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002 これが幸せな日常だった(後編)

 リリーは、一週間に一度でもグレンに会えれば幸せなのだ。グレンが、自分を愛してくれて必要としてくれるのがわかるから、この森で待っていられる。

 それにグレンは、アレンのことをとても可愛がっている。この森の屋敷に来ると、時間が許す限りアレンの相手をしてくれた。

だからアレンにとっては、遊んでくれる人という認識で父親が大好きだ。

母親ではわからない、男同士の付き合いがあるらしい。

 そんな風に、楽しそうに笑い合う二人の姿を見ているのがリリーは好きだ。

大好きな人の子供を産めて、その子供は両親から愛されている。自分には、勿体ない位の幸せなのだと信じていた。


 夜、アレンが寝るとグレンとリリーの二人だけの時間となる。夫婦の寝室で、ソファーに腰かけて二人だけの時間を満喫する。


「今日も、アレンはとても楽しそうでしたわ。疲れているのに、アレンの相手をしてくれてありがとう」


 リリーは、いつもグレンに感謝の気持ちを伝える。そう言うと、グレンから肩の力が抜けてホッとするのがわかるから。


「僕と君の子供だろう? 当たり前じゃないか。僕らが愛し合っている証だよ」


 そう言って、グレンは横に座るリリーの手を握って微笑む。その気持ちが嬉しくて、リリーもグレンの肩に頭を預けて寄り添う。


「そうね。私、グレンのお陰で幸せよ」


 リリーは、ソファーの前にある暖炉の火を見ながら呟く。

ゆらゆら揺れるオレンジ色の火は、温かくて見ていると心がやすらぐ。幸せな雰囲気を、二人は暫し満喫する。


 沈黙の後、グレンが静かに言った。


「リリー、実はまた、一月ほど来られないんだ……」


 リリーがグレンを見上げると、とても辛そうな顔をしている。


「そう……。もう、そんな時期なのね……。寂しいけど、仕方ないわね……」


 グレンが先に辛そうな顔をするので、リリーはもうそれ以上何も言えない。本当は、そんなの嫌だと叫んでやりたいと思う時もある。

 だけど、そんなことを言える立場ではないでしょ? と、もう片方の冷静な自分が囁くのだ。その声の方が強くて、リリーは本当の自分の気持ちを押し殺す。


「リリー、愛してる。僕には君だけだよ」


 グレンの顔が、ゆっくりとリリーに近づき口づけを落とす。シーンと静まり返る森の中の家で、二人の影が重なった。



 翌日、昼食を食べ終えたグレンは、アレンに別れを告げる。


「じゃあアレン、お父様はお仕事で当分来られなくなるけれど、お母様のことよろしく頼んだよ」


 玄関の前で、グレンはアレンの目線の高さまでしゃがみながら言った。


「うん。僕に任せて! 今度、帰って来る時はお土産沢山持って来てね!」


 アレンは、目をキラキラさせて父親と約束をしている。グレンは、その言葉を聞いて安心したのか笑顔で頷く。立ち上がって、今度はリリーの方を向いた。


「では、リリー行って来るよ。戸締りに気を付けて。待っていてくれ」


 グレンは、リリーの頬にキスをする。


「はい。お戻りになるのを、待っていますね」


 リリーは、頷いてグレンを見送る。寂しそうな顔は見せないと、無理やり笑顔を溢す。それを見たグレンは、切なさを忍ばせて馬車に向かって行った。


「では、行ってくる」


 そう言って、グレンは馬車に乗って行ってしまった。アレンは、馬車が玄関の前から去ってしまうとすぐに家の中に入って行った。

 だけどリリーは、馬車の姿が見えなくなるまで玄関の前に立って見送る。


 この瞬間が一番辛いのだ。グレンは、アレンに仕事に行くからと説明したが実際は違う。ただ、王都にある自分の屋敷に帰って行くだけなのだ……。

 馬車の姿が見えなくなると、ポツッポツッと足元に雫が落ちる。リリーは、声を出さずに泣いていた。誰にも、この涙を知られてはいけないから――――。


 リリー・フローレスは、子爵家の三女で典型的な田舎貴族だった。地方に領地を持ち、リリーの両親は王都ではなく領地で一年の大半を暮らしていた。

 リリーは、四人兄妹の一番下として生まれた。兄と姉は年が離れており、リリーがデビュタントを迎える頃には既に結婚して子供もいた。

 両親にとっては予期せぬ子で、年いってから生まれたこともあり、その分可愛がられて育った。兄妹や領地の皆からも愛されたリリーは、素朴な領地で箱入り娘として大切にされた。

 世の中にある汚いことや悪意の塊、そう言ったものから遠ざけられたリリーは、年頃になっても世間知らずで夢見る女の子だった。


 そんなリリーが、デビュタントで出会ってしまったのがグレン・ピーターソン。王都では、あることで有名で誰も彼には近づかない。

 そんなことは知らないリリーは、社交界デビューしたてで舞い上がっていたことも後押しして、見目麗しい貴公子だったグレンの魅力に落とされてしまった。


 グレンと出会ってしまったデビュタントを思い出すと、リリーは何とも言えない切なさを覚える。もしリリーが、今あの頃に戻れるとしたら自分は一体どうしたのだろう? グレンと出会うのを阻止しただろうか? 

 今の自分は、グレンとの出会いをなかったことにしたいのだろうか? いくら考えても、何度あの頃を思い出しても、リリーの中に答えは浮かばない。

 だってまだリリーは、グレンの愛の中にいるから。リリーは、グレンを愛しているのだ。

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