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010 言われ慣れていない言葉

 翌日、リリーが目覚めてリビングに行くと既にみんなが起きて活動していた。深夜まで、ダニエルの看病で起きていたので寝過ごしてしまったのだ。

 慌てて、朝の支度をしてリビングに行くとアレンとダニエルが話をしている声がする。


「おはようございます」


 リリーが、リビングに入っていった。


「お母様、おはよう」

「お嬢様、おはようございます」

「リリー、おはよう」


 みんなからも一斉に返答がある。


「ごめんなさい。遅くなってしまって……。ダニエルさんの具合はいかがですか?」


 リリーは、ダニエルが腰かけているソファーの前に歩いて行った。


「ああ、だいぶいいよ。朝も、バーバラが作ってくれたパンがゆを食べられたんだ」


 ダニエルが、昨日よりも赤みが差した顔で言う。確かに、昨日は顔色が真っ青で見るからに体調が悪そうだった。それが、表情にも余裕が見られる。


「昨日の今日なのだから、まだ安静にしてないと駄目ですよ」


 リリーは、調子に乗ってはダメですと注意する。ダニエルは、叱られた子供みたいにばつが悪そうだった。


「まだちょっと熱はあるようですが、昨日よりは良くなっていて良かったです」


 ダイニングテーブルの片付けをしていたバーバラが、リリーにそう教えてくれた。


「そう。バーバラ、朝から一人で仕事させてごめんね」


 リリーは、寝過ごしてしまったことをバーバラに謝罪する。


「いえ、昨日お休みになられたのが遅かったとお聞きしましたから。起こしにいかなかったんです。朝食は、お嬢様の分はキッチンに用意してありますがどうしますか?」


 バーバラが、片付けの手を止めてリリーと会話をする。


「自分でやるから大丈夫。ありがとう」


 リリーが、バーバラに笑顔で返事をした。アレンの方に目を向けると、ダニエルと何やらずっとしゃべっている。


「アレン。まだ、ダニエルさんは具合が悪いのだから、そっとしといてあげないと駄目よ」


 リリーは、ダニエルが心配でそう言った。


「はーい。でも、ダニエルおじさんって、色んなこと知っていて話が面白いんだもん」


 アレンが、リリーに注意されたことが面白くないようで口をすぼめている。


「アレン……。おじさんって……。失礼でしょ。お兄さんでしょ」


 リリーは、びっくりしてアレンに訂正させる。ダニエルは、リリーよりも年上の男性に見えるがおじさんと呼ぶにはまだ早い年に見える。


「あっはっは。アレンから見たら俺なんておじさんだよ」


 ダニエルが、可笑しそうに声を出して笑っている。


「はーい。ダニエルお兄ちゃん」


 アレンは、ニコニコして呼び直した。リリーは、それを見てよし素直でいい子だと親馬鹿を発揮する。二人で楽しそうに話しているのは微笑ましいが……。

 やはりこれだと、ダニエルが一人になれる時間がないしゆっくりできないだろう。


「朝食を食べたら、客室の準備を整えるのでちょっと待っていて下さいね。ソファーじゃゆっくり眠れないですよね」


 リリーは、ダニエルに向かって言った。


「いや、俺はどこでも寝られるから。大丈夫だぞ」


 ダニエルは、遠慮してそう言うがリリーは勝手に動くことにした。


 リリーは、キッチンに向かって手早く朝食を済ませる。洗濯は自分の仕事なので、洗濯もしないといけないのだが先に客室だと二階に上がる。

 リビングを除くと、アレンがやっぱりダニエルとまだ話している。アレンも手伝わせようと二階に呼んだ。


 階段から一番近い客室を、ダニエル用に整える。


「アレン、ベッドのリネンを整えるからシーツの端を持ってくれる?」


 リリーは、棚から真っ白で綺麗なシーツを取り出してベッドの上に置いた。


「うん。わかった」


 アレンは、シーツを引っ張って小さな手で端っこを持つ。リリーは、アレンが持っている反対の端を見つけてベッドのマットに引っ掛ける。

 皺を伸ばして綺麗に敷くと、アレンの方に行って逆のマッドの端にシーツを引っ掛けた。アレンが立派にお手伝いができて、なんだか感動する。


「アレン、ありがとう。アレンが手伝ってくれたから、とっても綺麗にシーツが敷けたわ」


 リリーは、とても嬉しそうに笑う。アレンは、褒められたのがまんざらでもないのか照れている。その姿がとても可愛い。

 リリーは、その後も枕や掛布団にカバーをかける。部屋は、定期的に掃除はしているので窓を開けて空気の入れ替えだけした。準備が整ったので、ダニエルを呼びに行った。


「ダニエルさん、二階の客室の準備ができたので上に行きましょう。また私が肩を貸します」


 ダニエルは、ソファーに座って背もたれに寄りかかっていた。


「ああ。申し訳ない」


 ダニエルが、ソファーに手を付いてゆっくりと立ち上がろうとしていたのでリリーはすかさずダニエルの横に立って肩に寄りかからせる。

 骨折した方の足は床に付かないようにゆっくりと進む。一歩進むごとに、ダニエルの全体重がリリーの肩にかかるのでなかなか重い。それでも、何も言わずに一歩一歩二人で進む。


「お母様、頑張って!」


 アレンが、リリーの必死の形相に心配したのか応援してくれた。リリーは、笑顔だけアレンに向けて階段に向かう。

 何とか、ダニエルを客室に移動させることができ満足感を覚える。ダニエルをベッドに下した時には、リリーの肩はびりびりしていた。腕を回したりして、元にもどらないか試す。


「すまない。重かっただろう……。リリーは、強いな」


 ダニエルが、リリーの目を見て感心したように言う。リリーは、そんな風に言われたことが初めてでびっくりしていた。


(強いなんて言われたの初めて……)


「そうですか……。女なのに、恥ずかしいですね……」


 リリーは、咄嗟に思ったままを言葉にしていた。強いなんて言葉が、褒められたように聞こえなかったのだ。

 いつもリリーは、グレンから「僕がリリーを守るから」「僕をホッとさせてくれるリリーが好きなんだ」とよく言われる。だから自分は、守られなきゃいけないほど弱いけれど、心は安らげる優しい気質の持ち主なのだと思っていた。


「どうして? 強くて格好いいよ。昨日の、僕を背負って歩くリリーもとても素敵だった。見ず知らずの人の為にこんなに頑張ってくれる人、そういないよ」


 ダニエルは、心からそう思っているみたいだった。可愛いと言われることは今まで何度もあったけれど、格好良いなんて初めて言われて何だかくすぐったい。


「そう……ですか……。昨日は、ただ必死で……。アレンも見ていたし。子供の前で、ケガをしている人を見捨てられなくて……」


 リリーは、こんな風に褒められるなんて思わなくてちょっと恥ずかしい。


「母は、強くて恰好良いってことだね。でも、本当にありがとう」


 ダニエルが、ニコッと笑ってくれる。グレンとは違った無邪気な笑顔でお礼を言われて嬉しい。ダニエルの顔を改めて見て、リリーはあれ? っと思う。また顔が熱っぽいような?


 リリーは、自分の手をダニエルのおでこに乗っける。やはり熱い。両手で、首回りにも触れて見たが同じように熱かった。


「リリー?」


 ダニエルが突然、おでこや首を触られて驚いた顔をしている。


「あっ。ごめんなさい。熱っぽい顔をしているから……。ちょっと熱が上がってます。無理に動かしたせいかしら? ごめんなさい。でも、ここの方がゆっくりできると思ったから……」


 リリーは、申し訳なさそうにする。


「いや、ここに連れて来てもらえて良かったよ。実は、ソファーだと足が伸ばせなくて地味に辛かったから」


 ダニエルは、リリーが気にしないようにそう言ってくれた。


「なら良かったです。じゃー、ゆっくり休んで下さい。お昼になったらまた様子を見に来ますね」


 リリーは、ダニエルにベッドに横になるように促す。ダニエルも、大人しくしたがってベッドに横になった。リリーは、開けていた窓を閉めて部屋を後にした。

 リリーの中で、「強くて恰好良い」と言われたことが何となく心に残る。そんな自分もいるのだなと新しい発見だった。

 アレンを産んで、バーバラと二人きりで育てているから自分が母親としてちゃんとできているのか不安なこともあった。ダニエルにああいう風に言ってもらえて、凄く嬉しかった。


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