余話 旧皇太子のお粗末な野望と当然の挫折
お読みいただけた方、本当にありがとうございました。これにて英雄の冒険シリーズは一応の完結としたいと思っております。ただ、架空世界での英雄の冒険はこれからも続いており、読んでみたいという方が多ければ、復活するかもしれません。
本当にありがとうございました。
ユエ王国の南に位置するキッタン連合王国は、外国からの脅威に対抗するため、キルス王国とタジル王国が連合して国家を形成していた。今回の、中央アジア戦争と将来呼ばれることになるチムル・ユエ戦争では終始中立を宣言し、一切の戦闘行動には加わらなかった。
そのため、ムンバイ講和会議に参加国の一員として加えるようアメリカとロシアに依頼したが、オブザーバー参加は認められたものの、戦争参加国としては認められなかった。
戦利品を獲られないことに焦ったキッタンは、慌ててチムルに宣戦布告したが、慌てていたため講和条約締結当日に行ってしまい、ロシアとチムルから「これは新たに我々に対して戦争を仕掛ける気なのか」と詰問された。
キッタンは慌てて撤回したが、ロシアとチムルはそれを許さず、危うく新たな戦争が起こるところだった。キッタンはユエ王国に泣きついて、なんとか和解できるように仲介を頼んだ。これ以上の戦争を望まなかったアメリカ、日本とユエが仲介に入り、なんとか事を治めることができた。
ユエ王となった九頭英雄はキッタンからもたらされた外交文書を見て、驚愕していた。
「ヒデオどうしました?」ミーシャが訪ねてきた。
ミーシャは旧シャオイエ王家を代表して、第一左王妃として英雄を支えていた。
「すまないミーシャ、鈴木少尉と妻たち、ローザと齋藤を呼んでくれないか。重要な話がある」
「どうしたのですか」ミーシャは尋ねた。
「それがキッタンから外交文書が送られてきたのだけど、内容がとんでもないものなんだ」英雄は困惑しながら答えた。
「どういう内容なのですか?」
「まず一点目がタリム河東岸のキッタン人が居住する地域の割譲、2点目は戦争中の領空使用料として1000億米ドルの支払いを要求してきた」
今回の戦争で、チムル共和国から割譲されたタリム河東側地域は、北はロシア、南はキッタンと国境を接する広い地域だった。そこには、ユエ人、チムル人のほか、南部のキッタンとの国境付近には、キッタン人が居住していた。その地域をキッタンによこせというわけだ。
ただ、その場所はキッタン人だけが住んでいるわけでなく、チムル人も混住していた。
ミーシャは微笑みながら言った。「一度ひどい目に合っていながら、懲りない国ですね。キッタンとしての最大限の外交要求を出してきたのですね。それだけでわがユエ王国に対する宣戦布告と同様にとらえてもいいと思われますが、とりあえずユエ国内に居住するキッタン人についてはユエ王国かキッタン連合王国か国籍を選び、キッタンを選んだものはキッタンに帰国する許可を与えることを約束する返事を送りましょう。あと、戦争中の領空使用は、ちゃんとした協定に基づくものでなくあくまで黙認というだけで、いつ手のひらを返して攻撃してくるかわからない状態でしたから何か要求できるものではないことを言っておきましょう」
「まあ、そんなものだな」そして英雄は渋面を作って続けた。
「あともう一つ要求を出してきている」
「まだあるのですか?なんですか?」あきれたようにミーシャは言った。
「旧ターイエ王国の皇太子だったスラーシャの兄だが、いまキッタンにいるそうだ。王家の一員としての地位を求めてきた」
急遽、英雄と妻たち、鈴木少尉と齋藤剣大佐、ローザが集められた。
鈴木少尉はユエ王国大元帥兼国王直属の筆頭相談役となっていた。齋藤剣大佐は第8兵団近衛連隊長に、ローザは国王直属の情報官として国家公認(?)の二重スパイとなっていた。
「スラーシャの兄が見つかったそうだな。九頭」鈴木少尉は言った。
「ええ、チムルの政変のあと、行方が分からなくなっていましたが、キッタンにいることが分かりました」英雄は言った。
「どうされますか?」ミーシャが聞いてきた。
「スラーシャには申し訳ないが、ターイエに外国軍を侵攻させ、人々を殺し土地を破壊した元凶だ。死刑以外はないだろう」鈴木少尉は言った。
「私もそれしかないと思っています。父を殺して王位を簒奪したわけですし、肉親としての情が入る余地はありません」スラーシャも同意した。
「直ちに使者を送り、犯罪者として引き渡しをキッタンに要求する。引き渡しを拒んだ場合、ユエ王国は軍事行動に入る。ローザはアメリカ、日本、ロシアにこのことを伝えてくれ」英雄は指示を出した。
「チムルはどうします。キッタンと戦争になった時、こちらに攻め込んで来るかもしれません」齋藤は尋ねた。
「タリム河の防衛ラインの再建はどうなっている?」英雄は尋ね返した。
「順調に進んでいます」齋藤は答えた。
「シャオイエ系の兵団と第8兵団はタリム河の防衛ラインに張り付いてくれ。あそこはユエ王国を守るうえで、重要かつ最も効果の高い土地だ。キッタンには旧ターイエ系の兵団を使用する」英雄は齋藤に言った。
「旧ターイエの民はみな旧皇太子を恨んでいますから、戦端が開かれたら先を争って進軍するでしょう」ヴィーナが言った。
「監視のためヘイス族を送り込みますか?」アプリが聞いた。
「できれば国民の前で処刑したい。逃亡しないように監視をお願いしたい」英雄は指示した。
キッタン国内キルス王宮にて
「ユエ王国に文書を送りました。本当にうまくいきますでしょうか」キルス王は旧皇太子に尋ねた。
「何も心配することはない。なんといっても私は王の義理の兄なのだからな。王家に復帰した暁には貴国に対してユエ王国は優遇することを約束しよう」旧皇太子は自信満々に言った。
「タジル王国はこの件に反対のようです。あそこはもともと保守的ですからね。戦争にも反対でしたし。おかげで戦争に参加できず、まったく戦利品を獲ることができませんでした」キルス王は忌々しそうに言った。
「王兄となった暁には領土を割譲し、援助の名目で資金も援助しよう。その力をもってタジルを併合し、キルス王がキッタンを支配すればよい。いや、王兄などまどろっこしい立場でなく私に王位を譲らせればいいのか。そうすれば、やりやすくなるな、そうしよう」いい考えが浮かんだとばかりに言った。
その時家臣の一人が部屋に飛び込んできた。
「大変です。ユエ軍が国境に集結しています。あと使者が王に面会を求めています」
「えっどういうことだ。なぜユエ軍が来ているのだ」キルス王はうろたえた。
「安心しろ。私を迎えに来たのだろう。何せ王の兄が帰国するのだからな。とりあえず使者に会おうではないか」
キルス王と旧皇太子は使者に面会した。
使者はキルス王に対して一通りの挨拶をすると、旧皇太子の引き渡しを要求してきた。
「王殺しの犯人であり、旧ターイエに多大なる被害を与えた旧皇太子をこちらに直ちに引き渡していただきたい。もし、かくまったり、逃がせばユエ軍が国境を超えてこの国に攻め込むことになります。王としての英断を求めます」
キルス王は震えながら尋ねた。「もし引き渡した場合、旧皇太子はどうなるのか」
「すでに公開処刑が決定されています。裁判は行いますが、罪状は明白ですし、すこし処刑の時期が遅くなるだけでしょう」使者は答えた。
「私は現王の義理の兄なのだぞ」旧皇太子は怒鳴った。
「ええ、それが何か関係ありますか?」使者は言った。
「王の兄に対して無礼千万、キルス王よ、この使者を殺せ」旧皇太子は言った。
キルス王は言った。「旧皇太子を引き渡せば、我が国の安全は保障されるのか」
使者は答えた。「ええ、それがユエ王国にとってもキッタンにとっても最もいい解決方法だと愚考いたします」
旧皇太子は吠えた。「こんな奴の言うことに耳を貸すな。もうこんなところにいられるか」旧皇太子はそこから立ち去ろうとした。
「旧皇太子を捉えろ」キルス王は言った。兵士たちが直ちに旧皇太子を捕らえた。「何をする。離せ!」旧皇太子は叫んだが無視され、ユエ王国に引き渡された。
ユエ王国に引き渡された旧皇太子は縛られたうえで猿轡をはめられ、ターイエの旧首都タードゥに連行された。そこで裁判が開かれたが、すぐに公開処刑が決定した。
処刑前日、旧皇太子の元にターイエ王妃とスラーシャが訪ねてきた。
ふたりは冷ややかに旧皇太子を見ていた。
「お久しぶりですね」「兄上、お久しぶりです」王妃とスラーシャは話しかけた。
「貴様らこんなことをしてただで済むと思うなよ」旧皇太子は吠えた。
「明日にはあなたは処刑されます。最後に何か望むことはありますか?」王妃は尋ねた。
「この縄を解いて開放しろ。あと英雄に会わせろ」
「王が兄上に会う意味も必要もありません。最後ぐらいは反省しているかと思ったのですが、本当に愚かですね。まあいいでしょう。一応肉親として最後のお別れに来ました。最後ぐらいは王家の人間として恥ずかしくない最後を遂げることを望みます。母上、もう行きましょう」スラーシャは冷たく言った。
「処刑方法は苦しまないようにと注射による毒殺となりました。王の慈悲です、感謝しなさい」
王妃もそう言って出て行った。
処刑当日、旧皇太子は泣きわめき、連れ出されることに抵抗した。処刑場まで連行される間、見物している市民に対し、私を助けろ、私は皇太子だぞと喚き散らしていた。
皆は冷ややかに見ていた。中には罵倒の言葉を旧皇太子に言うものもいた。
処刑場についたときもひたすら暴れ、喚き散らしていた。あまりの見苦しさに皆あきれていた。やむなく何人もの男たちに取り押さえられ、猿轡をかまされたうえ、四つん這いにさせ、尻に毒薬を打った。
血管に打てば苦しまずに死ねたものを、皮下注射だったため毒の効きが悪く、暴れ続けため、やむなく何本も注射を打った。
やっと毒が聞き始めたのだろう、だんだんとおとなしくなった。本人の死亡が確認され、死刑の執行が済んだ時、市民から一斉に歓声が上がった。
旧皇太子の死体は、親を殺し国を滅ぼしかけた人間として、見せしめと今後の教訓という意味もあり、ホルマリン漬けにされ、王都の博物館に展示された。
この時、九頭王自身はそこまでしなくても、と思っていたというが、周りからの強い意見に逆らえず認めたという逸話が残っている。
100年がたち、関係者が皆いなくなったとき、やっと埋葬された。しかし、埋葬場所は破壊を恐れ秘密とされ、その場所が公開されるまでもう100年必要だった。
お読みいただきありがとうございました。もし少しでも気になりましたら、星かブックマークをいただけますと作者のやる気が高まります。次の作品を読んでもいいという方がいらっしゃいましたら、ぜひお願いしたいと思っております。
今度の作品は3月程度を目算に投稿したいと考えております。