033 それぞれの告白
結局その日は、クリスタルの買い物という名目でリリーの物をこれでもかと買って頂いた。普段着からドレス、鞄や靴や帽子、髪飾りやハンカチなどの小物まで。
自分の物だと簡単に購入できないようで、クリスタルは「楽しいー」っと終始興奮していた。
こんなに色々な物を買ってもらうのは気が引けたが、クリスタルが本当に楽しそうに買い物をしているので断りづらい。
リリーは、これも人助けになるのだと自分に言い聞かせて開き直ることにした。唯一、カティや他の使用人たちにお土産を買いたくて、そこだけはクリスタルにお願いした。
すると、それもクリスタルがまとめて購入してくれ「遠慮はなしよ」という彼女の言葉に甘えさせてもらった。
クリスタルとは、買い物を終えた後に別れた。二台の馬車が用意され、クリスタルはそのまま王宮へ戻って行った。
別れ際には「今度は、ダニエルと王宮に遊びにいらっしゃい」という言葉を残して、颯爽と馬車に乗って行ってしまった。
クリスタルと別れて一人で馬車に乗ったリリーは、何だか嵐のような人だったとホッと息をつく。強引だし喜怒哀楽がはっきりしている人だったけれど、リリーは嫌いじゃない。
二日間、一緒にいさせて頂いてちょっと疲れはしたがでも楽しかった。姉のように接してくれたクリスタルを思い出すと、何だか胸が切ない。
クリスタルと買い物したように、実の姉や兄たちに連れられて領地の商店街を買い物した日々が懐かしい。
姉や兄たちは、リリーのことをどう思っているだろうか? 身内として軽蔑しているだろうか? 久しぶりに、姉や兄の顔が浮かぶ。
「会いたい……。お姉様やお兄様、お母様やお父様に会いたい……」
リリーの溢れ出た気持ちが、言葉となって出てくる。もう何年も会っていない。手紙すらも送ることもなく五年の月日が経っている。
今ならわかる、自分は何て浅はかなことをしてしまったのか……。一時の恋に溺れて、大切なものを全部失ってから気づいても遅いのに……。
リリーは、馬車の窓の外に目をやって青い空を見上げた。ここではない、この空の下でどうかみんなが元気でありますようにと祈りを込める。
そしてリリーは、馬車の荷台に沢山の品物を乗せてマーティン家の屋敷に戻っていった。
◇◇◇
それからのリリーも、変わらずに真面目にメイドとして働いた。ダニエル付きとして引き続き働いているが、彼の態度も全く変わらない。
時折、何かを言いたそうに自分を見ている気がするが、それに対してリリーが何かを言うことはなかった。
でも、流石にそろそろこの国に来た理由を話さなければと思っていた。クリスタルが、マーティン家に来た日から一カ月以上が経つ。あの時も、ダニエルは何も聞かないでいてくれた。
だけど、内心では絶対に気になっているはずだ。こんなに良くして頂いているのに、いつまでも黙っているのは良くない。リリーは、話す覚悟を決めた。
「あのっ、ダニエル様……。お話したいことがあります」
ダニエルが、仕事から戻って来て部屋で脱いだ上着を受け取ったタイミングで話を切りだした。
「ん? 何かあったのか?」
ダニエルが、特に心当たりがないようで不思議そうな顔をする。リリーは、勇気を出して言った。
「私が、どうしてこの国に来たのかお話していないと思いまして……。お世話になっているのに、今まで何の説明もせずに申し訳ありません……」
リリーは、手をお腹の前で合わせて神妙な顔つきをする。どこから話をするべきか、心の中は緊張で張りつめていた。
「リリー、言いづらいのなら別に私は聞かなくても……」
ダニエルは、リリーの表情から気を遣ってくれる。
「いえ、私がお話したいのです。お世話になりっぱなしで、事情も説明せずずっと心苦しく思っていました。自分の中で、少しは落ち着いたのだと思います」
リリーは、よく考えながら言葉にした。言葉にすると、もしかしたら自分の方がダニエルに話を聞いてもらいたいのかもしれない。
一人で抱えているのが、段々と辛くなっていたのも確かだった。
「そうか。では、ブルーノにお茶でも用意してもらうか」
ダニエルは、そう言うと呼び鈴を鳴らしてブルーノを呼んだ。すぐに駆け付けたブルーノに、お茶の準備を頼む。
「すみません。帰ってきたばかりで、お疲れでしょうに……」
リリーは、悪いと思いながらもこの時間しか思いつかなかったのだ。
「気にするな。最初に言っただろ。いつでも話を聞くって」
ダニエルは、いつも見せる優しい笑顔をリリーに向ける。そして、ソファーに座るとリリーも座るように促された。
ダニエルの隣を進められたので、リリーは少し距離を取って座る。
そうしている間にブルーノが、お茶と簡単な軽食を持って部屋に戻って来た。
「仕事終わりで、お腹が空いているかと思ったので」
ブルーノは、テーブルにそれらを置きながらそう言った。
「ああ、ありがとう。あとは、大丈夫だから」
ダニエルは、ブルーノを下がらせる。リリーは、小さく息を吸って吐く。グレンのことを話したら、どう思われるのだろう……。
話すと決めたのは自分なのに、急に怖くなった。
「私がこの屋敷を訪ねて来たのは、アレンを父親に連れて行かれてしまったからです……」
リリーは、声を振り絞るようにやっと言葉にした。
「知っていたよ……」
ダニエルは、静かにそう言った。リリーは、知られていたなんて思っていなかったのでびっくりしてダニエルの顔を見る。ダニエルは、申し訳なさそうに苦笑した。
「どうして……」
リリーの心の声が漏れる。
「実は、リリーがこの屋敷に来てから少し経ってヴォリック国の屋敷の者に調べさせたんだ。勝手に調べさせて申し訳ない」
ダニエルは、リリーに向かって頭を下げた。
「そうですか……。そんな謝らないで下さい。よく考えたら調べるのも当然です。あのっ、ずっと聞きたかったんです。どうしてバーバラに通行証を渡したり、こんな風に私に良くして下さるんですか? 愛人だった私を、軽蔑しても仕方ないのに……」
リリーは、膝の上で自分の手をギュっと握りしめる。無意識に力が入り過ぎて手が真っ赤になっていた。
アレンのことを知っていると言われて、それならばずっと聞きたかったことを聞いて見ようと思ったのだ。
ダニエルは、そっとリリーの手に自分の手を重ねる。リリーは、びっくりしてダニエルの顔を見た。すると彼の顔がすぐ近くにあって、優しい青の瞳で見つめられた。
「リリー、俺は軽蔑なんてしないよ。見ず知らずの俺を助けてくれて、一緒にいた時間は短かったけれどとても救われたんだ。だから、あの森の家を出て行きたくなる時があったら、俺のところに逃げてくれればいいって思った。あんな肩身の狭い生活から、抜けさせたかった。だから、バーバラに通行証を渡した」
ダニエルは、リリーから目を逸らさずに語って聞かせる。リリーは、ダニエルの思ってもいなかった告白に頭が真っ白になる。
「……そんな、だって私……。愛人になるくらい浅はかで、考えなしのバカな女なのに!」
リリーは、そんな自分が許せなくて感情が高まって目に熱い物が込み上げる。
――――ダニエルが、力強くリリーを抱き締める。
「リリーそれでも僕は君を好ましく思った。あい」
「言わないで!」
リリーは、ダニエルの言葉を遮って止める。瞳は涙を溜めて恐れを帯びていた。ダニエルは、強く抱きしめていた手をほどきリリーと距離を取る。
恐れを帯びた瞳は、目元を赤くし必死の表情だった。
「わっ、私の自意識過剰かもしれません。でも、その言葉は言わないで。私、もう怖いんです。愛したら、愛されたら、全部、全部なくなっちゃうの。家族も住む家も自分の物も大切な人も子供さえも」
リリーの目から、大粒の涙がとめどなく流れる。
「アレンは、私の全てだったのに! アレンを奪われてやっと気づくなんて……。私、本当に馬鹿なんです」
ダニエルは、リリーの抑えていた感情の叫びを正面で聞いた。自分が思っているよりもずっとずっと、リリーは傷ついていた。
ダニエルは、今度はそっと壊れ物を抱くように大切にリリーを抱き締める。ダニエルの胸で、リリーはしゃくりあげながら泣いている。
ダニエルは、リリーを抱き締めながら一つのことを決意する。愛されるのが怖いというのなら、怖がらなくてもいい愛をリリーに教えてあげたい。
本来愛は、怖がるものなんかじゃない。温かくて、幸せで、光り輝くものだ。リリーには、本当の愛をあげたい。




