第3話 王妃様との対話
しばらくの間、午後6時に投稿いたします。お読みいただければ幸いです。よろしくお願いします。
その夜、英雄は王宮の一室に泊まっていた。謁見が終わった後、ひとり王宮の一室に連れていかれ、そのままそこに泊まることになった。
その部屋から出ることは許されず、スラーシャとは会えなかった。
しばらくするとパンとスープ、それとチーズが少しの食事が部屋に運ばれ、食べ終わると、お湯が入った桶とタオルが与えられたので、それで体をぬぐった。
ベッドに横になってうとうとしていると、ノックの音が聞こえた。誰か尋ねてきたのかと思い「どうぞお入りください」と答えたところ、王妃様が「こんばんは、ヒデオ様」とニコニコしながらメイドを一人連れて部屋に入ってきた。
そして、部屋の備え付けてあるテーブルのところにある椅子に座って言った。「ワインはいかが。ターイエのワインはなかなかおいしいわよ」と言って、メイドにワインを用意させて、「あとはいいから外にいてね」と言ってメイドを外に出した。
英雄は少し震えていた。まさか王妃様、僕を襲いに来たのではないだろうか、いやそんなことはあり得ない、だって結婚するスラさんの母親だぞ、ヒデオの頭の中はぐるぐると回った。
「ちょっと昔話を聞いていただいて宜しいでしょうか」王妃様はワインを入れたグラスをゆっくりとまわしながら言った。
「はい、大丈夫です」緊張しながら答えた。
「私が王家に嫁いだのは12歳の時だった。結婚相手には結婚式当日に初めて会ったの。結婚の儀式が終わって、心も体もつかれていた私は夜になって妻としての仕事をさせられた。その仕事は何日か続いたわ。そして1年後私は長男を出産した。幼い私にとって出産は命がけで、その後1年以上寝たきりになったわ。そして命を懸けて生んだ王子は生まれてすぐに取り上げられた」ワインを一口飲むと、言葉をつづけた。
「この王家では後継ぎの王子は重臣の家に預けられて後継ぎとしての教育を受けることになっているの。だから王子とは月に1・2回会うぐらい。まあ、私は寝たきりだったし、とても子供を育てられる状況ではなかったのだけれどね」王妃は苦笑いをした。
「それで私は寝たきりの間、いろいろな本を読んで勉強したわ。実は私はちゃんとした学校に行ったことがないの。そもそも女に勉強させる必要はないというのがこの国での一般的な考え方なのね。それでも私の部族には女でも学問が必要だと考える人がいて、その人が私塾みたいなものを開いていたの。そこで読み書きや計算を習ったのよ。だから私は本が読めたの」そう言って、英雄を見た。
「体が治って、しばらく経つとまた妻の仕事が始まった。後継ぎの男の子一人では何かあった時に問題だったのでしょう、私とは子供を作るためだけに王は会いに来ていた。王とはその時に二言・三言、言葉を交わすぐらい。王には何人も愛人がいたから私との関係はとっても冷たいものだった。王ともなると結婚は政略だから気に入った女は愛人にするのが一般的なの。王子が生まれて3年後スラーシャが生まれたわ。女の子だと分かった時、「なんだ女か、まあ、政略結婚の役には立つか」と王に直接言われたの。この子は私が守らなくちゃ、その時強く思ったわ。私の経験から女の子だとしても教養を身につけさせなくてはと思い、スラーシャも家庭教師をつけていろいろ勉強させたわ。王も王子もそんな必要はないと言っていたのだけど、私が押し通したの」王妃は言葉を続けた。
「スラーシャが12歳になったら王は結婚させようとしたけど、私は断固として反対した。この国では12・3歳で結婚する女の子が多いのだけど、そんな幼い体で出産させたら命の失う危険性が高い。実際亡くなる子もけっこういるの。スラーシャをそんな危険な目に合わせるわけにはいかない。とにかく難癖をつけて反対したわ。王は結構優柔不断なところがあって強く言われると面倒くさくなって放置する癖があるの。そこに付け込んだのね」王妃はワインで口を湿らせながら話した。
「だからスラさん、いえスラーシャ姫はまだ結婚していなかったのですね」英雄は言った。
アプリちゃんの様子を見て、まだ幼いのに結婚に抵抗がないのはどうしてなのだろうと思っていたのだけど、この国の女性の結婚年齢がそんなに幼いとは、英雄はかなりびっくりしていた。
「スラーシャがあなたに会えてよかったわ。あなたは私たちを救出するために危険に飛び込んでくる勇気があり、足がすくんでしまった私を自分の命の危険を顧みずに助けてくれた優しさがあります。日本で民主的な教育を受けていますし、スラーシャを一つの人格として尊重し、大切にしてくれると思いました」王妃は英雄の手を取っていった。
「でもスラーシャ一人だけに絞れない男ですよ、私は」英雄はうつむいて言った。
王妃は微笑んで「仕方がありません。王族になった以上、その結婚は政治的なものです。絶対的な存在である王家、という信頼は、クーデターを起こされたことで揺らいでいます。それに対応するためにも、王家にとって政略結婚は政治上どうしても必要になります。実際、王子もヘイス族とホンス族以外の4部族から妻を迎えることになっています」王妃は言った。
「王族の結婚は100%政略です。愛情の関与する余地は本来ありません。今回スラーシャが望んで、叶った思いは本当にまれなことなのです。それにシャオイエのお姫さまやヘイス族のアプリもあなたのことを好いている様子、これは奇跡と言っていいでしょう」王妃は微笑んだ。「それにまだ幼い子たちを婚約にとどめるといったのは、私としては大変評価しています。先ほども申しましたが、幼くして妊娠するのはとても危険なのです。私は本でそのことを知りました。ところがこの国では女は幼いほどいいという考えがはびこっていて、私はとても憂いています」
「幼いほどいいのですか?」
「ええ、心が純粋で擦れていない、従順だからだそうです。12・3歳でもとんでもないのに果ては8歳とか9歳の女の子を求める男もいるのです」王妃はすこし怒っている様子で話した。
ちょっと頭がくらくらしてきた、そんな子供に何をするんだよ、英雄は手で頭を支えた。
「ヒデオ様、一つ考えてほしいことがあります」王妃は小声で言った。
「このターイエの王になってくださいませんか」
「えっ」英雄は言葉に詰まった。
「この国は古い考え方にとらわれて、進歩がありません。王子が王になっても何も変わらないでしょう。もしあなたが王になってくれるなら、この国を変えることができると信じています。少なくとも女たちがきちんと教育を受けられ、好きな人と恋ができる国を作ってくれるのではないかと期待しています」王妃は小声だがはっきりとした口調で言った。
「このことを他人に知られると反逆罪に問われるかもしれません。また、実子である王子から王位を奪うなど母親として正気の沙汰ではないことは承知しています。でも私は母であるより、この国の王妃であり、この国のためならばすべてを犠牲にする覚悟があります」
この人はすごい人だ、と英雄は思った。
「返事はすぐにする必要はありません。覚悟のいるお話ですからね」そう言って、王妃は席を立った。
「お疲れのところいろいろお話してしまい申し訳ありませんでした。それでは、お休みなさい」そう言ってドアへ向かった。
ドアを開けようとしたところで、王妃は振り向いて、「スラーシャにあなたが帰ってきたことは明日伝えることになっています。さみしいけど一晩我慢してくださいね」とニコッと微笑んで外に出ていった。
立派な人だ、でも僕なんかが王位を継ぐなんて、全く考えたこともなかった、でも王妃様の考えはわかる、しかし、と英雄の頭の中で思考がぐるぐる回転していた。
ふと、英雄はさっきまで王妃に襲われると思っていたことを思い出した。なんて勘違いをしていたんだ、あんな立派な人に対して、恥ずかしいにもほどがある、英雄は頭を抱えながらベッドの上で身もだえした。
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