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007 森で男性を助ける

 グレンが来なくなってから、一週間が経とうとしていた。毎年、夏の今頃はグレンの正妻であるライラの誕生日がある。この時期だけは、ライラの傍を離れることができない。

 愛人がいると知られてしまってから、ライラは過剰なほどグレンを束縛するようになってしまったらしい。

 リリーが見た訳ではないが、グレンがそう説明していた。自分の誕生日を最高のものにする為に、一カ月前からグレンの外泊を禁止して二人で準備をする。

 だからその期間は、グレンはこの森の家に来ることができない。この時期が一番辛くて、しんどいのだとグレンは零す。

 それはリリーも同じで、一週間に一度しか会えないのに一カ月間も会えないのは堪える。でも、先に弱音を吐くのはグレンだから、自分が我慢するしかない。


 リリーが、この森で暮らすようになったのはアレンが生まれてから。それまでは、王都のグレンの隠れ家でひっそりと暮らしていた。誰にも見つからないように。

 ライラにリリーの存在を知られてしまったら、実家がどうなるかわかったものじゃない。自分がどうなろうが自業自得だが、家族に迷惑をかけるのだけは許せなかった。

 そんな生活を続けて一年ほど経った頃、リリーの妊娠が発覚。グレンはとても喜んでくれて、二人の宝物だと言ってくれた。


 もちろんリリーも嬉しくて、生まれてくるのが楽しみで仕方なかった。リリーが暮らしていた隠れ家は、王都にあったが訳ありの者たちが暮らす区画だった。

 一見、貴族たちの近しい使用人たちの屋敷にカモフラージュされている。しかし実際は、誰かの愛人だったりするのだ。

 そういった事情から、リリーと一緒に暮らしていた使用人も少なくこぢんまりとした屋敷だった。リリーの身の回りの世話をしてくれる数人と、侍女のバーバラだった。


 行動範囲も制限される中、グレンの訪れを心待ちにするそんな毎日だった。


 ところがある日、使用人の一人が隠れ家に駆け込んで来てすぐにバーバラと馬車に乗るように言われた。

 事情も分からずに、馬車に乗ったリリーとバーバラはこの森に連れて来られたのだ。本当に突然のことで、身一つで放り出されバーバラと二人途方に暮れた。

 馬車を操縦してくれた従者に話を聞くと、ライラにリリーの存在がバレそうになったのだと教えてくれた。


 グレンは、細心の注意を払って生活していたが、帰宅したグレンのワイシャツにピンクの長い髪の毛が付着していたことに気づいて暴れ回ったらしい。

 グレンに、自分に隠れて愛人がいるのではないかと詰め寄った。


 グレンとライラとの間に子供はいない。グレンは、ライラが自分に飽きてくれることを祈っていて子供は作りたくないのだそう。

 もし、自分に飽きた時に子供がいたら縁を切りにくい。それぐらいライラとの結婚が嫌なのだと、顔を顰めていた。だけど、リリーは違う。僕の特別はリリーだけだから、二人の子供なら大歓迎なのだと輝く笑顔で語っていた。

 そんな言葉に、リリーはいつも喜びを感じた。私だけが、グレンの特別なのだとそんな言葉に酔っていた。


 だからこそ、愛人と子供の存在をライラにバレる訳には絶対にいかない。だからグレンは、もしもの時に備えてライラから遠く離れた森の中に、秘密裏に家を建てていた。

 そして、心配していたことが現実になり、この森にリリーとバーバラは連れて来られた訳である。


 リリーは、問答無用で森の中に連れて来られた時は途方に暮れていた。今まで、貴族令嬢として甘やかされて育てられたのだ。

 突然、バーバラと二人で森の中のログハウスに放り出されるなんて……。頼みの綱は、グレンだけなのにいつまで経ってもやって来ない。

 リリー自身どうしていいのか焦燥感に駆られていた。だけど、どんどん大きくなるお腹は次第に胎動を感じるようになる。お腹に手を当てて、自分の手を弾く胎動を感じて気落ちしていた心を持ち直す。


 この子を守れるのは自分しかいないのだと。数日置きにグレンの従者が食料を運んで来てくれた。

従者は、グレンからの手紙をたずさえていた。ライラの監視が厳しくて会いにこられない。落ち着いたら必ず会いにくるから、それまで耐えてくれという内容だった。

 リリーは、グレンの手紙を信じてバーバラと二人でここでやっていく覚悟を決めた。こうなってしまったのは、自分が選んだ道なのだ。今更、横道にそれる訳にいかない。


 だけど、一緒に連れて来られたバーバラの意見は違った。


「お嬢様、こんなのあんまりです。まだ、今なら戻れます。ご実家に帰りましょう」


 バーバラは、目に涙を溜めてリリーを説得しようとした。


「バーバラ、無理よ。グレン様を一人にできない。それに二人の宝物がここにいるのよ」


 リリーは、自分の少し大きくなっているお腹に手を置いた。もう後戻りできる時期は、とうに過ぎている。

 リリーは、グレンの縋るような目と自分を愛しむ瞳を捨てることができない。彼は、自分がいないと折れてしまう。だからリリーだけは、グレンを見捨てることができない。

 だって、リリーもグレンを愛しているから。これから森で暮らしていくことを受け入れるしかない。


「お嬢様……。私は……私は、こんなお嬢様を見たくはありませんでした……」


 バーバラの頬に、涙が堪え切れずに雫が落ちる。自分では説得できないと諦めたのか、バーバラは部屋を出て外に言ってしまった。

 リリーは、一人部屋の中に取り残され寂しくその場に佇んでいた。バーバラ、ごめんなさいと心の中で謝りながら……。



◇◇◇


 いつものように、洗濯物をしているところにアレンが顔を出す。


「お母様ー、散歩に行こうー」


 アレンが、リリーのエプロンの袖を引っ張っている。


「わかったわ。あとこれだけだから、散歩に行く準備をしてきて」


 リリーは、洗濯物を干しながらアレンに答える。


「やった。今日は、大きな木のところね」


 アレンは、屋敷の方に走って行く。きっとバーバラに頼んで、飲物やおやつを用意してもらうのだろう。

 大きくなったなと微笑ましいさを覚える。さあ、早く終わらせよう。リリーは、洗濯物を干す手を早めた。


 洗濯物を終えたところに、アレンが籠を持って戻ってきた。


「バーバラが、おやつを入れてくれたよ」


 嬉しそうにニコニコしている。リリーは、アレンから籠を受け取って彼と手を繋いだ。


「さあ、じゃあ大きな木のところに行こうか」


 リリーも、笑って歩き出す。二人は仲良く手を繋いで、アレンが好きな大きな樫野の木のもとに向かう。

 秋になると、沢山のドングリを落としてくれるのでそれを拾うのが大好きなのだ。今は夏だからドングリはまだ落ちていないが、アレンのお気に入りの場所になっている。


 今日は、昨夜降っていた雨の影響で緑が濡れている。いつもは、汗ばむくらいの陽気だが今日は少しひんやりとしていた。

 森の中には、鳥が飛んでいたりたまにウサギが目の前を横切ることもある。アレンは、生まれた時からこの森に住んでいるので庭みたいなものだった。


「お母様、大きな木のところに誰かいるよ」


 リリーは、景色を楽しみながら進んでいたので真っすぐ前を見て歩いていたアレンが先に気が付いた。

 リリーが、大きな木の方向に目を向けると確かに誰かが木の根元に座り込んでいる。アレンが、リリーの手を離してバーっと走って行ってしまう。


「アレン、待ちなさい」


 リリーは、ライラの追手かもしれないとアレンを追いかけた。子供のすばしっこさに負け、アレンは座り込んでいる人の前で顔を覗き込んでいる。


「アレン、こっちに来て!」


 リリーは、必死にアレンに訴えるが全く聞いてくれない。


「お母様、この人ケガしているみたいだよ?」


 アレンは、座り込んでいる人を見て言った。リリーも、そう言われてしまっては確認せざるを得ない。アレンの横に立って、座り込んでいる人を見た。

 よく見ると、平民のようなラフな格好の男性だった。腕をケガしたのか服が破れて血が出ている。しかも、昨日の雨のせいなのか全身がびしょ濡れだった。気を失っているのか、男性はリリーたちに気が付いていない。


 リリーは、どうしようかと迷う。このまま気づかれないで静かにここを去るのが一番だが、アレンもいる手前見捨てていくことに抵抗がある。

 リリー自身も、ケガを放っていくのは気が引けた。


「あの、どうしました?」


 リリーは、男性に向かって声をかけた。全く返答がない。それを見ていたアレンが、男性の肩を叩いて呼びかけた。


「おじさん、大丈夫?」


 すると、「……う……ん」と意識を取り戻したのか男性が俯けていた顔をゆっくり起こした。


「大丈夫ですか?」


 リリーも、しゃがみ込んで男性と視線を合わせた。


「ここは……。ああ、そうだ……馬から落ちて……」


 男性は、自分でも今の状態がどうなっているのかわかっていなかったのか、ゆっくりと考え考え言葉を口にしている。


「おじさん、ケガして立てないの?」


 アレンが、心配そうな顔をしている。


「あ……ああ。君たちは?」


 男性が、アレンとリリーを見ると不思議そうな顔をしている。その瞳は、ラピスラズリのような深い青だった。

 青い瞳の中に金色の星が散っているみたい。黒い髪は、癖っ毛なのかぐちゃぐちゃだ。無精ひげを生やしていて、恰好からしても貴族というなりではなかった。


「この近くに住んでいる者です。あなたは、なぜこんなところに?」


 リリーも不思議に思って訊ねる。ここは王都の端にある森の中。この先はもう隣国のグヴィネズ国に繋がっているので、自国の者がここに来ることはほぼないのだ。


「実は、グヴィネズ国に帰る途中に乗っていた馬に振り落とされて……。足と腕を負傷して動けなくなっていたんだ」


 男性は、片方の足を起こして腕を膝に乗っける。少し動いただけでも痛みがあるのか、顔を引きつらせている。


「そうですか……。起き上がれますか? うちで良ければ、手当します」


 リリーは、見捨てていくこともできずに提案した。


「申し訳ない。手を貸してくれると助かる」


 男性は、至極申し訳なさそうに顔を曇らせている。リリーは、自分の手を差し出す。男性は、リリーの手を取ってゆっくりと立ち上がった。


「うっ……」


 足が痛いのか、片足を曲げている。


「大丈夫ですか? とにかく頑張ってうちまでなんとか歩いて下さい」


 リリーは、咄嗟に男性の腰に手を当てて肩を貸す。


「本当にすまない」


 男性は、そういいながらゆっくりと歩き出す。


「おじさん、こっちだよ」


 アレンが、先に歩いて道案内をする。リリーも、男性についてゆっくりと歩き出した。




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