年上の男だった。彼の左手薬指には指輪が見える。


 ――パパ活、まだやってたのか。


 それは石橋が密かに知った、知っていることを知られていなかった、己斐西唯恋の秘密だった。



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