024 働く許可をもらう
リリーは、何を話すべきなのか一瞬言葉が詰まる。でも、まずはここに来た目的を話そうとダニエルと向かい合った。
「あのっ。私……、あの森にはもう帰ることができなくて……。このお屋敷で働かせて貰えないでしょうか?」
リリーは、ダニエルに会ったら頼もうと思っていたことを伝える。もし、駄目でも、当分暮らしていけるお金はあるから街に出て自分で探そう。
「あの家を出て来たのか……。それにしても、働くって……。君は、俺の恩人なんだよ? そういうことなら、お客様としてこの屋敷でもてなすよ」
ダニエルは、あの家を出て来たことに少しの引っ掛かりがあるようだったが、深く追求してこなかった。それどころか、リリーに向かって嬉しそうに笑顔を溢す。
「そんな……。そんなの駄目です。お願いです。このお屋敷に置いて頂けるのなら使用人として働かせて下さい」
リリーは、頭を下げてお願いした。ちゃんとした自分の居場所が欲しかったのだ。お客としてじゃ、ここにずっと居続けることはできない。何も保障がない境遇はもう嫌だった。
「使用人として働かせるなんて……」
ダニエルは、難しい顔をしている。ダニエルにとってみたら、自分の恩人を使用人として働かせるなんて抵抗があるのだろう。
でも今のリリーには、貴族としての肩書なんてない。客人としてもてなされる方が肩身が狭いのだ。
「このお屋敷が無理なら、他にお仕事を紹介して頂くのでも構いません……。私では、無理でしょうか……」
リリーは、ダニエルにいい返事を貰えなくて肩を落とす。ダニエルの元で働けるなら、安心だしいつかバーバラと連絡をとる時に、協力してくれるかもしれないという思惑もあったのだ。
「ダニエル様、リリー様の願いを聞いて差し上げた方がいいのでは?」
端に控えていたブルーノが、横から口を出した。ダニエルは、ブルーノを睨んでいる。
「お前、リリーを働かせろって言うのか?」
とても機嫌が悪い声だった。
「ダニエル様、他で働かせるよりもうちで働いてもらった方が安心なのでは? 何なら、坊ちゃま付きの侍女にでもしますか?」
ブルーノが、揶揄うような笑いをダニエルに向ける。
「俺付きの侍女!?」
ダニエルが、何やら大袈裟に驚く。
「私、掃除、洗濯、料理、一通りできます。どうかよろしくお願いします」
リリーは、立ち上がって頭を深く下げる。
「わっ、わかった。じゃー、無理のない範囲で働いてもらおう。配属は、ブルーノと侍女長で決めてくれ」
ダニエルが、リリーの押しに負けて許可を出す。
「ありがとうございます。私、精一杯頑張ります」
リリーは、頭を上げてダニエルに笑顔を溢した。ここで、働かせてもらえるのだと一安心だ。
「でも、今日はもう疲れただろうから、部屋でゆっくりして明日から頑張って欲しい。ブルーノ、リリーに客室を用意してくれ」
ダニエルが、ブルーノに指示を出す。
「私、使用人部屋で充分です。客室だなんて、私には不相応です」
リリーは、ダニエルの言葉を拒否する。さっきから、この応接室でさえ居心地が悪く恐縮しきっている。客室なんかに案内されたら、怖くて何も触れない。
「だが、流石にそれは……」
ダニエルの顔が曇る。
「坊ちゃま、リリー様のおっしゃるように致しましょう。きっとその方が、落ち着くんですよ」
そして、その後の言葉は何やらダニエルに直接耳打ちしている。それを聞いたダニエルは、不本意ながらも頷いていた。
「では、リリー様、お部屋に案内します」
ブルーノが、リリーを応接室の扉へ促す。そこに、ダニエルがもう一度声をかけた。
「リリー、夕食は一緒に摂ろう。これは、絶対に変更はなしだ」
ダニエルにそう言い切られてしまい、リリーも「はい」と大人しく返事をしてブルーノの後に続いた。
ブルーノに案内された使用人部屋は、一番上階にあり二人部屋だった。でも案内された部屋は使われていないようで、リリーの一人部屋になるらしい。気を遣って頂いたみたいで、何だか申し訳ない。
「お気遣い頂き、ありがとうございます。私、明日から頑張ります」
リリーは、改めてブルーノに頭を下げた、
「いえ、私共も坊ちゃんのあんな顔初めてでしたので……嬉しい限りです。それに、坊ちゃまを助けて頂き使用人代表として感謝いたします。本当にありがとうございます」
今度は、ブルーノがリリーに対して頭を下げた。まさかブルーノにまで頭を下げられると思ってなかったリリーは、恐縮しっぱなしだ。
「そんな、頭を上げて下さい。当たり前のことをしただけですし……。それに、図々しくもこうやってダニエル様を頼って来てしまいました……」
リリーは、手を振って否定する。自分で言った癖に、本当に図々しい奴だと自分でも思う。
「お気になさらずに。男は、頼られて一人前ですから」
ブルーノが、意味ありげに笑う。リリーには、ちょっと意味が分からなかったがそういうものなのかと素直に受け取った。
「では、何かありましたらお気軽にお呼び下さい。勝手がわからないでしょうから、誰かメイドを来させますね。お風呂を使っても構いませんから、夕食までゆっくりして下さい」
ブルーノは、そう言うと使用人部屋を後にした。リリーは、一人になるとベッドに腰かけてふーっと息を大きく吐いた。
ずっと緊張していて、疲れてしまった。暫くぼーっとしていたが、少し落ち着くとリリーは改めて部屋を見回した。
使用人部屋と言っていたが、リリーには充分過ぎる部屋だった。
全面が、木目調の壁で色を白く塗っている。大きな窓が一つあり、上下に動かして開けるタイプだ。レースのカーテンが掛かっていてとても可愛い。
ベッドと、物書き机が二つずつあり使用人部屋にしてはとても広い気がする。ベッドが置いてある反対の壁には、茶色のチェストが置いてある。
高位貴族のお屋敷になると、使用人部屋も豪華なのだなと感心してしまう。
一頻り、部屋の観察をしたリリーは天井を仰ぎ見た。
「私、とうとう全部なくなってしまったわ……。全ては自業自得だけれど、これが報いなのかしら……」
リリーは、一人だけの部屋で虚しく独り言をポツリと漏らす。好きになってはいけない人を好きになった報い。
世間知らずで、子供だった自分に呆れてしまう。もう、リリーには愛が何なのかわからない。愛することも、愛されることも怖くて仕方ない。
これからは、誰かに自分の人生を委ねるのではなくて自分の足で立って生きていきたい。
(もう、絶対に間違いたくない......)
リリーは、重くて苦しい気持ちを胸の底に押し込めた――――。




