025 同僚との挨拶
リリーのいる部屋に、ノックの音が響き渡る。
「はい」
リリーが返事をすると、扉が開いてメイド服を着た女性が姿を現す。
「失礼します。ブルーノさんから言われて来ました。メイドのカティです」
カティは、扉の前でペコリと頭を下げた。緑の髪色で、笑うとえくぼができて可愛い。それに、リリーと同じくらいの年齢の女性だった。
「初めまして、リリーです。今日からこちらでお世話になることになりました。宜しくお願いします」
リリーも、ベッドから立ち上がってカティに挨拶をする。
「リリーって呼んでも大丈夫なのかな?」
カティは、人懐っこそうな顔で気軽にしゃべってくれた。変に畏まられるよりも心地よくて、リリーも笑顔になる。
「もちろんよ。私もカティって呼んでもいい?」
カティの人柄なのか、リリーも自然と敬語ではなく普通に話してしまう。
「うん。私、後輩って初めてだから嬉しい。何でも聞いてね」
カティが、にこにこ笑顔でとても嬉しそうだった。
「あの、そしたらお風呂を使ってもいいって言われたのだけど……。いきなりで申し訳ないのだけど、使わせてもらってもいいかな?」
リリーは、ブルーノの好意に素直に甘えさせてもらうことにした。二日間の間に、ゆっくりお風呂に入るということがなく、ダニエルと夕食を共にするのならできればすっきりしときたかった。
「ブルーノさんから聞いてる。本当は、使用人は仕事が終わった後なんだけど今日は特別にいいって。そのチェストの中に、メイド用の下着とか一式入っているから使っても大丈夫だよ。私、廊下にいるから準備できたら出て来て」
カティは、ドアを開けて部屋から出て行った。お風呂の準備をするのに、見られるのは嫌だろうと気を遣ったのだろう。
ブルーノもカティも、人柄が良くてでホッとする。使用人の人柄が良いのは、きっと屋敷の主人を始めとするマーティン一家が素敵な人なのだろう。
ここに来られて良かったと、心の底からそう思った。
準備をして扉を開けると、廊下に佇むカティがいた。
「ごめんね、お待たせ」
リリーは、チェストの中から自分のサイズと同じ下着やタオル類、それと自分が持って来た服を手に持っている。
「大丈夫。じゃー、行こう。お風呂は一番奥にあるんだ」
カティが、廊下を突き当りに向かって歩き始める。それについてリリーも歩く。リリーの部屋は、最上階の中程に位置していたのでお風呂はそう遠くなさそうだ。
案内された場所は、廊下の突き当りのドアで扉に掛札がかかっている。使用人は、一日の仕事を終わらせた人から、順番にお風呂に入っていいらしい。
リリーの部屋から、左奥が女性用で右奥が男性用。間違えないようにとカティに釘を差された。
「入る時は、この掛札を裏にしてね。大体一人30分が目安。今日は、後ろがいないからゆっくり入って大丈夫。私は、仕事に戻るけどお風呂から上がったら部屋に戻って夕飯まではゆっくりしてって言っていたよ。夕飯の時に、また呼びにくるから」
カティは、そう言うと最後に「ごゆっくりー」と言って仕事に戻っていった。リリーは、カティを見送ると掛札を裏にしてドキドキしながら扉を開く。
中に入るととても綺麗な脱衣所だった。扉の鍵を閉めて、脱衣所の奥に進む。奥にはもう一つ扉があって、そこを開けるとお風呂になっていた。
白くて大きなバスタブが中央にあって、並々とお湯が注がれていた。使用人用だというのにとても豪華で感動してしまう。
リリーは、遠慮なくゆっくりお風呂に入らせてもらってやっと一息つくことができた。あの森を出てから、5日ほどしか経っていないはずなのにもう何日も経ってしまった気分だ。
この数日で、ありえないくらい色々なことがあった。ちゃんとダニエルと再会できるか心配だったが、一人でも辿り着くことができて本当に良かった。
明日から新しい生活が始まる。気を引き締めて頑張ろうと心の中で誓った。
部屋に戻ったリリーは、旅の疲れも相まってうとうとと眠ってしまっていた。気づいたら、カティに優しく肩を叩かれて起こされる。
「リリー、起きて。夕飯の時間」
リリーは、ゆっくりと目を開けるとカティの顔がすぐ近くにあり驚く。
「ごめん。私、寝ちゃった……」
リリーは、ベッドに横になっていた体を起こす。
「平気。起こすの可哀想だったけど、ご飯は食べた方がいいと思って」
カティが、起こしたことを申し訳なさそうにしている。むしろ、起こしてもらって良かった。
「ありがとう。すぐ行くよね」
リリーは、ベッドから立ち上がって扉の方に向かおうとした。
「ちょっと待って。せめて髪くらいは、整えた方がいいって」
カティは、リリーの腕をとって書き物机の椅子に座らせる。机の引き出しを開けると、櫛と鏡が出て来た。
「凄い。何でもあるのね」
リリーは、素直に驚く。使用人といえど、きちんと大切にされているのだと感心するばかりだ。
「そうなの。ここのお屋敷、好待遇・好条件で人気なのよ」
カティが、嬉しそうに笑う。そして、櫛をもってリリーの髪を梳かしてくれた。
「私、あまり上手じゃないけど。簡単なのはできるから」
カティは、髪をアップにまとめてくれた。サイドにおくれ毛を少しだして、可愛くしてくれる。リリーは、いつも髪は下しているだけだったので久しぶりにアップにして新鮮な気持ちだ。
ダニエルと食事をするのに、寝起きのまま行くなんて失礼だったと反省する。
「ありがとう。少しは、マシになったかな?」
リリーは、カティに訊ねる。
「うん。可愛い。リリーは、アップにした方が似合うよ」
カティが褒めてくれて嬉しい。リリーには、同年代の友人がいなかったのでこんな風に褒められたのは初めてでドキドキする。
「さっ。行こう。ダニエル様と食事なんだってね。羨ましー」
カティが、隠さずに素直な気持ちを口にする。裏表のない子で、リリーはとても感心する。貴族令嬢というものは、ネガティブな感情は表に出さないものだ。
「えっと、あのね……」
リリーは、何て言っていいのかわからない。明日から使用人として働くのに、仕える住人と食事をするなんて普通なら考えられないことだから。
「別に、怒っている訳じゃないよ。聞いたよ、ダニエル様の恩人なんでしょ? そのお礼なんだってね」
カティは、屈託ない笑顔を向けてくれる。全く、リリーに対して負の感情を抱いているように感じない。
こういうことは、嫉妬や妬みになりやすい。でも、カティからは全くそんなことは感じなかった。
「うん。そうなの……。ここで働かせて貰えるだけで有難いんだけどね……」
リリーは、ダニエルの自分に対する扱いが大袈裟で分不相応に思えてしまう。
「いいじゃん。好意は、素直に受け取っておくもんだよ。私だったら、ラッキーって自慢しちゃう」
カティは、明るい笑顔でそう溢す。気持ちがいいくらいはっきりしていて何だか眩しく感じた。
リリーは、この五年間本当の気持ちを押し隠して生きてきたから尚更そう感じたのかもしれない。
これからは、カティみたいに自分の気持ちに真っすぐでありたいと彼女を見ていて感じた。




