020 隣国への行き方を知る
仕方ない? リリーは、思いもよらぬ回答に面食らう。
「仕方ないんですか?」
意味がわからずにそのまま聞き返す。
「だってあんた。その王子に出会ったの、田舎から出てきたばかりの十六歳だったんだろ? 普通の子なら、後先考えずに付いていっちゃうのもわからんではないよ」
ジーナが、食べていた手を止めてフォークを置いた。喉が渇いたようで水の入ったグラスを取っている。リリーは、ジーナに言われたことを頭の中で反芻する。仕方なかったなんて、そんなに軽く考えられない……。
「ほら、どんどん食べな」
ジーナが、リリーに食事を促す。リリーは、言われた通り食事を口に運ぶ。食事を食べながらもまだ釈然としない。
「その顔は、納得がいってないね。まあー、リリーの場合、子供のことがあるから簡単には割り切れないか……。でもさ、あんたお金かけてもらってないだろう?」
ジーナは、フォークを手にしてリリーの方を差した。リリーは、自分の姿をまじまじと見る。
(お金をかけてもらってない?)
自分の服装やら、髪の手入れやら、肌の手入れを思い絶句する。そう言われてみると、女性としてその部分を怠っていたのは否めない。
「あの……。子供のことが第一で……」
リリーは、突然自分の容姿が恥ずかしくなって俯いてしまう。
「そうじゃなくって。愛人なんてさ、表には出られない男にとって都合がいいだけの存在じゃない? だったらせめて、貢いでもらって贅沢させてもらってなんぼでしょ? じゃなかったら、愛人でいる意味ないじゃないか? それくらい図太い子じゃないと、愛人なんて続かないんだよ」
ジーナは、ズケズケと厳しいことを言う。リリーは、贅沢だとかお金をかけてもらうだとか、そんなこと考えたこともなかった。
「でも、愛してくれていました……」
もう何が正しいのかわからなくて、小さな声になってしまう。
「本当に愛していたら、こんな風に着飾りもさせないで、手は荒れ放題のまま苦労させないよ。リリーは、いい子過ぎるんだ。愛人になんて向いてない。遅かれ早かれ、きっと逃げ出していたよ」
ジーナが、かわいそうな子を見るように顔をゆがめる。リリーは、そんな風に同情されるような生活を送っていたのだろうか? グレンに愛されていたと思っていたのは間違いだったのだろうか?
「でも、子供を置いて来たことは、仕方がないで済ませられません」
リリーは、そこだけはきっぱりと否定する。あの家を出て来た決断は正しかったのだろうと思うけれど、だけどアレンを置いてきてしまったことが辛くて悲しくて後ろめたかった。
「でも、それが母親としての最善だったんだろ? 自分と一緒に逃げて不安な生活を送らせるよりも、父親と一緒の方がいいって思ったんだろ? じゃあ、仕方がなかったんだ。人生なんて自分の思い通りにいかないんだよ。でも、リリーが子供の母親に変わりはない。せめて、恥ずかしくない生き方をするしかないだろう?」
ジーナが、リリーに諭すように言う。ジーナが言うように、本当にこれが最善だったのかリリーにはわからない。でも、こうする他できることはなかった。
「ほらっ。さっき街で聞きたいことが山ほどあっただろう? 今は、その男から逃げ切ることを考えな。連れ戻されたら、二度と自由にはなれないよ」
ジーナに言われて、その通りだと思う。自分に執着していたグレンに見つかったら、きっともうあの境遇から抜けることができない。
もう二度と、同じ過ちを繰り返さない為にも先に進むしかない。リリーは、俯いていた顔を上げてジーナに訊ねた。
「はい。私、ちゃんとした生き方をしたい。ジーナさん、質屋がどこにあるか教えて欲しいです。後、隣国に行く方法」
ジーナは、一つ頷くとペンと紙を持って来てくれた。そこに簡単な地図を書いてくれる。ジーナが書いているのを見ると、どうやら質屋までの道のりを記してくれている。本当にいい人に巡り合えたと自分の幸運に感謝した。
「よし。この地図を見ながらいけば大丈夫だと思う。後は、隣国に行く方法か……」
ジーナは少し考えてから隣国のことを教えてくれた。隣国グヴィネズ国とは、国交があり隣国に縁者がいれば気軽に行き来できる。
行き方もそれ程難しくはなく、隣国へ行く馬車が一日に一回定期的に出ている。通行証を持っているとその切符が買えて、隣国へと行くことができる。
「そうなんですか、馬車が出ているんですね。全然、知りませんでした。自分で、貸し馬車でも借りて行くのかと思っていました」
リリーは、感心した。貴族の場合は、自分の所有する馬車に乗って行けるが一般の人がどのようにして行くのかまでは知らなかったのだ。平民にも隣国への交通網がきちんと整備されていることを知れて良かった。
「お金があればそうするけど。みんなでお金を出し合って一台の馬車を借りた方が安いだろ?」
ジーナが、丁寧に説明してくれる。
「確かに、そうですね」
そしたらやはり、森の家から持ってきたアクセサリーがいくらくらいになるのかとても重要になる。馬車の切符を買えるくらいの金額になるといいのだけど……。
「何とかなりそうだね? 良かったよ。今日はもう、家に泊って行きな。明日、質屋が開く時間に出て行けばいいから」
ジーナが、食べ終わった食器を片づけ始めている。
「本当に、何から何までありがとうございます。何でこんなによくしてくれるんですか?」
リリーは、とても疑問だった。只の通りすがりの少女にこんなに親切にしてくれるなんて、何かあるのだろうか? と考えてしまう。
「私にも子供がいてさ、生きていたらリリーと同じくらいだったんだよ。だからなんか、ほっとけなくてさ。私の自己満足だから気にしないどくれ」
思っていたことと全然違う事情で、言葉を失くす。どう返していいのか、リリーにはわからなかった。
「もう昔のことだから。さあ、片づけて今日は早く寝な。もう疲れただろ?」
ジーナは、にっこり笑ってくれた。強い女性だなと尊敬の念を抱く。リリーも、こんな風に誰かを助けられるくらい立派な人になりたいと心から感じた。




