031 クリスタルの提案
居間に移動すると、ダニエルの姉が一人掛けのソファーに座りその向かいにリリーとダニエルは腰を降ろす。すぐに、ブルーノが現れお茶の準備をしてくれた。
お茶が準備されると、ダニエルの姉が優雅にティーカップを手にして喉を潤す。所作が惚れ惚れするほど綺麗で、リリーは見惚れてしまった。
「リリーって言ったわね、私はクリスタル・グヴィネズ。ダニエルの姉よ」
クリスタルは、リリーに自己紹介してくれた。リリーは、ファミリーネームに違和感を覚える。
(グヴィネズって言ったら国の名前なのだけれど……。え? まさかね?)
リリーは、ダニエルの顔を見て驚いた顔をする。ダニエルは、苦笑いだ。
「あー、姉なんだけど……。この国の王太子妃なんだよね……」
ダニエルが、頬を指でポリポリとかき目を泳がせている。リリーは、噓でしょ? と一気に顔色が変わる。
「申し訳ありません。私、なんて失礼な態度を!」
リリーは、慌てて頭を深く下げる。
「いいの、いいの。実家に帰って来たら、只のダニエルの姉なんだから」
クリスタルは、とてもさっぱりとした女性らしく全く嫌味がない。リリーの態度にも、本当に気にしていないようだった。
「こんな威張っている女性が、王太子妃だと思わないよ。リリーは、気にしないで。俺も何も言っていなかったし」
ダニエルが、リリーに笑顔でそう言う。
「そんな、威張っているだなんて……。存在感が凄い方だなって思いましたけど……。でも、納得です」
リリーは、クリスタルを羨望の眼差しで見る。王太子妃と言われて改めて見ると、煌びやかな容姿はもちろんだが醸し出すオーラがやはり違う。
リリーからしたら、雲の上の存在で一緒にテーブルを囲って座っていることにも戸惑うほどだった。
「あらあら、嬉しいことを言ってくれるわね。ダニエルは、黙ってなさいよ」
クリスタルが、リリーにはにっこり微笑むが弟の顔は睨んでいる。ダニエルは、姉に睨まれて目を逸らす。どうやら姉には弱いみたいだ。
「というか、何で突然来るんだよ。ちゃんと旦那には、許可取って来ているんだろうな?」
ダニエルが、姉に確認をする。
「実家に帰ってくるのに何で一々連絡しないといけないのよ。大体、可愛い弟がケガして帰って来たっていうのに一向に顔を見せに来ないし。探りを入れたら、女性と一緒に帰って来たっていうから見に来ちゃったのよ」
クリスタルは、扇子を取り出して口元を隠しながら話す。
「元気だって手紙を送っただろう。それに、一緒に帰ってきた訳じゃないし、リリーとはそう言う関係でもないから」
ダニエルは、溜息交じりに説明する。クリスタルは、そんなダニエルを疑いの目で見ている。
「ふーん。そう。ダニエルってば、一年前に婚約者にふられて落ち込んじゃって仕事に逃げてたじゃない。無理が祟ってケガしたって聞いたし。そこに女性を連れてくるなんて、何かあると思うじゃない」
クリスタルは、問答無用でダニエルの近況を語ってしまう。リリーは、初めて聞くことだらけでダニエルの顔をまじまじと見てしまった。
(一年前に婚約者にふられた……)
ダニエルは、顔を真っ赤にして姉を睨みつけている。
「姉さん! 今、それ言う必要ある? 勘弁してくれよ……」
最後には、肩を落として項垂れている。リリーは、自分が聞いてしまって不味かったのではと不安になる。
それにクリスタルが、完全に自分とダニエルの関係を疑っている。誤解を解かなくてはと声を上げた。
「違うんです! 私が、図々しくダニエル様を頼ってこの国に来てしまったんです。ダニエル様は、私を助けてくれただけなんです……」
リリーは、必死でクリスタルに説明する。自分と恋仲だなんて思われるのは、ダニエルに悪い。
「ちょっと、分からないんだけど……。助けたのは、リリーなのではなくて?」
クリスタルは、リリーの言っている意味が分からないようで頭を傾げている。
「えっと、あの……」
話すととても長くなるので、リリーは何と言うべきなのか口ごもる。そもそも、ダニエルにもなぜこの国に来たのか説明していない。リリーを気遣って何も聞かずにいてくれていた。
「あー、ちょっとそこは色々あるんだよ。至極プライベートなことなんで……。簡単に要約すると、俺がリリーに助けてもらって。そのお礼に、この屋敷で働いてもらっているんだよ」
ダニエルは、話をはしょって説明する。ダニエル自身も、これ以上言えることがない。
「ふーん。そう、わかった。じゃあ私が、リリーに感謝を込めて一日お買い物に付き合って貰っても良いわよね?」
クリスタルが、ダニエルに訊ねる。
「何で、そうなるんだよ? しかも何で姉さんが感謝って話になるんだよ」
ダニエルは、突然話が変わって驚いている。
「あら、だって。弟を助けてくれたんだもの、姉としてお礼したって良いじゃない。私、妹って憧れていたのよねー。リリーってあの子と違って、素直そうだし私好きよ」
クリスタルは、リリーを見て嬉しそうだ。
「もう、何もわかってねーじゃねーかよ」
ダニエルは、半ば諦めていた。
「リリーすまない。姉さんと、一日だけ買い物に付き合ってやってくれないか?」
ダニエルが、リリーに体ごと向けてお願いする。突然話を振られたリリーは、面食らう。王太子妃様と、買い物っていったい……。
「そんなっ! 無理ですよ。私なんか、恥をかかせてしまいます」
リリーは、手をブンブン振って必死で断る。
「あら嫌だ。私と一緒にいる子に対して、嫌味を言ったら抹殺するから大丈夫よ」
クリスタルが、パチンとウインクを飛ばしサラッと恐ろしいことを言った。リリーは、もう断ることなんてできない……。
「リリー、すまない」
ダニエルは、いつものことなのか謝るばかり。リリーも、諦めて頷くしかなかった。




