三月島の悪魔
3作目です。
私【あかり】はあの事件のことで警察の取り調べを受けていた。
「では、あなたは本当に何も見ていないのですね?」
「はい。全くの暗闇で・・・何もわかりませんが、生き残ったのは私だけ。それだけはわかります」
「生き残ったのがあなただけとなると、やはり犯人と疑われても仕方がないでしょう」
「私は誰も殺してはいません。あれはきっと・・・」
私は一呼吸おいて続ける。
「...あの場所に棲む、悪魔の仕業なんです」
そう、私は誰も殺していないし何も見ていない・・・それが真実。
高校時代、仲の良かった私たち五人はそれぞれ別の大学に進んだことで疎遠になっていた。大学を卒業して数日、五人の中で最も発言力のあった【みお】から連絡があった。
「あかり、久しぶり!元気にしてた?」
「みお!急にどうしたの?ずいぶん久しぶりだね」
「みんなもう社会人になるでしょ?働き始めたらもっと疎遠になっちゃうんじゃないかなって思ったから、思い出作りに旅行でも行けたらなって思って!他のみんなも予定大丈夫みたいだから、あとはあかりだけなんだけど、どうかな?」
「もちろん行くよ。すごく楽しみだね」
久しぶりに親友と会うことが決まり、社会人になる憂鬱なんて吹き飛んでしまった。
「決まりね!車で迎えに行くから家で待っててね」
週末、みおが車で迎えに来た。他の三人は車には乗っていないようだ。
「他のみんなは先に行ってるよ」
車が出発しどれくらいの時間が経っただろう。いつの間にか寝てしまっていたようで、みおの呼びかけで目を覚ます。
「着いたよ、ここからはクルーザーに乗るからね」
車から降りると聞こえる波の音と肌を撫でる潮風。
「えっ・・・?どこに行くつもりなの?」
「それはまたあとで言うから!」
そう言うとみおは私の手を引き走り始める。転びそうになりながらみおに続くが、段差で足を引っ掛けてしまった。
「きゃっ!」
「あ、ごめん。段差多いから気をつけてね」
みおが咄嗟に支えてくれたため、何とか転ばずには済んだ。
「みお、あまりあかりを急かすなよ。久しぶり、あかり。全然変わらないな」
【かずや】の声が奥から聞こえてくる。私が困っている時はすぐに助けてくれる、優しい男の子。
「ほんと久しぶりだね、あかり。みおもお疲れ様」
続いて【まやか】の声が聞こえる。私よりももっと消極的な性格で、いつもみおに振り回されていた。昔から妙な親近感がある。
「大学に入ってからほとんど会ってなかったもんな」
最後に【りょうた】。頭が良くていつも落ち着いている。みおと話す時だけ声のトーンが少し変わるから、きっとみおのことが好きなんだと思う。
「久しぶりにみんなの声を聞けて安心したよ。会えて本当に嬉しい」
「もう、あかりは大袈裟だなー」
みおがからかう様に言う。
「大袈裟なんかじゃないよ。本当に嬉しい」
大学ではあまり馴染めず、一人で過ごす事が多かった私にとって、嘘偽りの無い心からの気持ちだった。
「ところでさ、一体俺たちをどこに連れて行くつもりなんだ?」
りょうたが皆が気になっている質問を投げる。
「まあまあ、それは移動しながら話しましょう」
私たちを乗せたクルーザーがエンジン音と共に動き始める。
「みお、クルーザーの免許なんて持ってるんだね」
「まぁね」
みおの行動力はみんな知っている事で、誰もそれほど驚いてはいなかっただろう。
「じゃあ、そろそろ行き先を言いましょうか。」
十数分クルーザーを走らせたあと、みおは話し始める。
「では発表しまーす!行き先は・・・・・・曰く付きの無人島よ!」
「・・・・・・へ?」
想像の斜め上の答えに情けない声が漏れてしまう。
「無人島って・・・行ってもいいところなのか?」
かずやも心配しているようでみおに尋ねる。
「大丈夫、私のお父さんが持ってる島だから」
みおの家はかなりのお金持ちだ。たしかに、無人島の一つや二つ持っていてもおかしくはないのかもしれない。
「えっと、曰く付きっていうのはどういうこと?」
無人島という単語に気を取られていたが、確かに言っていた。「曰く付き」と。
「えっとね・・・」
みおは次のように語り始める。
【昔、ある資産家が所有する島に館を立て、妻と共に暮らしていた。しばらく夫婦水入らずで暮らしていたが、妻が病に伏し死んでしまった。妻の死に強いショックを受けた資産家は館に篭もり、狂ったように妻を生き返らせる方法を模索した。やがて資産家は妻を生き返らせる一つの方法を発見する。---悪魔との契約---。そんな現実離れした方法でも資産家は試し続けた。しばらくしてその資産家は全身から血を抜かれたような奇妙な姿で死んでいるのが発見され、オカルトマニア達の間で「悪魔に血を吸いつくされてしまったのだ」と噂になった。その後その島は多くの人の手に渡ったが、そこに赴いた者はみな奇妙な死体となって発見されている。】
「それ・・・本当なの?」
少しの静寂の後、その場にいた全員を代表して言葉を発する。
「大丈夫よ、お父さんが何回か行ったみたいだけど、特に変わったことは起きていないから。旅行のフレーバーとでも思っておいて」
「もう・・・怖がらせないでよ」
まやかが文句を垂れながらもクルーザーは進んでいく。30分程経っただろうか。操縦席からみおが声をかける。
「ほら、見えてきたよ」
「あの島か、結構大きいな」
「ほんとだ、それにとっても綺麗」
「すごい迫力だな」
先ほどの島の話を全員忘れたかのように声が明るい。いわく付きとは言え、無人島で過ごすという未知の経験に皆胸を躍らせているのだろう。
クルーザーのエンジン音が止まる。島に着いたようだ。
「到着!ようこそ、三月島へ!」
三月島。それが島の名前らしい。これから私たちが過ごす島。そして、惨劇の舞台となる島・・・。
クルーザーを降りて数分、足場の悪い道を歩きやがてみおが歩みを止める。
「着いたわ、ここが今回滞在する館」
「おぉ・・・」
「大きいね」
「俺達にはもったいないぐらいだな」
皆呆気に取られている。実際に館を見なくても、館の凄さが伝わるほどだ。
「私達以外誰もいないの?」
「ええ、私達五人以外、誰もいないわ」
それほどに大きな館であれば使用人がいるのかと思ったけど、本当に私達だけみたいだ。
「さて、入りましょうか」
館の扉が重そうな音を立てる。
「さぁ、入って入って!」
「あ、段差あるから気をつけてな、あかり」
「ありがとう、かずや」
かずやが手を引いてくれる。
「この前お手伝いさんが掃除してくれたみたい。しばらく使ってなかったけど綺麗でしょ?」
みおの言う通り、ホコリっぽさやカビ臭さは全く感じない。
「これなら快適に過ごせそう」
「そうだな、ゆっくり休めそうだ」
まやかとりょうたも気に入っているみたいだ。
「一人一部屋用意してるからね。とりあえず荷物を置きに行きましょう。部屋は二階だから着いてきて」
みおに連れられて階段を上がっていく。かずやは先ほどと同様に私の手を引いてくれた。
「優しいなかずやは」
「転んだら大変だからな」
「りょうたも見習わなきゃね」
そんなことを話している間に二階に着いた。階段を上がってすぐの部屋に「ここがあかりの部屋ね」とみおが案内してくれる。
「みんなを部屋に案内するから、あかりは部屋で待ってて。すぐ迎えに来るわ」
「うん、わかった」
私は荷物を整理しながら待つことにした。五分もかからず部屋の扉が開く。
「おまたせ。一階でお昼ご飯の準備をしましょうか」
みおに連れられて一階に向かう。他の皆はもう一階に集まっていた。
「お昼はカレーにしましょうか」
「いいね、私、野菜切るよ」
「俺は食器でも準備しとくか」
まやかとりょうたは役割を明確にしていく。
「えっと、私は何をしたらいいかな」
私だけ休んでいるわけにもいかない。何か手伝えることはないだろうか。
「そうね・・・じゃあかずやと一緒にお米の準備しててくれる?」
「うん、わかった」
すでにかずやはお米の準備を始めているみたいだ。
「かずや、私も手伝うね」
かずやの横にちょこんと座る。手伝うといっても何をすればよいかわからず、ただ横にいるだけだった。お米が炊けるまでかずやと昔の話をしたりしていた。
「あかり、みおにまたいたずらとかされてないか?」
「何もされてないよ。昔も別に気にしてなかったけど」
みおは私をからかったり、振り回されることもあったけど、それも含めてみおと一緒にいると楽しかった。
「そっか、まぁ何かあったら俺に言ってくれ。俺はお前の味方だから」
「あはは、大袈裟だよかずや」
そうこうしているうちにお米が炊きあがる。カレーの方も出来上がっているみたいだった。まやかがカレーを入れてくれて全員が食卓につく。こうしてみんなで食事をするのはいつ以来だろうか。昔話や最近の出来事など、話が途切れないまま一時間ほど過ぎた。
「少し部屋で休もうかな」
話し疲れたようで、かずやが部屋に戻ろうとする。
「俺も少し休みたいな」
「私も」
続いてりょうたとまやかも部屋に戻るようだ。
「あかりはどうする?」
みおが私に尋ねる。正直なところもっと話していたいと思う。
「私はあんまり疲れてないよ」
「私もなんだよね。じゃあ私の部屋で話そっか」
こうしてみおの部屋で二人で話すことになった。
三十分程話していただろうか。トークに華を咲かせていた私達の耳に届く、男の悲鳴。
「え、何!?」
その悲鳴は間違うはずもない、かずやのものだ。
「私見てくるから、あかりはここで待ってて!」
みおが勢いよく部屋から飛び出していく。みおには待っておくよう言われたけど、明らかに異常な状況にじっとしてはいられなかった。恐る恐る部屋を出る。みおの話によると私達の部屋は階段を上がってまっすぐの廊下に等間隔で並んでいて、かずやの部屋は一番奥だったはずだ。私は震える足で壁を伝いながら廊下を歩いていく。
「皆、来ちゃだめ!」
かずやの部屋からだろうみおの声が聞こえた。思わず歩を止めるも、再び足を進める。
「何、どうしたの!?」
後ろからまやかの声が聞こえる。まやかも恐る恐る歩いて来たのか、後ろにいることに今まで気付かなかった。
「まやか、あかり。来ない方がいい」
りょうたはみおと同じく、すでにかずやの部屋に着いていたらしい。
「だから、何があったの!?」
まやかが声を荒げる。
「かずやが・・・かずやが死んでいるの」
「え・・・」
予想だにしない言葉に息が詰まる。なんとか声を出そうとしている私を知ってか知らずか、まやかが代弁するかのように声を出す。
「それ・・・本当なの?」
「ええ、全身から血が抜かれたみたいに干からびて・・・」
---全身から血が抜かれた---
クルーザーの中で聞いた島の話が頭をよぎる。
「そんな・・・」
私はゆっくりと歩を進める。かずやのそんな姿を見ることはできないけれど、なぜか歩みを止めることはできない。みおがそんな私に走り寄って抱きしめる。
「ねぇ、本当なの?本当にかずやは・・・」
まやかが聞いたことを繰り返しみおに聞く。どうしても信じられなかった。
「ええ、間違いないわ。私は医大生だし間違えようがない。でも、あれは誰が見ても死んでいるとわかると思うわ。それぐらい悲惨だから・・・」
涙が頬を伝う。私はまるで子どもみたいに大声で泣いた。そんな私を見てか、みんなは落ち着いた様子で私を支えてくれた。
「とりあえず、一階に行きましょう」
まだ足が震えて立てない私にみおが肩を貸しながら一階に降りていく。客間に着いた私達は、置かれている状況を整理することになった。
「誰がこんなことを・・・」
「全身の血を抜くなんて、そういった設備でもないと人間にできるわけないわ」
まやかの問いにみおが答える。みおが言うならきっと本当に不可能なんだと思う。
「そんな・・・じゃあ島の噂は本当に・・・」
「そんなわけないだろ。現実的じゃない」
怖がるまやかにりょうたが強めの口調で反論する。
「じゃあ、かずやはなんで死んだっていうの・・・?」
全員が黙り込む。そんなこと誰もわかるわけがない。
「仲間を疑いたくはないが、一応皆何をしていたのか教えてくれ」
りょうたが探偵の真似事を始める。私達の誰かが犯人だなんて考えたくもないけど、頭のどこかでもしかしたらと考えてしまう。
「私は悲鳴が聞こえて、怖くてしばらく部屋に居たわ。でもやっぱり気になって部屋を出たの」
最初に話したのはまやか。まやかは悲鳴が聞こえた後、私より後にかずやの部屋に向かったから犯人じゃないと思う。
「私はあかりとずっと一緒にいたわ。そうよねあかり」
「うん、ずっとみおの部屋で話をしていたよ」
私とみおはずっと一緒にいたから、当然犯人じゃない。
「俺は悲鳴を聞いてすぐにかずやの部屋に向かったよ。かずやの部屋の前に着いたぐらいでみおも走ってきたよな」
「そうね。私も悲鳴が聞こえてすぐ廊下に出たから、かずやの部屋に走ってたりょうたの姿も見えたわ」
皆が自分の状況を説明していく。私達以外に島に人が潜んでいる可能性も挙がったが、定期的に使用人が見回っているらしくありえないらしい。たとえ誰かが潜んでいたとしても人の手では成し得ない殺し方だからと外部犯も否定された。
「やっぱり、悪魔の仕業なんじゃ・・・」
皆黙り込む。ばかばかしいと思いながらも否定することもできない。その後も議論は続くが結局答えは出ない。
「やっぱり、こういう時ってみんな集まっていた方がいい・・・よね?」
映画やドラマなんかだと定番だから・・・というだけではなく、単に一人になるのが怖かった。
「そう・・・かな」
まやかはそうでもない様子だった。まやかだけではなく、りょうたとみおもそうだった。
「俺は一人になりたい」
「そうね、鍵をかけていれば安全だろうし」
「そう・・・」
怖いけど今は私のわがままに付き合ってもらえるような状況でもない。仕方なくみんな自室に戻ることになった。
みんなと別れ、自室に戻ってから1時間ほど経っただろうか。私の部屋をノックする音。突然の事で驚きと恐怖で身を縮める。しばらくして扉の方から声が聞こえてくる。
「あかり、大丈夫?」
ノックの主はみおのようだ。
「うん、大丈夫」
「やっぱり怖いよね。少しの間一緒にいましょう?部屋に入れてくれる?」
「わかった、ちょっと待ってね」
腰かけていたベッドから離れ扉を開ける。
「あかり、一人で怖かったよね」
「うん・・・でももう大丈夫」
みおと共にベッドに腰掛ける。二人になったといえど、あまり話は弾まない。話が途切れるとみおが話しかけてくれる、そんな状況がしばらく続いていた。
「・・・何あれ」
みおは急に立ち上がると部屋を飛び出す。私はわけもわからずベッドから動く事ができない。一分もしないうちに二人分の足音が私の部屋に近付いてくる。
「みお、いったい何を見たっていうの?」
みおがまやかを連れてきたらしい。でも、まやかも状況を把握できていないようだ。
「ほら、あれ見てよ!」
「あれって・・・・・・え?」
まやかが息を飲む。いったい何が見えるのか、私にはわからなかった。
「あの木で吊るされているの、あの服ってりょうたのだよね・・・?」
「そうだね・・・見間違えるわけがない・・・」
「包丁でズタズタで・・・血だらけ・・・」
「え・・・」
二人の会話からやっと状況を理解する。おそらくりょうたはもう・・・。
「いや・・・!」
まやかが部屋を飛び出していく。
「まやか!あかりはここで待ってて、私はまやかを探してくるから!」
みおも勢いよく部屋を飛び出していく。また、私は一人になってしまう。二人が勢いよく部屋を出て行ったからか、扉の方から冷気を感じる。扉を閉め、その場に座り込んだ。
「わからない・・・なんなの・・・?」
私の知らないところで仲間がどんどんいなくなっていく。でも、その仲間の死を感じる事ができないどうしようもない怒りと恐怖に苛まれ、私は動く事ができなかった。
「きゃーー!」
廊下に響くみおの叫び声。嫌な予感がする。けど、行かずにはいられない。
「行かなきゃ・・・」
ゆっくりと立ち上がり部屋の外に出る。たしか廊下の端の方・・・かずやの部屋の方から聞こえた。壁を伝い、ゆっくりと廊下を進む。壁伝いに歩く私には数百メートルはあるように感じる。みおの泣き声にどんどんと近付いていく。やがて私は泣き声の元に辿り着いた。
「みお・・・?うっ」
おぞましいほどの血のにおい。想像したくもない光景が頭によぎる。
「違う・・・そんなはずない・・・まやかが死ぬなんて・・・!」
いつものみおからは想像がつかないほど取り乱しているようだ。三人も仲間を失っているのだから無理もない。
「みお、何があったの・・・?」
「あかり・・・だめ、逃げないと・・・」
みおは考えがまとまらないのか、私の手を乱暴に掴むとそのまま走り始める。
「とにかく、安全なところに行かないと・・・!」
みおに引っ張られながら走る。長い廊下を進み一つの部屋に入る。
「あかり・・・大丈夫・・・大丈夫だから・・・」
手を震わせながらも私を安心させようとする。みおもとり乱しているはずなのに。私はそんなみおの手を強く握った。
「みお・・・私がついてるから」
「あかり・・・」
みおはしばらくすすり泣くとようやく落ち着いたのか私の手を離す。
「ありがとう、あかり。もう大丈夫、今度は私が守るからね」
いつものみおだ。こんな状況でも安心感を与えてくれる。
「みお、何か見ていないの?」
「ええ、出ていったまやかを探していたんだけど、廊下の端で死んでいるのを見つけたわ」
相変わらずわからないことだらけだった。このまま安全なところで隠れているしかできないのか、これからどうなるのか不安でいっぱいになる。
「あかり、待ってて。私、周りを見てくるわ。心当たりがあるの」
「だめ、私も行くわ!」
もう仲間が死ぬのは耐えられない。それはみおも同じで私を安全な場所に置いておきたいのだろう。
「・・・わかった、行こう。でも、絶対に手を離してはダメよ」
みおが再び私の手を握る。そして歩き出した時・・・。
「あ・・・が・・・っ」
みおが声にならない声をあげる。それと同時にみおの手が脱力し、握った手からドロッとした温かい液体が私の手に伝う。
「な・・・んで・・・」
みおの手がするりと抜け落ちる。私は何が起こったのかを察した。
「みお!いや・・・いや・・・!」
暗闇の中、私は一人になった。いや、もう一人いるのだろう。恐怖に足が震え、一歩も歩く事ができない。立ち尽くす私の手に生暖かく濡れたものが触れる。それはどうやら手のようで私の手を強く握りしめる。
「いや・・・!」
振りほどこうとするが力が入らない。しばらく抵抗したあと、その何者かが私の手を引く。私はされるがままに何者かに連れられ、ゆっくりとした足取りで部屋を出て階段を下りていく。そして扉が開く音と共に冷気が私の肌に触れた。玄関の扉を開いたようだ。再び抵抗するが効果はなく、そのまま外に連れ出される。しばらく外を歩いたところで何者かは歩みを止め私の手を離す。ここで死ぬのか、私はそれしか考えることができなかった。
しばらく立ち尽くしていると、何者かが私の髪に触れた。その手をしばらくそのままにした後、再び私の手を握る。いや、私に何かを手渡した。それはケータイだった。使い慣れた感触、私のケータイで間違いない。ケータイを手渡した後、近くにいた何者かの気配が消える。そこで緊張の糸が切れたのか私はそこに倒れこみ、そのまま意識が遠のいた。
激しいエンジン音で意識を取り戻す。揺れる地面と肌に触れる潮風からここが船の上であることを理解した。
「おいあんた、大丈夫か!?」
身体を起こしたのを見てか、誰かが話しかけてくる。
「・・・えっと」
「俺たちは警察だ。安心しろ、ここはもう安全だ。通報があってあの島に行ったら館が燃えていて、外にあんたが倒れていたんだ。あそこで何があった?」
島での記憶を呼び起こす。確か最後に何か手渡されたような・・・。
「・・・あ、すいません、私のケータイを知りませんか?」
確か意識が途切れる直前まで握っていたはずだ。
「ああ、あんたのケータイなのか、あんたの横に落ちていたから証拠品として預かっているよ」
「あの、返してもらえますか?」
「うーん、一応証拠品だからな。しばらくは預からせてもらいたいが」
「そうですか・・・」
最後に手渡してきたということは何か意味があったのだと思う。それを確かめたかったけれど・・・。
「俺の監視下でなら今触っても構わないぞ。指紋が消えたら困るから袋からは出さないでくれよ。ガラケーだから操作できるな?」
「あ、ありがとうございます!」
「しかし、あんた若いのにガラケーとは珍しいね」
「はい、私はこれしか使えないので」
慣れた手つきでケータイを操作する。
『ボイスメッセージが一件届いています』
ケータイからの音声でボイスメッセージがあることを知る。ナビに従い、ボイスメッセージを再生した。
『・・・・・・あかり・・・・・・・・・私はこの島から出られない・・・・・・でも・・・・・・ずっと君を・・・・・・見守っているよ・・・』
加工され、男女の区別もつかない音声が流れる。
「これは・・・誰かわかるか?」
「いいえ、わかりません・・・」
私はしばらくケータイを握りしめた後、警察の人に返却する。
「もういいのか?」
「はい。たぶん、これしか今回のことに関わる物はないので」
「そうか、目覚めてすぐで悪いが、陸に戻ったら取り調べを受けてもらうことになる。あの島で生きていたのはあんただけだったからな」
「やっぱり、みおも死んでいたんですね・・・」
「館が焼けちまってたが、四人分の遺体が見つかったそうだ」
改めて仲間の死に触れる。夢なんかじゃなく、みんな死んだんだ。
「もうすぐ陸だ。詳しくは上陸してから聞かせてもらうよ」
何度も何度も取り調べを受け、結局犯人はわからないまま、三月島での惨劇は幕を閉じた。でも私は思う。三月島に巣くう悪魔にみんな殺されてしまったのだと。