042 春は変化の時
リリーは、四月からイーストリー学園に通い始めた。この学園の生徒は、様々な理由から入学を希望している。基本的には、三年間が満期の卒業となるが一年ずつの単位制となっている。
一年に決められた単位を取得すれば、学園の卒業資格が得られる。単位が足りない場合は、卒業資格を貰えないまま学園を去るかもう一年留年するかになる。
リリーは、とりあえず一年間の約束で通うことになっている。その後は、リリーがどうしたいのか決めていいと言われた。
学園に無事、合格したリリーはまず初めにバーバラに手紙を書いた。今のリリーの近況と、色んな人に助けてもらって学園に通うことができるようになったこと。とても前向きに生活を送っていることを書いた。
そしてアレンにも、ごく簡単な手紙を書く。渡してもらえるか、読めるかわからないが気持ちだけでも書いて満足する。
アレンと別れてから八カ月程がたつ。どんなに大きくなってしまったのだろう。大きくなったアレンを想像すると、笑顔のアレンが頭の中に浮かぶ。
どうか、元気でいつも笑っていて欲しい。アレンに望むのはそれだけだ。
そしてリリーは、めでたく無償で学園に通う枠を勝取った。上位での合格を果たしたのだ。でも、一年間きちんと決められた順位をキープしなければいけない。
引き続き、気を抜くことなく勉強を励むつもりでいる。
学園の授業は、選択制になっていて自分が勉強したい教科をとることができる。決められた単位さえとれば、同じ科目を重複してとってもいい。
リリーは、医学に興味があり他の科目よりも多く選択した。ダニエルを助けた時に、手当をしたのはバーバラだったので自分でも病やケガの手助けができたら、将来役に立つのではないかと考えた。
あの時は、何もできなくてただ見ているだけだった。今度は、自分が率先して看護ができたらと思ったのだ。
学園には、制服があり国から支給される。様々な身分の生徒がいるので、服装で差がでないようにと国が配慮してくれるのだ。国からの補助がかなりしっかりしている学園だが、これにもちゃんとした理由がある。
イーストリー学園で学んだ生徒は、グヴィネズ国側から要請があった場合は国の為に働かなければならない。その期限は1年間で、給料も研修生として扱われ普通よりも安い。
期限が過ぎても働き続けたい者は、引き続き正規の給料で働くこともできる。
要するに、優秀な人材を身分の差関係なく育てる学園なのだ。人材を育てて、国の為に力を使ってもらい結局は国に還元される。とても理にかなったシステムになっている。
そうは言っても、やはり学園に合格するほどの学力はそれなりの資金と努力が必要になる。どれだけやる気があっても、勉強できる環境がなければ試験に合格できないのだ。
だから、リリーが上位で合格できたのもマーティン家の助けがあったおかげ。学園に入ってから、それを強く感じた。
本当に色々な境遇の人たちがいたのだ。リリーも、普通の人よりは色々あったほうだと思ったが世界は広かった。いかに自分が甘ちゃんだったのか思い知る。
決して自分が良いことをしたとは思えないが、いくらでも志があればやり直しがきくのではないかと思うようになった。
四月になってから学園に通い始めたリリーだったが、マーティン家の屋敷にはダニエルの姿はない。春になり、貴族の社交シーズンが始まったのでヴォリック国に行ってしまったのだ。
夏までは、ヴォリック国でミラー男爵として過ごす。何のためにそうやって暮らしているのかは、教えてもらえなかったのだが……。
ダニエルが、ヴォリック国に出掛ける日の朝、リリーはマーティン夫妻と共にお見送りをした。
「では、リリー行って来るよ。手紙もきちんとバーバラに渡すからね」
ダニエルが、笑顔でリリーに約束してくれる。
「ありがとうございます。お帰りの際は、重々気を付けて下さいね。私も、こちらで一年を無駄にしないように精一杯学びたいと思います」
リリーは、しっかりとした気持ちでダニエルに宣言する。
「何だが、こちらに来ていい意味で弱さみたいなものが取れたかな? 初めて会った頃よりも目に力がある気がする」
ダニエルが、リリーを褒める。
「本当ですか? 自分ではよくわからないんですが……。今度アレンに会う時は、もっとちゃんとした大人でいたいって思ってて」
リリーは、ちょっと照れてしまいはにかみ気味だ。
「あはは。リリーは、ちゃんと大人だよ。じゃー、四カ月ばかり留守にするけどリリーもあまり頑張り過ぎないように。行って来る」
ダニエルは、リリーの頭をポンポンと叩く。
「父上も母上も、リリーのこと宜しくお願いします」
ダニエルが、リリーの保護者のようなことを言っている。
「何だその言い方は? お前は、リリーの保護者か?」
マーティン伯爵が、笑って聞いている。リリーにとってみたら、なかなか気まずい質問だ。
「今のところ、婚約者候補かな? 目下、口説き中だから」
ダニエルは、堂々と宣言している。リリーは、聞いていないふりをしたかった。
「もう、わかったから早く行きなさいな。リリーの顔が、気まずいって言っているわよ」
マーティン夫人が、リリーのフォローに回ってくれる。
ダニエルは、苦笑しながらマーティン夫妻に一言挨拶をして馬車に乗り込んだ。するとすぐに、馬車が動いてリリーたちの前を通り過ぎて行った。
ダニエルは、案外あっけなく行ってしまう。
「何だか、あっという間に行ってしまいましたね……」
リリーは、ちょっと寂しくてポツリと漏らす。
「あら、あの子がいなくて寂しいのかしら? 離れている時間が恋を育むのかしらねー」
マーティン夫人が、意味ありげにリリーを見てニッコリと笑う。隣で、マーティン伯爵も頷いている。
リリーは、自分ではそんなつもりなかったのだが……。そう言われると、そんな気がしてきてちょっと顔が赤くなる。
グヴィネズ国に来てから、ダニエルとは毎日顔を合わせていたので寂しいのかもしれない。両親に再会してから、ダニエルの専属侍女も辞めてしまったので、正直それもちょっと残念だった。
毎日、「おはようございます」を一番最初に言う相手がダニエルだった。仕事だと思っていたが、知らず知らずの内に一日の元気をもらっていた。
ダニエルの気持ちに応えられないと、自分で断ったはずなのにこんな風に思う自分が嫌になる。とにかく、今は目の前のことに集中する。
リリーは、ダニエルが乗った馬車が去った方向をずっと目で追いかけていた。




