017 グレンの心の中 sideグレン
グレンは、皆で昼食を食べた後に王都に戻ると言った。リリーは、今ある材料で精一杯の豪華な昼食を作ってくれた。どれもこれも、アレンの好きなものばかり。アレンに自分で作ってあげる最後だから、一杯食べて欲しかったのだろう。
「うわー。お昼なのに凄いごちそうだねー」
アレンが、テーブルの上のご飯を見て興奮している。
「アレン、お母様一杯作ったから沢山食べて」
リリーは、アレンに笑顔で話かけている。グレンは、アレンの横でそんな親子の会話を微笑ましく見ていた。
ここに来た頃は、何もできない貴族の娘だったはずが、さっきリリーが言ったように確かに成長していた。出会った頃は、あどけない表情を自分に向けてくれた少女だったが今は立派に母親の顔をしている。
「凄いなリリー。こんなに色々作れるようになっていたなんて」
グレンは、素直に褒めた。いつもはバーバラと一緒に作っていたから、殆どバーバラが作っているものだと思っていた。
でも今日は、ずっとバーバラがここを出る準備をしてくれていて、キッチンにはいない。これだけの料理を、リリー一人で作れるようになっているなんて純粋に驚いていた。
「グレン様も沢山召し上がって下さいね。お屋敷のコックには負けると思いますが……。一生懸命作ったので」
リリーは、アレンだけではなくグレンにも優しい顔を向けた。グレンは、リリーから自分はこんなにも愛されているのだと実感する。ここに来ると本当に癒される。
グレンは、リリーが作ってくれた料理に手をつける。二人を見ると、アレンとリリーは楽しそうに食事をしている。
二人の邪魔はしない方がいいだろうと、グレンはここに来るまでの一カ月を思い出していた。
妻のライラが支配するピーターソン家は、息苦しくてホッとできる場所がない。あの屋敷にいる時間は、常にライラの顔色を窺って生活している。
しかも、全く気持ちのないライラを、さも愛しているかのように大切にしなければいけない。いつもは、一週間に一度リリーに会えるから何とか耐えることができる。
だけど、ライラの誕生日がある月だけは外泊を許されることがない。グレンにとって一年で、この一月は本当に辛く苦しい期間だった。
結婚した当初は、グレンもライラを愛そうと頑張った時期もあった。ライラからのグレンに対する愛は、恐らく本物なのだろう。
だけど、何をどうしてもライラの気持ちを受け入れることができなかった。根本的に性格が合わなのだ。
ライラの派手な服の趣味、濃い味が好きな料理の味付け、自信たっぷりに笑うあの笑顔、夫よりも自分が優先で意見を聞かれた試しもない。少しでも否定的なことを言うと、ヒステリックになり話合いにならない。
グレンが、自分の思い通りに行動しないとすぐに実家を頼って圧力をかけてくる。考えれば考えるほど、好きになれそうな部分がない。
「はぁー」
グレンは、耐え切れずに大きな溜息をついてしまう。ライラのことを考えるだけで疲れるのだ。
「大丈夫ですか? グレン様」
疲れた顔で溜息をつくグレンを、リリーは心配そうな顔で見ている。ああ、やはりリリーが、自分の癒しだとふっと笑顔が零れる。
「ありがとう。そうやって心配してくれるリリーが、僕は大好きなんだ」
グレンがそう言うと、リリーは照れているのか顔を俯けた。そんな控えめな仕草も可愛い。
グレンが、リリーを見つけたのは本当に幸運だった。あの時、リリーに出会っていなかったら、今も変わらずに笑うことができていたか自信がない。
リリーに出会った時のグレンは、本当に精神的にギリギリのところまで来ていた。ライラと結婚して三年目。社交界では、自分の政略結婚の話は周知の事実で、グレンに近寄ってくる者はほとんどいなかった。
ライラと出会う前のグレンは、その美貌から多くの令嬢たちと仲が良く、それなりに楽しい毎日を送っていた。
それが、ライラに目を付けられてから、パタリとグレンによってくる令嬢がいなくなってしまったのだ。
好きでも何でもない女性だけを相手にしなければいけない状況は、周囲が思っているよりもずっと苦痛を伴うものだった。
常に、愛想笑いを浮かべ心から笑顔になれる瞬間がない。一緒にいて心安らげる時間が全くない。そんな状態に限界を感じていたところに、リリーと夜会で偶然出会った。
半ば無理やりに隣に座って貰って、ライラ以外の女性とたわいもない話をした。
リリーを見て一瞬で、社交界デビューしたばかりの純粋な少女だと気づいた。この子なら、何も知らないだろうから自分と話をしてくれるのではないかと思った。
その予想は当たり、何の邪推もない瞳で自分を見て話をしてくれた。そんな時間は本当に久しぶりだった。ライラと全く違う田舎の素朴な少女は、少しの時間だったのにグレン癒しをくれた。
グレンは、初めて会ってしゃべったあの時に、リリーを自分のものにしようと決めていた。世間知らずな田舎の少女なら、簡単に落とせるだろうと思った。
それはうぬぼれでもなく、面白いほど自分の思い通りになりその工程も楽しく興奮した。
リリーを手に入れる為に、フローレス子爵には騙すようなことをしてしまったが、結果的には本当のことになったので今では罪悪感もない。
自分だけの秘密を抱えることが溜まらなく楽しくて、ライラには絶対にバレないようにことを運んだ。
リリーを愛人として囲い始めてからは、ライラに対する後ろめたさや、自分だけの居場所ができた余裕から少しは優しくなれた。
グレンにとっては、いいこと尽くしだった。きっとリリーは、神様が自分に授けてくれたプレゼントなのだろうと酔いしれていた。
だから今回も、きっとリリーは許してくれると信じていた。ただ、もっと戸惑いや嫌悪があると思っていた。
そうなってしまっても、最後には許してくれると言う驕りもあった。それすらもなく許された自分は、やはり特別なのだとリリーへの愛がさらに膨れ上がる。
今年のライラの誕生日は、例年よりも大変だった。ライラが、子供が欲しいとずっとグレンに当たり散らしていたのだ。
ライラの方が、グレンよりも年上で28歳。一度、医者に診てもらった方が良いと検診を受けさせたら、妊娠しにくい体だと診断が下った。
グレンは、ライラと一緒に眠る時は彼女に黙って避妊していた。彼女が、妊娠しづらい体だということは知らなかった訳だが、このこともグレンにとっては幸運だったと言える。
でも、ライラからしたら許せることではない。それがわかってからは、荒れに荒れて毎日グレンに当たり散らしていた。
耐え切れなくなったグレンが、自分にそっくりな子供だったらライラの子供じゃなくても受け入れるか? と聞いたのだ。
そしたらライラは、大人しくなって一晩一人で考えた。次の日に、顔を合わせた時にそんな子がいるのなら一度見て見たいと言った。
グレンは、咄嗟に孤児院で自分に似ている子供がいないか探すと言った。
実は、グレンに愛人がいるということは、まだライラは知らない。リリーに子供ができた時に、ライラに愛人がいることがバレそうになったと言って森に連れていったが、それは嘘なのだ。
グレンが、確実にリリーをライラから遠ざける為、そしてリリーが万が一自分から逃げ出さないようにする為だった。
だから今回も、愛人の子供だと言うつもりは一切ない。たまたま孤児院で、自分に似た子供を見つけたとライラには言うつもりでいる。
バーバラのことは、リリーに言われて連れていくことにしたが寧ろ丁度いい申し出だった。ピーターソン家に戻る道すがら、このことをバーバラに説明して上手いことアレンをライラに馴染ませてもらおう。
リリーを手にしてからと言うもの、自分の思い通りに全てが上手くいく。怖い位だが、あのうるさくて煩わしいライラを黙らせることができると思うと、笑いが込み上げてくるグレンだった。




