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004 二度目の偶然は運命なのか

 グレンと別れたリリーがホールに戻ると、父親に見つかりこっぴどく叱られてしまう。この日、リリーが図らずしも一人になれてしまったのは、母親が体調を崩してしまい不参加だったのが大きい。

 兄や姉たちは、夜会が始まる前に少しだけ顔を合わせた程度。社交シーズンが始まったばかりで、久しぶりに会うに方々に挨拶するのに忙しく、リリーを気にかける暇がなかった。

 それに家族の誰もが、田舎貴族のリリーに危ない輩が絡むことなど考えてもいなかったのだ。


 リリーは、領地でこそ領主の末の娘として可愛がられていたが貴族社会の中に入ってしまえば、目立つような子ではない。

 特質した容貌を持っている訳ではなく、標準的な素朴な女の子。遊び人が好んで声をかけるタイプの女の子ではなかったので、家族たちもどこか安心していた部分があった。


 それに父親が目を離した隙に、まさか一人でどこかへ行ってしまうなんて思っていなかった。リリーにそんな行動力があるなんて、父親も内心では驚いていた。

 リリーはこの時、父親の余りの剣幕に本当のことが言えずにお手洗いに行っていたと嘘をつく。この時の出会いが、リリーにとって人生を大きく変えてしまうことになるなんて、誰にも知る由もなかった。というか、上の三人の子どもたちの社交デビューが、特に何事もなく終わっていたので油断していた節もある。

 後にこの時のことを父親は、後悔することになるのだが……。


 父親のお説教を終えたリリーは、父に紹介された男性と初めてダンスを踊った。会って挨拶を交わした瞬間、社交辞令の笑顔だとわかる。

 一曲踊ってくれたけれど、事務的な淡々とした振る舞いだった。リリーは、夢に描いていたようなダンスではなくて人知れずショックを受けていた。

 お互い、両親に勧められたから一緒に踊っただけ。でも、社交会なんてものは本来そんなものなのだ。初めて踊った相手と運命の出会いを果たす。そんな夢のような出来事は、しょせん夢なのだ。

 夢見がちなリリーの心には、少なからず衝撃だった。突然グレンが、リリーにダンスを誘いに来てくれないだろうか? と期待するもそんな奇跡みたいなことは残念ながら起こらない。

 きっともう出会うこともない人だと自分に言い聞かせる。ホールに戻って、自分よりも可愛くて綺麗な子たちを見ていると、あんなに素敵な方が自分に興味を持ってくれるなんて思える筈もなかった。


 無事にデビュタントを終えたリリーは、その後も頻繁に父親と一緒に夜会に出掛けた。年頃の娘は、そうやって夜会に足しげく通いながら自分の伴侶となる男性を探す。

 王都の学園に通う令嬢や令息なら、そこでの出会いもあるのだが……。四人兄姉の末っ子だったリリーは、そこまでお金をかけられる訳もなく自宅での家庭教師で済ませられていた。

 それに、高位の貴族の子供となると幼い頃から婚約者がいる場合もあるが、フローレス家に縁談を申し込む家などなかった。

 田舎貴族で父親の交友関係が狭く、良縁を見つけることができなかった。それでも、リリーの兄姉たちは自分で伴侶を見つけた。

 リリーもきっとその内、身の丈に合った人が見つかるだろうと父親は軽く考えていた。


 デビュタントの後も連日、リリーは父親と一緒に夜会に参加をした。王都に住む令嬢たちは、母親のお茶会などに幼い頃からついて行くことが多いので、独自の交友関係を持っている。

 だから同じ年頃の令嬢たちで固まっておしゃべりしていて、とても楽しそうだった。そうしていると、令息たちのグループにダンスを申し込まれ交友関係がどんどん広がっている。

 リリーと言えば、学園に通っている訳でもないので全く友達がいない。父親の後を付いて回っているだけでは、ダンスに申し込んでくれる男性にも巡り合わない。

 最初のうちは、それでも夜会の雰囲気に心躍らせてホールにいるだけで楽しかった。でも、二回、三回と夜会に出掛けると段々と自分に自信がなくなってくる。

 全く、リリーに声をかけてくれる男性がいないのだ。一体お姉様たちは、どうやって今の旦那様を見つけたのだろう? もっとよく話を聞いておくのだったと後悔していた。


 そして、四回目の夜会だっただろうか? いつもの様に父親にエスコートされながら挨拶回りをしていた。疲れたリリーは、少し休憩してくると父親の元を離れる。

 リリーは、飲み物を取りにいくつもりだったがふと庭園に続く扉が目に入った。父親からは、一人で外に出てはいけないとデビュタントの日に言われたのだが……。

 ここ数日の夜会に少しうんざりしていたのだ。どうせ、誰も自分には声をかけてくれないからトラブルになんかならない。

 それに初日に見た、夜の庭の綺麗さが忘れられなくてこのお屋敷の庭園はどうなっているのか興味を引かれた。


 ちょっとだけなら大丈夫だろうと、リリーは飲み物を取りに行くのを止めて庭へと向かった。外に出ると、室内の熱気から火照っていた体に夜風が当たって気持ちがいい。

 この前と同じようにリリーは、人がいないところを探して歩いて行った。このお屋敷の庭も、赤やピンクの花が咲いていてあちこちに蠟燭の火が灯っていた。妖精が、花や木の間を飛んでいるように見えてとても可愛い。

 落ち込んでいた気分もすっかり吹き飛び、夜の庭の空気を楽しんでいた。すると、庭の端まで来てしまったのか生け垣にぶつかってしまう。

 そろそろ戻ろうと、来た道を振り返りホールの入口に向かって歩きだす。帰りも気分よく歩いていた。すると、さっきは誰も座っていなかったベンチに男性が一人腰かけていた。

 変な人じゃなければいいけれど……と、ゆっくりと前を通り過ぎようとした――――。


「リリー?」


 リリーは、自分の名前を呼ばれて心臓が飛び出そうなほどびっくりした。誰? と足を止めてベンチを見ると、そこにいたのはグレンだった。


「グレン様?」


 リリーは、恐る恐る呟く。


「ああ、やっぱりリリーだった。また会いたいって思っていたんだ」


 グレンが、金色のガラスみたいな瞳で輝くようにリリーに笑いかける。綺麗な男性にそんな風に言われて、通り過ぎることなんてリリーにできる訳なかった。


「こんばんは」


 リリーは、何と答えていいか分からずに平静を装って挨拶を返した。本当は、胸がドキドキ音を立てている。普通に返した言葉でも、グレンは嬉しかったのかふわっと雰囲気が和んだ。


「今日も少し、おしゃべりしてくれないかい?」


 グレンが、自分が座っているベンチの横を叩いている。隣に座ってと言われているようだった。正直、リリーは迷っていた。またここで話をしていたら、父親に怒られる。

 だけど、社交界で全く相手にされないリリーにはグレンの誘いは有難かった。


「駄目かな?」


 リリーがなかなか座ろうとしないのを見て、グレンが至極残念そうに言う。その顔がとても寂しそうで、リリーにはどうしても断ることができなかった。


「あのっ、少しでしたら大丈夫です」


 リリーは、少し間をとってグレンの横に腰かける。


「ありがとう」


 グレンがとても嬉しそうな笑顔を溢すから、リリーの胸がドキンと跳ねる。そんな笑顔を向けられて、どう反応して良いのかわからない。喜んでいいのか、困って見せた方がいいのか……。

 リリーは、自分の男性への免疫のなさに心の中で泣きたくなる。結局、何も答えられずに夜の景色に視線を向けるしかなかった。


「ねえ、リリー。リリーは、何の食べ物が好き?」


 グレンが、誰でも答えられるような質問を振ってくれる。きっと、リリーが戸惑っているのがお見通しで緊張を解いてくれたのだ。その気持ちを受け取ったリリーは、素直に質問に答える。


「そうですね、果物が好きです。私の領地の特産は、桃なんですよ」


 リリーは、余計なことは考えずに普通に会話を楽しもうと決めた。不安に思うことなんて何もない。ただこうやって話をしているだけだと自分に言い聞かせる。


「桃か。僕も桃は好きだな。甘くて瑞々しくて美味しいよね」


 グレンは、この前のように疲れたような態度は見せずに楽しそうにしている。自分のような田舎娘と話をして、何でこんなに楽しそうなのか疑問だった。


「リリー、何か聞きたそうだよ?」


 リリーがあまりに、不思議そうな顔をしていたからかグレンに突っ込まれる。聞いて良いものなのか、戸惑いはあったが思い切って訊ねる。


「あのっ、どうしてグレン様は、私に声をかけて下さったんですか?」


 聞いたグレンは、考え込んでいる。


「リリーからしたら嫌かもしれないけど……。リリーの隣はとても居心地が良くて、癒されるんだよ。どうしてだろうね? リリーのこと、忘れられなかったんだ」


 グレンが、リリーの頬に手を伸ばして優しく触れた。リリーは、驚いてベンチから立ち上がる。


「ごめんなさい。もう、私行かなくちゃ!!」


 リリーは、その場を立ち去ろうとすると腕をグレンに取られた。


「リリー、今度は三日後のエイベル伯爵の夜会に行く。また会いたい」


 グレンが、縋るような瞳でリリーを見る。金色のガラスみたいな瞳が潤んでいて、自分が必要とされているかのような錯覚に強く拒否できない。


「タイミングが合えば、また。夜の庭園で……」


 それだけ言うと、リリーはグレンの手をゆっくりとはがしてその場から足早に去って行った。胸元で右手をギュっと握りしめながら心の中は混乱していた。

 どうして、私にあんなこと……。リリーの心臓は、バクバク激しく鼓動している。あの瞳で見つめられると、リリーの心ごと持っていかれそうで怖さを感じる――――。


 リリーにとってみたら、運命のような刺激的な出会いだった。だから気づかなかったのだ。グレンのジャケットに、既婚者の証である家紋のタックピンが止められていたことを……。

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