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001 これが幸せな日常だった(前編)

久しぶりの連載です。宜しくお願いします。


ここは街から離れた森の中。ポツンと一軒の可愛らしいログハウスが建っている。そこには、この場所に似つかわしくない貴族の令嬢リリーとその息子アレン。そして、令嬢の侍女バーバラが住んでいた。

 三人は、何かから隠れるようにひっそりと暮らす。


「お母様ー」


 金髪で天使のように可愛いアレンが、自分に向かって手を振りながら走ってくる。まだ四歳になったばかりだから危なっかしい。外で洗濯物を干していたリリーは、手を止めて優しくアレンに声をかけた。


「アレン、転ぶから走らないで」


 さっきまで木のおもちゃを使って、一人で夢中になって遊んでいたのに。もう飽きてしまったのか、母親の元に走って来たアレンは、そのままリリーの膝にタックルしてギュっとしがみついた。


「お母様ー、お散歩に行こうー」


 アレンは、上を向いて目をキラキラさせて誘う。


「だって、まだお洗濯終わらないもの」


 リリーは、アレンを見て残念そうに言う。


「つまんないよー」


 アレンが、リリーの膝元で駄々をこねて洗濯の邪魔をする。すると、遠くの方からカタカタという馬車の音が聞こえてきた。


「あらっ、お父様がいらっしゃったみたいね」


 リリーは、笑顔で微笑む。


「わーい。僕、お父様に遊んでもらう!」


 リリーの足にしがみついて離れなかったアレンは、家の玄関に走って行く。リリーは、そんな息子の姿を見て現金な子ねと微笑ましく思う。

 アレンが、父親に会えるのは週に一度だけ。だからアレンは、父親の帰りをいつも楽しみに待っている。もちろんリリーも、アレンと同じように楽しみにしている。自然と、洗濯物を干す手が早まる。


 遠くに見えていた馬車が、ログハウスの前に着き止まった。従者が馬車の扉を開けると、中からアレンにそっくりな金髪の紳士が降りてきた。


「アレン、元気にしていたかい?」


 きちんと玄関の前で待っていたアレンに、その男性はニコリと微笑む。アレンは、飛び跳ねるように男性の足元にしがみ付いた。


「お父様、こんにちは。僕、元気にしていたよ」


 アレンは、父親の顔を見て嬉しそうにニコニコ笑っている。


「そうか。お母様は、どこかな?」


 父親は、アレンの頭を優しく撫でて訊ねた。


「お母様は、今洗濯中だよ。先に中に入って待ってよう」


 アレンが、父親の手を引いて玄関の扉に手をかけた。


「アレン、お父様はお母様に声をかけてくるから、先にお部屋に入って待っていてくれるかい? バーバラに、お父様来たよーって伝えて来て欲しいんだ」


 父親は、アレンに引かれた手を解いて同じ目線で話して聞かせる。


「わかった。早く来てね」


 アレンは、玄関の扉を自分で開けてあっという間にいなくなる。それを見届けた父親は、ログハウスの裏手に回ってリリーを探した。すぐに見つかり洗濯物を干しながら、汗を拭っているリリーがいた。

 彼は、足を止めてリリーの姿を垣間見る。本来なら貴族令嬢として育ったリリーは、こんな所で暮らしているような女性ではない。自分の我儘で、こんな不自由な生活を送らせてしまっている。

 悪いという気持ちは勿論ある。でも、どうしてもリリーを自由にはしてやれない。愛しているから、リリーを離してやることはできない。


 彼は、止めていた足を動かしリリーの元に向かった。


「リリー!」


 リリーは、声のした方を向いた。大好きな男性が、嬉しそうに自分に笑顔を向けている。


「グレン様、お帰りなさい」


 リリーは、嬉しそうに笑顔の花を溢す。グレンは、リリーを抱き締めて額にキスを落とした。


「会いたかったよ。僕が、愛しているのはリリーだけなんだ」


 そう言って、グレンはリリーをもう一度抱き締める。グレンは、自分の中の罪悪感を払拭するかのように、いつも同じセリフを口にする。それに応えるように、リリーもグレンを強く抱きしめた。


 二人で仲良く家の中に戻ると、アレンとバーバラがお茶の準備をしていた。アレンは、バーバラのお手伝いをしているのかお皿にクッキーを並べている。


「アレン、ちゃんとお手伝いして偉いじゃないか」


 グレンが、アレンに優しい眼差しを向けて褒める。


「僕、もう四歳だから。ちゃんとお手伝いもできるんだ!」


 アレンは、誇らしげに胸を張る。きっと父親に褒められて嬉しいのだろう。その姿が可愛くて、グレンもリリーも見つめ合って笑っている。

 一見すると、どこにでもある幸せな家族の一幕。だけど、バーバラだけはこの環境が良いことだとは思っていなかった。


「お帰りなさいませ」


 バーバラは、深く頭を下げてグレンに向かって挨拶をした。これは、使用人が主人に向けるごく一般的な態度だ。だけどバーバラは、グレンが主人だとは一度だって思ったことはなかった。


「ああ。いつも苦労をかけてすまないね。何も変わりはなかったかな?」


 グレンは、決まって最初にバーバラにこの言葉を言う。そう言えば、許されると思っているからなのだろうか? バーバラの心の中には、嫌悪感しかないのに……。


「いえ、いつもご配慮頂きありがとうございます。特に変わりなく、三人で楽しく暮らしておりました」


 バーバラも、いつも同じ返事を返す。これが、この屋敷での日常風景だった。それから三人は、貴族が口にするような豪華な食事ではないけれど食卓を囲って食事をする。

 グレンがやって来た日は、リリーもアレンもそれは嬉しそうにしている。いつもとは違った賑やかな食事風景を、端で控えて見るバーバラ。


 この時のバーバラが、切なくて悲しい思いを胸に抱いているなんて、きっと誰も気づいていない。いつまでこんな生活が続くのだろうと、バーバラは誰にも言えない気持ちを胸の中に深く押し込めている。

 そうしないと、小さい頃から仕えるお嬢様を見ていられなくなる。リリーを支えるのは、もうバーバラしかいないのだから……。


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