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049 会いたかった人

 リリーは、必死でダニエルの名前を呼ぶが意識を取り戻すことはなかった。普通に話ができたので、思っているよりも傷が深くないのだと安心した直後だった。

 ダニエルは、きっとリリーに心配させまいと平静を装っていたのだ。どこまでも、リリーに甘くそして愛に満ちていた。


 リリーは、ダニエルの横に座り直し頭を自分にもたせ掛けて彼が座席からずり落ちないようにした。

 ダニエルの腕を取って脈をとると、きちんと一定の感覚で脈を打っている。生きていてくれることに泣きたいくらいの喜びがある。

 意識を失ってしまい心配ではあるが、応急処置もしたし脈も確認が取れる。もう、後は早くお医者様にみせるしかない。リリーは、ダニエルの顔を見て祈る気持ちだった。


「お母様……」


 アレンが、小さな声でリリーを呼んだ。


「アレン、どうしたの?」


 リリーは、ダニエルが意識を失ってしまったことで取り乱してしまいアレンのフォローを忘れていた。


「おじさん、大丈夫?」


 アレンが、とても心配した表情でダニエルを見ている。丁度一年前と同じような状況に、懐かしさが込み上げる。


「大丈夫よ。お母様、ちゃんと手当したから。アレンも大丈夫? 怖かったでしょ?」


 リリーは、優しくアレンに話す。


「んーん。僕、おじさんにお母様に会わせるからって、絶対に二人とも助けるから安心しろって言われたの。だから怖くなかった」


 アレンが、にっこり笑顔で笑う。その顔を見ると、リリーは込み上げてくるものがあった。一年前と変わらない笑顔がそこにあったから。


「そう……。アレン……この一年、色々とごめんね……。お父様ともこんなことになってしまったし……」


 リリーは、項垂れるようにして言った。自分に起こったことは、全て自業自得だから我慢できる。だけど、アレンは何も悪くないのだ。

 親の事情に巻き込まれただけ。この一年のアレンのことを思うと、申し訳なくて悲しかった。


「僕、お母様と一緒にいられたらそれでいいよ。お父様は嫌なんだ。ちっとも約束を守ってくれないし。おじさんの方が、僕は好きだよ」


 アレンは、父親のことを思い出したのかつっけんどんな言い方をする。溜まりかねていたことがあったかのように……。


「お父様と暮らせて楽しくなかったの?」


 リリーは、どうしてこんなにグレンに怒っているのか不思議だった。森の家で暮らしていた時は、仲のよい親子だったのに……。


「全然、好きなことをやらせてもらえなかった。貴族のお勉強ばっかりで。しかも、お母様に会わせてくれるって約束しても、今日はやっぱり無理だったって嘘ばっかりなんだ」


 アレンが、嫌なことを思い出して顔が怒っている。リリーは、アレンの話を聞いて息子にまで適当なことを言っていたのかと呆れてしまう。すっかり嫌われてしまっている。


「そんなことがあったの……」


 そうリリーが口にすると、丁度ガタンッと馬車が止まった。馬車の扉が開き、見知らぬ男性が顔を出す。


「到着しました……ダニエル様?!」


 扉を開けた男性が、ダニエルがぐったりしている様を見て驚き声を上げた。


「すみません! 応急処置はしてあります。すぐにお医者様を呼んで下さい」


 リリーは、男性にダニエルの状態を説明する。すると血相を変えて、屋敷の中に走って行った。

 男性は、何人もの使用人を引き連れてすぐに戻って来て、皆で協力してダニエルを屋敷に運び入れた。リリーとアレンは、その光景を邪魔にならないように見守っていた。


 しばらくすると、女性のメイドがリリーの元にやって来た。


「リリー様とアレン様ですよね? ダニエル様から伺っております。屋敷の中へどうぞ」


 リリーは、戸惑いながらもメイドに従って屋敷の中へと着いていった。アレンとしっかり手を繋いで、屋敷の廊下を歩く。

 ダニエルは、ヴォリック国での爵位は男爵だと言っていた。屋敷の規模はそこまで大きくないが、中に入ると古い物が丁寧に手入れされた趣のある邸内だった。


「こちらでお待ち下さい。ダニエル様は、すぐに医者の手当を受けています。安心して下さい」


 メイドが、頭を下げると踵を返して元来た方に廊下を足早にかけて行った。安心して下さいと口では言っていたが、きっとみな使用人たちも動揺しているのだ。

 リリーもダニエルのことは心配だったが、これ以上自分にできることはないとグッと堪える。応接室らしき部屋の扉を開けた。


「失礼します」


 リリーは、一応声をかけて中に入った。すると――――。


「お嬢様!」


 リリーが、良く知る声が聞こえた。声のした方を見ると、バーバラの顔がそこにはあった。


「バーバラ!」


 リリーは、驚き大きな声を上げる。


「良かった。本当に良かったです」


 バーバラが、ソファーから立ち上がりリリーの傍に寄ってギュっと抱きしめた。


「バーバラ……。どうしてここに……。バーバラも無事で良かった……」


 リリーも、バーバラとの再会を喜び強く抱きしめ返す。森の家で、グレンがバーバラのことを何も教えてくれなかったのでとても心配していた。

 だけど、ダニエルがあんなことになってしまい、もうどうしていいのかわからなかった。ここに来るまでの間、ダニエルの心配をしつつバーバラのこともどうか何もありませんようにと祈り続けていた。

 色んなことが一片に起きて、リリーの胸の中は不安で不安でしかたがなかったのだ。


 それなのに、ダニエルはリリーの心配事を全部取り去ってくれた。自分は、傷までおってしまったのに……。ダニエルへの思いが溢れて、目元に熱を持つ。


「お嬢様、どうされたんですか?」


 リリーは、バーバラの胸で声を出さずに泣いていた。


「ダニエル様が……グス……わたしを……助けるために。グレン様に……グスッ、刺されたの……」


 リリーは、つっかえつっかえバーバラに話す。バーバラに会えたことで、張りつめていた糸が切れたのだ。小さい頃からずっとリリーに仕えてくれていたバーバラ。

 変わらない彼女のぬくもりを感じたら、ダニエルへの申し訳なさとか、意識を失う前に聞いた言葉の意味とか、自分のダニエルへの気持ちとか色々な感情が溢れ出る。


「お嬢様、きっと大丈夫です」


 バーバラは、優しくリリーの背中をさする。


「お母様、泣かないで。きっとおじちゃんなら大丈夫だよ。だって、お母様の手当凄かったよ! バーバラ、お母様凄かったんだ!」


 アレンが、リリーを慰める。そして、先ほどのリリーの手当した様子を興奮した面持ちでバーバラに説明している。

 バーバラも、感心したようにアレンからリリーの話を聞いていた。アレンがそんな風に自分を見ていたなんて思っていなくて、なんだがおもはゆい。

 バーバラに会えたことで緊張の糸が切れてしまったが、アレンがいるのだからしっかりしなければと涙を拭う。


「そうね、アレンとバーバラの言う通りね。きっとダニエル様は大丈夫」


 リリーは、自分に言い聞かせるように言った。


(そう、絶対にダニエル様は大丈夫。それに、私の気持ちだってまだ伝えていないのだから……)


 それから三人は、ソファーに座ってこれまでの経緯を話した。リリーとバーバラは、順番にそれぞれ話す。

 話をしている間に、アレンは安心したのかソファーで眠ってしまった。リリーの膝にアレンの頭を乗っけると、彼の天使のような寝顔が覗きとても可愛い。


 しかし、アレンを膝に乗せながら聞くバーバラから聞く話は、リリーの想像を超えるものだった。

 バーバラがこの屋敷にいた理由……。それは一週間前に、グレンによってピーターソン家から追い出されたからだった。

 バーバラは突然グレンから呼び出しがあり、何事かと思ったらアレンをリリーに返すと告げられた。一瞬喜んだが、以前のようにバーバラとリリーを一緒に暮らさせることはできないと言われた。

 二人を一緒にするとリリーがまた逃げ出すかもしれないだろう? と言われ、もう二度と自由はあげられないと嫌な笑みを浮かべた。

 そして、バーバラに手切れ金を渡しそのまま屋敷から出されたのだ。バーバラは、その足でダニエルを頼ってミラー男爵の屋敷に助けを求めた。


 リリーは知らなかったのだが、ダニエルはピーターソン家に自分の従者を使用人として忍び込ませていた。だからバーバラとダニエルは、リリーが思っているよりもずっと密に連絡を取っていたのだ。

 このダニエルの助けによって、バーバラもとても助けられた。アレンの味方がバーバラ一人しかいなかったので、常に神経を尖らせていてとても辛かったのだそう。

 しかし、ダニエルの従者が来てくれて、バーバラにもほんの少し余裕が生まれた。お休みを取ることもでき、そんな時は屋敷の外に出向きダニエルと会ったりした。

 そうやって、バーバラはダニエルと協力してアレンを守ってくれていた。


 だからバーバラが、すぐにミラー男爵の屋敷にダニエルを訪ねて行くことができた。ダニエルに会うと、リリーがグヴィネズ国から姿を消したと説明された。

 バーバラの話を聞いてダニエルは、リリーはグレン元にいるのではないかという推察に辿り着く。

 ピーターソン家に潜入している従者に、グレンの身辺を調べるように指示を出し今回の計画を知ったのだ。

 バーバラはこの一週間、生きた心地がしなかった。アレンの元を離れてしまったし、姿を消したリリーのことも心配だった。

 だけどダニエルが、必ず二人とも無事に助けると言ってくれたのでその言葉を信じて待っていたのだ。


 ダニエルは、バーバラに一度で全てを終わらせると話をした。リリーのことで一番難しいのがアレンのことだった。

 だからダニエルは、これはチャンスだと捉えこのグレンの計画を上手く使わせてもらうことにした。

 リリーには申し訳ないけれど、少しだけ我慢してもらって一気に片を付けるとバーバラに話していた。


 話を聞き終えたリリーは、自分の知らないところで色々なことが起こっていたことに驚愕する。

 まさか、ピーターソン家に従者を潜入させているとは思っていなかった。リリーの為に、そんなことまでしてくれていたなんて……。一体、自分は何で返していけばいいのだろう……。


「バーバラ……。私、ダニエル様に一体どうやってこの恩を返せばいいの……」


 リリーは、もうわからなかった。自分が無くしたものを宣言通り、全部返してくれた。こんなこと、本当に実現するなんて考えてもいなかった。


「お嬢様……。きっと、ダニエル様は何かを返してもらいたくてここまでしてくれた訳ではないと思いますよ。何か、お嬢様に言っていませんでしたか?」


 バーバラが、リリーの手を取り優しく訊ねる。


「ただ好きなんだって。笑っていて欲しいんだって」


 リリーが、ポツリと力なく呟く。


「きっとこれは、ダニエル様のお嬢様に対する気持ちなんです。彼の無償の愛です。だからお嬢様も、素直な気持ちを返せばきっと一番喜んでくれますよ」


 バーバラが、にっこり微笑む。


「私の気持ち……。そんな……私の気持ちだけでいいの? それだけじゃ見合う訳ないわ……」


 リリーは、少女に戻ってしまったように戸惑いを浮かべる。グレンの捻くれた愛情のせいで、リリーは純粋な気持ちを忘れてしまっていた。


「お嬢様、『それだけ』なんかじゃありません。自分が好きになった人が、好きになってくれる、愛してくれる、それは何物にも代えがたい幸せなんです。もし、お嬢様の気持ちがダニエル様にあるのなら、それは一生懸命彼が努力して勝ち取ったものです。ダニエル様が目を覚まされたら、伝えてあげて下さい」


 バーバラが、リリーと視線を合わせて優しく説く。バーバラも、リリーとダニエルに幸せになってもらいたいのだと優しい瞳が言っている。


「バーバラ……ありがとう。今だけじゃなくて、今までずっと。この一年もずっとずっと」


 リリーは、もう一度バーバラに抱き着いた。


「アレン様が起きてしまいますよ」


 バーバラはそう言って、もう一度リリーの背中を優しく撫でた。


明日で完結となります。

二ヶ月弱、ありがとうございました。

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