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偽物の愛はもういらない~傷心令嬢を救ったのは、誠実な愛で勝負する伯爵令息でした~  作者: 完菜


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35/50

035 その頃のヴォリック国 sideグレン

 ――――ダンッ!


 グレンは、座っていたテーブルに飲んでいたウイスキーのグラスを叩き付けた。


「見つからない! 何でなんだ!」


 グレンは、イライラした調子で大きな声を出す。自分の執務室のソファーに腰かけて、行き場のない怒りをぶつけていた。

 もう夜も遅く、本来ならそろそろ寝る支度をして寝室に行く時間だ。なのにグレンは、自室でもない執務室にいる。

 理由は、妻の部屋の隣にある自室では寛ぐことができないから。グレンの怒り狂った独り言を、聞かれてしまうのは不味いからだ。


 執務室の端に控える、グレンの側近であるニールはビクビクしていた。自分の主人であるグレンの愛人が、姿を消してから半年が経とうとしていたから。


「ニール! 一体どうなっているんだ。本当に、フローレス家で匿われている訳ではないのか?」


 グレンは、もう何度も確認していることをニールに訊ねた。


「申し訳ありません。フローレス家の領地はくまなく探しました。それに、リリー様のご兄姉に関係する場所も調べたのですが何の足取りも掴めておりません……。フローレス家には、見張りを付けてはいるのですが……。リリー様の目撃情報はありません」


 ニールは、頭を下げて謝罪をする。もう何度、同じことを言ったかわからない。


「何でなんだ……。あんなに僕のことを愛しているって言ってくれていたのに……。僕には、リリーが必要なんだよ! このままじゃ、僕は狂いそうなんだ」


 グレンは、声を荒げる。


 半年前のあの日、アレンとバーバラを連れて王都の屋敷に戻った後、次の日ニールに頼んで繋ぎの使用人を一人連れて行ってもらった。

 しかし、血相を変えたニールがそのまま使用人と戻って来たのだ。理由を聞くと信じられないことだった。


 ――――リリーが消えた。


 報告を聞いたグレンは愕然とする。いつも笑顔を絶やさないリリーが消えた? どんなことでも笑って許してくれたリリー。

 昨日だって、いつもの優しい笑顔で僕たち三人を見送ってくれたのに……。何かの間違いであって欲しい、そうグレンは強く思った。


 すぐにでも自分で確かめる為にログハウスに向かいたかったが、アレンとバーバラをピーターソン家に連れてきたばかりで、グレンが屋敷を離れる訳にいかなかった。


 森から屋敷までの道中、バーバラにアレンは孤児院から自分に似た子だという設定で連れて来ているという話をした。

 バーバラは、目を吊り上げて怒りを露わにしていたけれどアレンの手前何も言うことはなかった。アレンは、まだ意味がわかっていないようで「孤児院ってなーに?」とバーバラに聞いていた。


 グレンは、そう言うことだからライラとアレンの橋渡しを上手にやって欲しいと頼む。どの道、愛人の子供だとバレたらライラが何をするかわからない。全て穏便にことを運ぶのは、これしか方法がないとバーバラに説き伏せた。

 バーバラは、全く納得がいっている風ではなかったが飲み込んでくれたようだった。


 屋敷に着いて、アレンとライラの顔合わせをする際は本当に緊張した。ライラが、本当にアレンのことを受け入れられるのか未知数だったのだ。

 しかし、二人の顔合わせは思った以上に上手くいった。アレンの愛くるしさは、ライラにも敵わなかった。


 ライラが待っているという応接室にアレンとバーバラを連れて行くと、部屋に入ったとたんに彼女から声がかかった。


「まあ。この子がアレン?」


 ライラは、座っていたソファーから立ち上がりアレンの傍に寄った。


「なんて可愛い子なのかしら? 本当にグレンにそっくりだわ。私とグレンの子だって言っても、誰も疑わないわ」


 ライラは、瞳を輝かせて喜んでいる。アレンは、バーバラのスカートの袖を握りしめて怯えているようだった。


「あらっ? この方はどなた?」


 ライラは、バーバラを冷めた目つきで見る。


「ああ。彼女は、アレンがいた孤児院で働いていた女性でバーバラと言うんだ。アレンが一番懐いていた女性らしくて、突然知らない人に囲まれたら可哀想だと思って。アレンの乳母にどうかと思って連れて来たんだ」


 グレンは、それらしい理由を付けてバーバラの紹介をする。この提案が受け入れられないと困ったことになる。ライラの反応を窺った。


「そう……。乳母なら一流の人がいいのだけれど……。でも、確かに怖がらせてはかわいそうね……。まあいいわ」


 ライラが、バーバラの許可を出してくれた。グレンは、ホッと一安心だ。


「そしたら早速、綺麗な洋服に着替えさせて。こんなみすぼらしい格好なんて嫌よ」


 ライラは、アレンの着ている服を差して文句を言う。


「わかった。じゃー、僕がバーバラとアレンを子供部屋に案内するから。ライラとはまた夕食の時に」


 グレンは、ライラにそう告げるとそそくさと応接室を出た。何とか上手く誤魔化せたと拳を握って喜ぶ。

 しかし、その後もことある毎にライラがアレンに接近するので油断ならなかった。


 グレンはそんな状態で、リリーが姿を消したと報告を受けたのだ。アレンやバーバラをピーターソン家に残して、自分だけで森の家に行くのは無理だった。

 二人が何か失敗して、ライラにリリーのことがバレてしまったらその方が大変だ。仕方なく、ニールに秘密裏に探し出せと指示を送る。自分で探しに行けない歯痒さを覚えていた。


 それから、アレンとバーバラがピーターソン家に馴染めたのを確認して、森の家にやっと行けたのはリリーが姿を消してから一カ月も経った後だった。

 森の家に足を踏み入れたグレンは、呆然とする。さっきまで、リリーがいたのではないかと思うくらい三人が暮らしていたそのままだった。


 もしかしたら帰ってくるかもしれないと、使用人を一人この屋敷に置いていたが必要最低限は触るなと言ってあった。

 だから、夫婦の寝室はそのままだったしアレンやバーバラの部屋もそのままだった。グレンが、リリーの使っていたクローゼットや棚の中身を確認すると、いくつか無くなっているものがあった。


 リリーが普段着ていた服数着と、グレンがプレゼントしたアクセサリーが消えていた。リリーが持って行ったと考えると辻褄があう。

 一体なぜ、リリーがグレンの元からいなくなる必要があったのか全くわからない。


 グレンは、フローレス家に行ってリリーの両親にそれとなく訊ねたが何のことか理解している雰囲気はなかった。

 もちろんバーバラにも、リリーがいなくなったと報告を受けた後にすぐに確認した。


 しかし、バーバラは驚きの表情を浮かべて逆に本当なのかと自分に迫ってきた。リリーが一人で、あの森を抜けてどこかに行ける訳がないとバーバラは取り乱す。

 グレンは、バーバラが誰かを手引きしてリリーを逃がしたのではないかと訊ねたが、そんな訳ないと一蹴された。

 一体あそこで暮らしていて、誰と知り合うことができるのかと。バーバラだって、あの屋敷をアレンと一緒に出ると決まったのはあの日だったのだ。

 そう言われてしまえば、確かにバーバラが手引きをするのは無理なのだ。


 あの短い時間で、用意なんてできる訳がないと言われてしまえば諦めるしかない。バーバラが手引きしたのではないとしたら、本当に一人でリリーは消えてしまったことになる。

 しかも自分の実家も頼らずに、友人がいるという話も聞いたことがない。兄姉たちのところも頼った形跡がない。他にどこがあるのか、全く思いつかなかった。

 グレンは、なんの手がかりも掴むことができずに行き詰まり余裕を失っていた。


 リリーがいなくなってから、心の休まる暇がないのだ。一週間に一度の外泊も無くなってしまったので、ライラはグレンとアレンを連れ歩いた。

 社交界の人間は、突然現れたアレンに驚いていたが余りの可愛さにみな虜になっている。それに気を良くしたライラは、グレンにすり寄り父親と母親ごっこのようなことをさせて喜んでいる。

 とにかく、アレンを連れてきてからライラとの時間が増えてグレンは段々と憔悴していた。


 ライラの匂いの強い香水が常に自分の身体に付きまとう。ライラに向かって、夫だけではなく父親という顔も見せなくてはいけなくなった。

 ライラとの子供を可愛がっているだろうという姿勢を見せるのだ。愛想笑いを浮かべ、ライラの思い通りの男を演じる。

 疲れたような顔を見せると、自分といるのが楽しくないのかと罵られる。どんどん神経が擦り切れていた。


 幸い、アレンが賢い子でライラが実の子のように可愛がっている。最初のうちは、母親を恋しがって泣いていることもあった。

 しかしライラが、母親を亡くしたばかりなのだろうと勝手に解釈していた。それにバーバラがよくアレンのフォローに回ってくれて、上手いことピーターソン家に馴染ませてくれた。


 後は、リリーさえ見つかれば元のように幸せなはずなのだ。こんな風に疲れることもなく、ライラで積み重なったストレスをリリーに癒してもらいたい。ライラとの、一番の問題だった子供が片付いたのだ。

 リリーが帰ってくれば、全てグレンの思うようになる。何が何でも、リリーを見つける。


 見つけたら、もう絶対に逃がしはしない――――。


「ニール! 平民が住む下町にも範囲を広げて探させろ。もしかしたら、どこかで働いているかもしれない」


 グレンは、厳しい口調でニールに指示を飛ばした。



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